始動
夏季休暇最終日、学園に戻ったジャンヴィールはレジス、ガストン、リュドヴィックを生徒会室に集めた。
「どういうことだ!一体どうなってる?レジス、其方は何を知ってる?」
苛立つままジャンヴィールはレジスを問いつめるも、レジスは戸惑うばかりである。ガストンもリュドヴィックもレジスと同じ反応を示している。誰からも真面な返答が為されないことに、ジャンヴィールの苛立ちは大きくなる。
「まさか知らないのか?!」
「一体、何のことでしょう?」
3人とも上位貴族であり、ガストンとリュドヴィックにいたっては側近候補であるにもかかわらず、自分たちの人生に関わる重要な情報も知らないことに、ジャンヴィールは怒りを募らせる。
「教えてやるッ!」
取り繕うことなく感情のまま、ジャンヴィールは昨日の出来事を3人に語って聞かせた。
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昨日別荘から戻ったジャンヴィールは、侍従達から派閥がジャンヴィール王子派からジョージ王子派に移行したことと、ローレット゠アルファンとの婚約解消が成されたことを聞かされた。あまりに突然で信じがたい内容に、最初ジャンヴィールは侍従達の話が理解出来なかった。しかもそれらは約1ヶ月前、別荘に行ってすぐとのこと。
1ヶ月もの間連絡がなかったことにジャンヴィールは侍従達を責めるが、休暇の邪魔をしないようにと自ら命じたことを指摘されてしまい、それ以上何も言えなくなってしまった。
「もう良い。それよりどうしてこうなった?何故私がこのようなことに?
そうだ!母上は?母上はどうした?」
ジャンヴィールは母親に何かあったのではと部屋を飛び出した。
ジャンヴィール王子派とエドワード王子派では、シルヴェーヌが第一妃であることから、ジャンヴィール王子派が僅かに優勢であった。それをわざわざ11歳のジョージにすげ替える理由が見つからない。
エドワード王子派に謀られたのではと不安が増し、シルヴェーヌの部屋へと向かう足が速まる。後ろから侍従達が呼び止めるも、不安と焦りでいっぱいのジャンヴィールの耳には届かなかった。
いつもより遠く感じたシルヴェーヌの部屋に着いて「入るぞ」と扉の前の護衛に告げるも、護衛に止められてしまう。
「何の真似だ?」
「ジャンヴィール王子と言え、勝手な入室は認められません」
「貴様。
はッ!まさか母上の身に何か?母上は無事なのか?」
「何のことでしょう?シルヴェーヌ様はただ今不在ですが」
「いないのか?どこだ?どこにいる?無事なのか?」
「よくわかりませんが、何の連絡も受けていませんので、ご無事なのでは?ジョージ王子を連れて、一昨日出立されましたが」
「ジャンヴィール王子、落ち着いてください」
「クレマン!一体どうなってる?!母上は本当に無事なのか?」
「落ち着いてください。説明はまだ終わっていません。取りあえずシルヴェーヌ様はご無事ですから。ですから、部屋にお戻りください。最後まで説明致しますので」
侍従のクレマンに窘められたジャンヴィールはシルヴェーヌが無事であることに一応の安堵を覚える。しかし、依然状況の変化がわからないため、不安を抱えたまま自室へと戻っていった。
まずは落ち着くようにとお茶を飲むよう促され、ジャンヴィールは言われるままソファーに座り、出されたお茶を口にした。
「落ち着きましたか?」
「ああ。それで、一体どうしてこうなった?詳しく聞かせてくれ」
「わかりました」
クレマンから聞かされた説明にジャンヴィールは絶望し頭を抱える。
自分の理念。リリアーナへの恋慕。婚約者との不仲。そして学園での言動が事細かにシルヴェーヌに知られていた。結果、シルヴェーヌはジャンヴィールは王族として相応しくないと判断し、継承順位の降格をルイ国王に申し出たという。
(何故だ?何故このような事に?)
「ジャンヴィール王子の王位継承権降格を理由に、ベレンジャー゠アルファンからローレット゠アルファンとの婚約解消を求められ、シルヴェーヌ様が承諾致しました」
その言葉で今回の首謀者が誰なのか、何故このようなことになったのか、ジャンヴィールの中で全てが繋がった。
「ローレット!ローレット゠アルファン!アイツのせいか!!」
(冷静になって考えれば、すぐわかったではないか。常日頃から私に対して批判的な態度ばかりとっていた。醜い嫉妬でリリアーナを傷つけていたし。婚約者としての立ち振る舞いも出来ていなかった。
くそッ!何故気づけなかった)
「何か誤解しているようですが、この件に関してはローレット゠アルファンは関係ありません」
「どういうことだッ?どう考えてもあの女がたくらんでのことだろう!」
「ジャンヴィール王子が何を以てその結論に至ったのかわかりませんが、シルヴェーヌ様がこのような決断を下したのは、ジャンヴィール王子に原因があります」
「?どういうことだ?」
「わかりませんか?ジャンヴィール王子のお考え『身分制度の否定』は反逆とも捉えられかねないものです。はっきり申して、廃嫡されない方が不思議です。
更に申しますなら、ローレット嬢は普段からジャンヴィール様のその様なお考えを窘められていたと伺いました。もし『身分制度の否定』を公表されていたなら、婚約は解消ではなく王家に瑕疵のある破棄となっていたでしょう。その場合、王家にどれだけの損害が生じたのか想像がつきますか?理由を明らかにせず、解消で終わらせたのはアルファン家の温情なのです」
いつもと違い、冷たく突き放したような感じにジャンヴィールは違和感を感じてクレマンを見上げた。今まで見たことのない、怒りと侮蔑を孕んだ目で見下ろしていた。
「なッ?」
「ようやく気づかれましたか?」
怒気を含んだクレマンの言葉にジャンヴィールは肝を冷やす。初めて向けられた怒りの感情であった。これまで王子という身分故、怒りや憎しみといった感情から守られてきていた。政敵であるエドワード王子派であっても、露骨にその様な感情を向けてくる者はいなかった。いたとしても、事前に遠ざけられていただろう。だからこそ、初めて向けられた怒り、それも身内に向けられたことで、ジャンヴィールは恐怖で何も言うことが出来なかった。助けを求めて周りを見るも、他の侍従達も同じ目で自分を見つめていた。
「ジャンヴィール王子のせいで、ここにいる全員が将来を断たれたのです。私達は今後もジャンヴィール様に仕え続けるよう命じられました。これまでと同じような待遇は期待しないでください」
「ッ!勝手にしろ!」
周囲から向けられる怒りに耐えきれず、ジャンヴィールは捨て台詞を吐いて寝室へと逃げていった。
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侍従達との所は隠し、ジャンヴィールは昨日の事を3人に話した。
「レジス!アルファン家はどうなのだ?本当に何も聞いていないのか?」
「申し訳ありません。昨日は食事も部屋で摂り、義父上や義母上とも会っていませんので・・・」
「くッ!ガストン、リュドヴィック。其方達はどうだ?何か知らぬか?どんなことでも良い」
ガストンもリュドヴィックも何も知らず、首を横に振るだけだった。
「くそッ!どうすれば良い?」
苛立つままにジャンヴィールが壁を思いっきり叩いたと同時に扉が開いた。
「きゃっ」
女性の驚いた声にジャンヴィール達がそちらを向くと、リリアーナが立ちすくんでいた。
「ああ、リリアーナか。驚かしてしまったようで、すまない」
「あの~、どうしたんですか?何かあったんですか?」
場の空気にそぐわない、緊張感の欠片もない口調で問いかけながらリリアーナが部屋に入ってきた。
「リリアーナはどうしてここに?」
「いえ。みんな、ここにいるかなって思って。それで何があったんですか?」
「いや、別に・・・」
不安から苛立ち、3人に八つ当たりしていたことを知られたくなかったジャンヴィールは、リリアーナから目を逸らすもリリアーナは逃がしてくれなかった。くっついてしまいそうな距離まで詰め寄ってきて「私だって生徒会の一員なんです」と上目遣いで怒った素振りを見せてきた。視界を覆い尽くすリリアーナの可憐な顔。甘く漂う柔らかな香り。触れていなくても感じる体温。先程の怒りは一瞬で消え去り、ジャンヴィールは気が遠くなりそうだった。
「頼りないかもしれないですけど、私、ジャンヴィール様の力になりたいんです」
答えないジャンヴィールに、リリアーナは自分の不甲斐なさを憂い、悲しそうな顔で訴えてきた。
好きな相手を悲しませてしまったことに、ジャンヴィールは慌てて弁明する。それでもリリアーナの顔は晴れず、誤解を解くべく、ジャンヴィールはリリアーナにも昨日のことを話をした。
「そうだったんですね。
でも、私諦めません!」
ジャンヴィール達はリリアーナの言葉が、リリアーナの意図が理解出来ず、どう反応して良いかわからなかった。王位継承権が下がり、派閥の援助もなくなってしまった今、ジャンヴィールが王位に就くことは途絶えたと言って良い。これは誰でもわかることである。だからこそ、1年生首席のリリアーナが「諦めない」と言ったことがジャンヴィール達はわからなかった。
「諦めないって言っても、継承権の問題は大きい。それはわかるだろ?」
「勿論です。でもレジス様。私達の理想を叶える手段って、1つだけなんですか?ジャンヴィール様が国王にならないと叶えられないんでしょうか?」
「しかし、ここにいる私達だけでは出来ることに限りがある。それが現実だ」
「私はそうは思いません。だって、私達の理想って、きっと誰もが心の奥底で抱えてる問題だから。私と同じ下位貴族で悩んでる人は少なくないはずです。第三位、――ううん、第二位貴族にもいるはずです。そういった人達と手を取り合えば、今ある派閥に負けないくらいの権力を持つことだって出来るはずです。そうなれば、少なくとも無視は出来なくなるんじゃないですか?」
「そうは言っても・・・」
「レジス様は、既存の考えに囚われ過ぎです。私達は新しい世界をつくろうとしてるんです。古い世界の考えで動いていては、理想を叶えることは出来ませんよ。違いますか?」
「リリアーナの言葉はもっともだ。しかし、想像以上に困難な道になるぞ」
「それでも私は絶対諦めません。だって私達がやろうとしていることって、正しいことだから。違いますか?ジャンヴィール様達も、身分だけで優劣をつけることがおかしいって思ったんじゃないんですか?」
リリアーナの言葉にジャンヴィール達は笑顔を取り戻す。先程までの不安や惨めさは消え去り、むしろ清々しい気分であった。リリアーナの言葉に奮起したジャンヴィール達は、早速理想の社会をつくるための方策を語り合う。ゴールまでの道のりは遠く険しいものになってしまったが、彼らの絆は強く固く結ばれることになった。
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女子寮の食堂にいる全生徒から注目を浴びながら、ローレットは夕食を静かに摂っていた。友人であり側近候補であるヴィヴィアン、ユーラリー、ベルテがローレットを奇異の目から守るようにしてはいたが、彼女らも噂の真相を知りたく何度もローレットを盗み見ている。
(ふぅ。注目を浴びるとは思っていましたが、四方から好奇の目で見られるというのはツラいですね。せっかくの食事もこれでは、味もわかりませんわ)
手を止めて食事を続けるか否かローレットが迷っていると、ハーレー゠イングリスが側近候補を連れてこちらに向かってくるのが見えた。愉しそうに笑みを浮かべていることから、からかいに来たのか、もしくは嘲りに来たことがすぐわかった。
(食事の時は穏やかでいたいのですが・・・)
しかし面倒ごとは向こうから真っ直ぐローレットに向かって来ている。敵対派閥のハーレーに背を向けては、アルファン家の沽券に関わるため逃げるわけにもいかない。ローレットは向かいに座るヴィヴィアンに、護衛としての役目を果たすよう目配せする。
ヴィヴィアンが立ち上がって後ろに控えるのと同時に、ハーレーがローレットの前に現れた。
「ごきげんよう、ローレット様」
「ごきげんよう、ハーレー様」
「お聞きしましたわ。夏季休暇中は大変だったとか?」
「いえ。大きな問題も起こらず、予定通り過ごせましたわ」
「そうなのですか?馬が暴れたとか、道に迷われたとか、色々噂を耳にしましたので心配してましたのよ」
「まぁ、お気遣いありがとうございます。でも、ただの噂ですし。
確かに、道中悪天候で足止めされるかと心配もありましたが、その様なこともなく無事目的地に到着して、楽しい休暇を過ごせましたわ」
「――。それは何よりです。馬が悪ければ、旅が台無しになることもありますからね。言うことを聞かなかったり、若すぎたり。最悪、目的地に到着できないなんてこともあるかしれませんから」
「まぁ、でも、悪天候に見舞われなければ問題ないかと」
「そうですか・・・。
それでは私達これから食事ですので失礼致しますね。お話し出来て楽しかったですわ」
「私もです。また是非お話し致しましょう」
ハーレーは側近候補を引き連れて、いつも使っているテーブルへと去って行った。1つ面倒ごとが片付き、ローレットは安堵の溜息を胸の内で漏らす。
(今の会話では、エドワード王子派は大した情報を手に入れてないのかしら?)
トランティニオン王国の国旗には馬が使われているため、王族のことを馬になぞらえたりする。「言うこと聞かない馬」はジャンヴィール王子、「若い馬」はジョージ王子を指しているのは間違いない。ただ、馬に関する話が具体性に欠けていたことから、詳しいことは知らないように思えた。
(お父様達が上手く事を運んだ、――ということで良いのかしら?)
実際、エドワード王子派からの妨害はなく、派閥内が混乱することはなかったとベレンジャーから聞いている。とぼけているのではと考えがよぎるが、ハーレーは真っ直ぐな性格で回りくどいことは苦手なはずと思い直す。
(派閥よりも、私はやるべきことをやらないと)
前期は主だったことは何一つ出来なかったが、中期からは本格的に動くつもりであった。夏季休暇中に
ジャンヴィールとの婚約も解消し、シルヴェーヌから生徒会役員の情報も手に入れた。ベレンジャーとアネットから交渉や情報操作の仕方も教わり準備がようやく整った。後は実行するだけである。
(みんなにも手伝って貰わないと)
ローレットは食事を終えると友人達を部屋に招いて、今後の計画を話し協力を求めた。




