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プロローグ

 トランティニアン王国の東端にある修道院、ウーヴラール修道院。

 修道院とは名ばかりで、ここには問題を起こした高貴な令嬢達が収容されている。

 皆貴族位一位と身分が高く、刑を科しては家名を汚してしまう。もしくは貴族社会に居場所がない、貴族として認められない等。その様な令嬢達が行き着く場所が、このウーヴラール修道院であった。

 とは言え、仮にも上位貴族。多少の不自由はありつつも、実家からの援助で、下位貴族よりもはるかに豊かな生活を送っていた。

 その一室で、1人の令嬢が机に向かい手紙を書いている。

 令嬢の名はローレット゠アルファン。かつてはこの国の王子、ジャンヴィール王子の婚約者であった。しかし2年前の学園在学中に、ジャンヴィール王子と数々の揉め事を起こし、現在では王子妃となったリリアーナを殺害しようとした罪でこの修道院に送られていた。


「ふぅ」


 手紙を書き終えたローレットは羽ペンを置いて一息つく。

 この修道院に送られて以来、ローレットは毎月欠かさず様々なところに手紙を送っていた。手紙の内容はいつも同じ、修道院から出るため尽力して欲しいというお願いである。とは言え、ローレット自身、この処遇に不満があるわけではない。ジャンヴィール王子の怒りを買ったにも関わらず重刑を科せられなかったのは、王族による配慮によるものであることは理解している。

 それでも、出れるものならば出たいというのが本音である。それに、このように手紙を送り続ければ、いつか誰かが本当に尽力してくれるかもしれない。そして出られた暁には、ジャンヴィール王子とリリアーナに会いに行くのが、今のローレットの唯一の夢であった。


「そろそろ寝ましょう」


 皆はすでに寝てしまったのか、扉の向こうからは物音1つ聞こえてこない。聞こえるのは、窓の外からの虫の音だけである。

 机の上の灯りを消そうと手を伸ばした時、ローレットの髪が微かに揺れた。違和感に振り返ると、扉のところに男が1人立っていた。布で顔が覆われていて、一目で不審者だとわかる。


「見つけた」


 男はローレットを見てそう呟くと、剣を片手に部屋に入って来た。


「だ、誰です?!」


 突きつけられた剣先に血がついてることに気づいたローレットは、男から距離を取ろうと後退りするも、すぐに壁際に追い詰められてしまった。

 覆面から見える男の目は狂気に満ちており、今にも剣を突き立てそうな気配である。恐怖でローレットの脚は震え、歯の根が合わずガチガチと音を立てた。


「いたか?」


 男がもう1人現れ状況を確認すると、扉を閉めてローレットの逃げ道を塞いでしまった。

 しかし、目の前の男の視線が入って来た男に向けられたことで、ローレットは恐怖という呪縛から解かれた。


「さ、叫びますよ」


 ローレットは必死に抵抗するも、男達に鼻で笑れてしまう。

 後から入って来た男の「好きに叫べよ」という言葉で、ローレットはようやく修道院の現状を理解した。

 突きつけられた剣に血がついている理由。警備の厳しい修道院に男達が侵入できた理由。考えればすぐにわかることだった。


(叫んだところで、無駄ってことね・・・)


 ウーヴラール修道院に収容されている者はそれぞれ問題を抱えているが、犯罪者というわけではない。そして上位貴族であるため、安全のために国が管理している。勝手に出て行かないのはもちろん、外部から侵入させないよう厳重な警備がなされている。それにも関わらず侵入して来たのだ。内通者がいるのは容易に想像できた。

 そして修道院にいる者達は皆、殺されてしまったのだろう。


「どうした?叫ばないのか?」


 後ろの男が嘲笑いながら話しかけてきた。


「どうせ、誰も助けに来ないのでしょう?」

「ハッ。さすがローレット゠アルファン。聡明だな」

「おい!無駄口叩くな。机の手紙を」


 後ろの男が、机の上に置かれた手紙を確認していく。

 男達の様子から何かを探しているのわかるが、それが何なのかローレットには見当がつかなかった。実家と変わらない豊かな環境が整えられているとは言え、ここは収容所である。問題になりそうな物は持ち込むことが出来ない。入る際に、持ち込む物全て確認されていた。人を傷つける武器や毒物はもちろん、強請のネタになりそうな証拠品も没収されてしまう。


(何を探しているのか知らないけど、無駄よ)


 本当はそう叫んでしまいたがったが、男達を刺激して殺されてしまうことが怖く、声に出すことが出来なかった。ただ探し物が見つかっても見つからなくても、自分は殺されてしまうだろうことは、ローレットも心の隅で理解していた。

 だが突然襲われて、殺されても良いと覚悟出来るわけもないし、奇跡が起きて助かるかもしれないと期待してしまうのは当然である。助かるための糸口を見つけるべく、ローレットは現状を確認して必死に頭を働かせた。


(駄目だわ。情報が全く足りない。何を欲しがっているのかわからないと、交渉すら出来ない。

 話しをして時間を稼ぎながら、情報を集めないと)


「何が欲しいの?」


 男が半歩近づいたことで、ローレットの喉元に剣が触れる。男はローレットが口を開くことを許さなかった。むしろ、殺したい衝動を必死に抑えているようだった。死の恐怖と微かな痛みに、ローレットは抵抗する気力を失ってしまう。


「あった!これだ。やっぱりコイツのせいだった」


 手紙を見ていた男が大声を上げた。男達が探していた物は手紙だったようだが、それは今書き上げたばかりの物。彼らが修道院の者達を殺してまで何を探しているのか、何の目的があってのことなのか検討もつかずローレットは困惑してしまう。ただ1つ確かなのは、男達の目的が果たされたことで、自分はもうすぐ殺されてしまうということだった。

 起こりもしない奇跡に縋ったことが情けなく、理由もわからず殺されてしまうことが悔しかった。


(せめて散り際は、矜持を持って逝きましょう)


 死を覚悟したローレットは、目の前の男を真っ直ぐ見つめる。決して屈しない。そう思いを込めて。

 しかし男の反応は、ローレットが思っていたものとは全く違った。

 男の身体が震え、目は狂気に満ちていた。

 その異様な姿に、先程の矜持は薄まり恐怖が芽生え、ローレットは思わず「ヒッ」と声を漏らしてしまう。


「やっぱりか。貴様のせいで・・・。貴様のせいで。貴様のせいで俺が、俺達がどんな目に遭ったか・・・」

「おい。目的の物は見つかったんだ。さっさと殺してしまえ」

「うるさい!ただ殺すだけじゃ気が収まらん。自分が何をしたのか、コイツに思い知らせなくてどうする!」

「もうすでに時間がかかりすぎてる。いつまでもこんな所にいられないぞ。さっさと引き揚げよう」

「うるさい!!俺達がどんな目に遭わされたのかわかってるだろ。コイツのせいで全てを失ったんだ。自分のしでかした罪を償わせてやる」

「落ち着け!この手紙があれば大丈夫だ。まだやり直せる。コイツの陰謀だと証明できる」


 男達が揉め始めた。

 ただ殺されるだけではなく残酷な目に遭わされそうなローレットだったが、それより気にかかることがあった。


「貴方、レジス?」


 覆面をしているし、目つきも大きく変わっていて気づかなかったが、話し方でローレットは自分に剣を向けている男が義弟のレジスであることを悟った。

 ローレットが正体を見破ったことで後ろの男は驚いた様子を見せるが、レジスは一笑しすると覆面を取り顔を晒した。

 後ろの男が「おい!」と声をかけるも、レジスの目にはローレットしか映っていなかった。


「ようやく気づいたか。聡明と言われていた癖に愚鈍なんだな」

「何やってる!顔を晒してどうする」

「後ろのお友達が何か言ってるわよ。お友達は、――フランシスクかしら?」

「ほらッ、気づかれたじゃねぇか。何やってるンだよ!」

「どうせ殺すんだ。どうでも良いだろう」

「チクショウ!わかったよ。でも、時間をかけるなよ。手短に終わらせろよ」

「ああ」


 後ろの男(フランシスク)との会話を終わらせると、レジスは再びローレットに意識を戻した。多少落ち着いたのか、今にも爆発しそうだった危うさは消えていた。


「それで、どうしてこんな事をしたのかしら?」

「ハッ!まだわからないのか。

 昔っからお前は人の心がわからず、他人を不幸にしてばかりだった。人の足を引っ張り、貶めてばかり。今もこうして俺達を・・・」


 レジスの言葉から詳しいことはわからなかったが、どうやら悲惨な状況にいることだけは察せられた。ローレットは知りたかったことを聞けたことに、望んでいた状況であることに思わず声を上げて笑ってしまった。

 ローレットの反応が癇に障ったレジスは肩に剣を突き立てる。激痛に顔を顰めたローレットだったが、痛みよりも愉悦が増したようで、笑みを浮かべる。


「人の不幸を悦ぶなんて、相変わらずだな。人を貶めるのが、そんなに楽しいかッ。

 あれから俺がどんな目に遭ったか・・・」


 そう言ってレジスから語られた話は、ローレットが望んでいたことそのままだった。

 ローレットを修道院送りにしたレジス達だったが、思っていたような賞賛は得られなかった。特に上位貴族達からは距離を取られ、わだかまりを抱えたまま学園生活を送り卒業することになった。しかし事態は学園生活に留まらず、むしろ卒業してからの方が酷くなる。


「俺は、アルファン家の跡取りから外されたんだぞ。全部お前のせいだ。お前がこうやって、俺達を貶めたから」


 フランシスの手から奪い取った手紙を、レジスはローレットに突きつける。ローレットに己の罪を自覚させるように。

 心に溜まっていた全てをぶちまけたレジスは、項垂れるローレットを見下ろして反応を待つ。怒りが収まったわけではない。全てが元に戻るわけではない。しかし、もうすぐ悪夢が終わることに少しだけ溜飲が下がった。後はローレットの犯した罪の分だけ苦しませ、無惨に殺すだけである。ところが、ローレットの口から出て来たのは笑い声だった。


「な、何が可笑しい?!自分がやったことがまだわからないのかッ?

まさかここまで歪んでるなんて。お前は生きていて良い人間ではない。平和のため、正義のためお前を殺す」


 そう言うと、レジスはローレットの心臓に剣を突き刺した。

 口から血を吐き出すローレットだったが、心臓を刺された激痛よりも、血で喉が塞がれた苦しみよりも愉しくて仕方なかった。彼らの、あの女のこれからの悲惨な未来を思うと、笑いが止まらなかった。

 視界がぼやけていく中、レジス達が驚いた顔で何かを言っているが、ローレットにはもう理解することが出来なかった。

 ローレットが最後に抱いた感情は満足だった。

 後悔はもちろんある。あの時上手く立ち回れていれば、このような場所に送られることはなかっただろう。あの者達の落ちぶれていく様を見れただろう。そしてこの先もずっと。

 それでも、知りたかった彼らの現状を知ることが出来た。この先も容易に想像できた。


(貴方達の苦しみは終わらない。私のことを永遠に呪いながら、生き続ければいいわ)


 悪役令嬢らしく彼らの悲惨な未来を願いながら、ローレットは血溜まりの中で息を引き取った。

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