変わり始めた関係
いつものように食堂の個室で、ローレットは側近かつ友人でもあるヴィヴィアン、ユーラリー、ベルテの3人と語らっていた。話題は学園で皆が噂しているリュドヴィックについてである。
姉のクロエの居場所を知ったリュドヴィックはしばらく学園から姿を消し、戻って来たと思ったら退学してしまった。天才と言われ、凜々しい美貌で多くの女性を虜にしたリュドヴィックが退学したことを、多くの女生徒が悲しみ嘆いている。中には寝込んでしまった令嬢もいた。
それとは反対に、ローレット達は作戦の成功を喜び、祝杯を上げていた。
「上手くいきましたね」
「みんなが協力してくれたおかげよ」
「お役に立てたようで何よりです」
「特にヴィヴィアン。あの時は護ってくれてありがとう」
「私の役目ですから、お気になさらずに」
「でも、ちょっと情けなかったわよね。凄い勢いで来られたから、怖くて震えてしまったわ」
「仕方ありませんよ」
そう慰めながら、3人はあの時の怯えるローレットの姿を思い出そうとしてしまい、紅茶を飲むことで顔をカップで隠す。決してローレット本人には言えないが、初めて見た怯える姿はとても可愛らしく、あれ以降寝る前に思い出してはベッドの上で悶えていた。
いち早く復活したベルテが、この話題は良くないと別の話題を振る。
「聞いた話では、学園を去るリュドヴィック様は軽やかに笑われていたとか」
「お姉様と再会出来たということでしょうか?」
「そうなのでは?ローレット様は何かご存知ではないのですか?」
「私も知りませんわ。お父様やお母様はご存知かもしれませんが、聞いても教えてくださらないような気が」
「私達にまだ早いということでしょうか?」
「そうかも。もしかしたら、私達の想像を超えるような展開に・・・」
ベルテの言葉にヴィヴィアンとユーラリー、そして言ったベルテ本人も趣味の本を思い出してしまい、一斉に顔を下に向けた。手の甲を抓ったり、拳を強く握り込んだりと必死にニヤけそうになる顔を堪える。
「どうしたの?みんな大丈夫?」
「だ、大丈、ゴホッ。大丈夫です、ゴホッ」
「お、お気に、なさらず・・・」
「と、ところで、次はどうされますか?」
今度はヴィヴィアンがいち早く立ち直り、ローレットの追求を恐れて話題を変える。
(何か変よね、みんな。私だけ仲間外れっていうのか。
う~ん。でも、触れて欲しくないって感じだし・・・。いつか教えてくれるのかしら?)
追求したい気持ちはあるものの、復讐はローレットの個人的な事にもかかわらず、3人には嫌な顔もせずつき合ってもらっている。それを考えると強く追求することは出来ず、諦めてヴィヴィアンの振った話題に乗ることにした。
「最初に話した通り、次はガストン様ね。シナリオはこんな感じよ」
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「最後にリュドヴィック様とお話し出来たのですか?」
「ああ。とても晴れやかな顔だった。アイツの全く飾らない笑顔を初めて見た。
正直言うと、いなくなるのは残念で仕方がない。学園を卒業出来なかった者の行く末は厳しい。おそらく、いや、二度と会うことは叶わない。だが、アイツが選んだ道だ。友として送り出すしか出来なかったよ」
「立派だと思います、ジャンヴィール様」
「そうだ。ローレットには本当に感謝していると伝えて欲しいと頼まれていた」
「礼ならすでに受け取っておりますが、その様子では、お姉様に会えたということでしょうか?」
「そう言っていた」
生徒会室を訪れリュドヴィックのことをローレットが尋ねると、今までが嘘のように、ジャンヴィールが友好的に接してきた。ローレット達が考えていたより、ジャンヴィールの信頼度が高まっていた。リュドヴィックの友人でもあったガストンも、同様に好意的な反応を示している。反対にレジスとリリアーナは嫌悪感を強めていた。フランシスクは相変わらず生徒会の面子とは関わらないよう距離を取っている。
「私からも、友の望みを叶えてくれたことに礼を言う。感謝している」
「勿体ないお言葉です。
元々、私の潔白を証明するためにしたことです。ジャンヴィール様に感謝されることではありません」
「そうか。私は少し誤解していたのかもしれないな」
「ジャンヴィール様ッ!
ローレット様、何を企んでるのですかッ。ローレット様はもう婚約者じゃないんですよ。今更媚を売っても、もうジャンヴィール様の婚約者には戻れませんからね!」
リリアーナの言葉にジャンヴィールが気まずそうに目を逸らす。今更ながら婚約解消になったことを悔やんでいるようだった。
(後悔しているようですが、一体何に後悔しているのでしょう?)
ローレットの皮肉は実に的を射ていた。ジャンヴィールが後悔しているのは、優秀なローレットとの婚約関係がなくなってしまったことである。これまでローレットを傷つけてきたことに関しては、全く考えてもいない。自分のことしか考えていないのは相変わらずである。
「そうそう。望みと言えば、ガストン様も日々目標に向かって努力されているとか。やはり、武闘大会には出場されるのですか?」
「ローレット様ッ!」「義姉上ッ!」
リリアーナとレジスが同時に叫んだ。
「いい加減リリアーナを無視するのは止めて下さい!失礼です。
だから、性根が腐っている、底意地が悪い、傲慢だと言われるのです。
知ってますか。義姉上のような令嬢を悪役令嬢と言うのを。他人を貶めてばかりいて、いずれ周りから疎まれ自滅していく。正に義姉上のためにある言葉ではありませんか」
「レジス。言い過ぎではないか?」
「いいえ。義姉上のリリアーナに対する態度は、目に余るものがあります」
「いや、しかし・・・」
(これまでご自分が言っていたことですもの。反論しにくいでしょうね。
それにしても「性根が腐っている」「底意地が悪い」「傲慢」はどれもジャンヴィール様が私に言ってきた言葉ですのに。この様子では、自覚されていないようですね)
「レジス様の言う通りだと思います。ローレット様は身分を笠に着て、下位貴族の私を苛めてるんです。それって良くないことですよね!」
ローレットへの態度を変えたことを責められてしまい、ジャンヴィールは返答に困ってしまう。つい先日までローレットを嫌っていて、悪し様に言っていたのだ。まして、想い人を傷つけてきたローレットと仲良くするなど、裏切りでしかない。答えが見つからなかったジャンヴィールが取った選択は、逃げることだった。
「レジス。王族としてローレット゠アルファンに伝えることがある。リリアーナとフランシスクを連れて見回りに行ってくれないか。用が済んだら、私も後から行く」
「――。わかりました」
「ジャンヴィール様ッ!」
答えてくれなかったジャンヴィールに不満の声を上げるも、リリアーナはレジスに連れ出されてしまう。生徒会室にはローレット達とジャンヴィール、そしてガストンが残った。
「それで、どこまで話したかな?そうそう、ガストンが武闘大会に出るのかということだったな。当然だな」
「そうなのですか。それでしたら、今年の武闘大会は盛り上がりに欠けますね」
「どういうことだ?」
「ガストン様の優勝は決まったようなものです。学園にガストン様に並ぶ程の実力者はいらっしゃらないと聞きました」
「そういうことか。どうなのだ、ガストン?」
「確かに私は強者であると自負しております。しかし勝負に絶対はありません」
「だそうだ」
「まぁ。驕ることなく勝負に挑むのでしたら、ガストン様の優勝は確実ではないですか」
「私は、一試合一試合、全力で挑むだけです。
ところでローレット様にお伺いしたい事があるのですが、よろしいですか?」
「何でしょう?」
「先程、ローレット様は私の望みを知っているようなことを仰っていました。私の望みが何か、知っているのですか?また、どうして知ってるのでしょうか?」
「あらっ、知りませんの?女性はみんな、噂話が好きなのですよ。優勝して当主に認めてもらうのでしょう?」
「そ、そうですが。いや、何と言いますか。驚くばかりです。人に話したことなど、数える程しかないはずですが」
「女性は耳が良いのですよ。僅かな呟きですらあっという間に広がりますから、お気をつけてください」
「確かに。城で働く侍女達など、信じられないくらい耳ざといしな」
「そうなのですね。勉強になります」
実際は違った。ローレットがガストンの望みを知っていたのは、シルヴェーヌ第一妃と両親からの情報によるのものである。だが納得したのか、ガストンはそれ以上追求することはなかった。
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生徒会室から離れた廊下でレジスはリリアーナと2人、ジャンヴィール達を待っていた。フランシスクは「先生から頼まれ事が有ったのを忘れてました」とあからさまな嘘を吐いてどこかに行ってしまった。ただ、フランシスクがいなくなったことで、レジスは清々していた。
未だ生徒会のみんなと距離を取るフランシスクを、レジスは許せないでいた。レジスの勧誘を断ったにも関わらず、ジャンヴィールの勧誘は受けたことが原因である。勿論、実際は勧誘ではなく、王族の命令とも言えるものだったので、断れなかったことは理解している。しかし結果、レジスが恥を掻いた状況になってしまった。それにも関わらず、謝罪の一つもなかったのである。
すぐに出てくるかと思っていたが、しばらく待てどジャンヴィールは出てこなかった。生徒会室内の事が気になり目を向けていると、リリアーナが話しかけてきた。
「あの、――先程はありがとうございました」
「?えーと、何の事?」
「私の代わりにローレット様に苦言を呈してくださった事です」
「ああ、そのことか。こちらこそ申し訳なかった。義姉上が失礼なことばかり」
「いえ、レジス様が謝ることではありません。
その、――嬉しかったです」
「えっ?」
「あの時、私孤立してる感じがして・・・。正直言うと、心細かったんです」
「うん」
「でも、レジス様は私を庇ってくれました。それがとても嬉しかったんです」
「そ、そうか。そうなんだ・・・。
でも、ジャンヴィール様も、リリアーナの味方なのは変わらないと思うよ」
「そうでしょうか?」
「さっきは、リュドヴィック様の件があったから。2人の関係は深いものだから、感情を抜きにして義姉上に対応する必要があった筈だよ。ほら、王族だからね。色々と大変なんだろう。
ジャンヴィール様とリリアーナの理想は同じなんだし。大丈夫だから」
(あぁああ、何でジャンヴィール様を庇うようなことを・・・)
「それなら良いのですが・・・」
(何で口説かなかった。せっかくの好機だったのに・・・。でも私がリリアーナと恋人になったら、ジャンヴィールからどう思われるか)
「あの、――レジス様は、ずっと私の味方でいてくれますか?」
「勿論だ。勿論だとも。いつまでもリリアーナ、君の味方でいることを約束するよ。絶対裏切ったりしない」
「ありがとうございます」
嬉しそうに、明るく可憐な笑顔を浮かべたリリアーナだが、すぐに背中を向けてしまう。もっとその笑顔を見ていたかったと思う一方、おそらく真っ赤になっている自分の顔を見られなくてホッともしていた。
リリアーナも自分と同じように照れているのかと思うと、レジスは天にも昇る気分だった。
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顔を見られないようレジスに背を向けたリリアーナは、下唇を噛み顔を大きく歪めた。
(何なの一体!今更、何であんな女に!
どうする?レジス様はジャンヴィール様も味方だと言ってくださったけど、さっきの様子だとちょっと・・・。せっかく王族の協力を得ることが出来たのに。このままじゃ・・・。
あーッ、ムカつく。これまで順調だったのに。中期になったら突然思うように事が進まないって、どういうこと!?私の言うことを聞かなくなるし。今まですり寄ってきた人達からも避けられるし)
貴族社会において身分の差は絶対である。だからこそ、第一位貴族であることが生徒会役員の条件で、その次に成績優秀となっている。むしろ、第五位貴族の言葉に従う道理がないのである。前期にその様なことが起きなかったのは、ジャンヴィールが非常識にも第五位貴族を生徒会役員にした意図が読めなかったからである。その時は失脚する前だったので、エドワード王子派が大人しくしていたということもあった。
そしてリリアーナが不機嫌になる理由がもう一つあった。フランシスクの言うことには素直に従うと言う点である。フランシスクは第一位貴族なので当然とも言える。ただエドワード王子派も素直に従うのには理由があった。イヴァンが「ジャンヴィール様がエドワード様につけいる隙を与えないように」と、秘かに刷り込んでいたからである。
結果、1年生のまとめ役はフランシスクが担っており、リリアーナは全くと言って良いほど仕事が出来ていなかった。
(あの女の嫌がらせかと思って調べたけど、全然証拠は見つからないし。本当にどうなってんのッ?)
遠くの方で話し声が聞こえ、振り向くとローレットが側近達を連れて生徒会室から出てきた。このままではローレットとすれ違うことになる。今の精神状態では表情を上手く取り繕う自信がないリリアーナは、この場を去ることにした。
「レジス様、見回りですが、私達2人で行きませんか?」
(きっと、レジス様もローレット様と顔を合わせたくないはず)
レジスはジャンヴィールのことが気にかかり生徒会室に目を向けるが、ローレットの後から出てくる気配はなかった。
「そうだね。うん、2人で行こうか」
ローレットを見たにも関わらず満面の笑みで返してきたレジスを不思議に思うも、リリアーナは近づいてくるローレットから離れるべく、疑問を押し込めて急いで歩き出した。まさか自分の言動がレジスに勘違いされているとは微塵も気づかず。




