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本の紹介③『別れの顔』 ロス・マクドナルド/著

作者: ムクダム
掲載日:2025/08/14

ある家族の忌まわしき過去を巡るハードボイルド作品


 リュウ・アーチャーという探偵が主人公のシリーズ作品で、本作は作者がベストセラー作家の仲間入りをするきっかけとなった作品と評されています。

 盗難された金細工の小箱の捜索をアーチャーが依頼されるところから物語は始まりますが、盗難事件そのものはすぐに解決の目処が立ち、その調査の過程で明らかになる過去の忌まわしい事件、それにまつわる人間の相関が主軸となっています。一筋縄ではいかない人間関係、それを解きほぐしながら真相に迫っていくアーチャーの活躍がストーリーを牽引していきます。

 推理小説的なトリックも大仰なものではなく、話の中に自然に織り込まれているのが好感触です。大掛かりなトリックが出てくると嘘っぽくなって引いてしまうので。恐ろしく複雑で手間のかかるトリックが出てくる推理小説もありますが、そんなことを考えつく頭があるなら犯罪に手を染めなくても問題を解決できるだろうと突っ込みたくなります。

 盗難事件の犯人と目される青年を追っていく中で、青年を取り巻く因縁、人間関係を知ることになったアーチャーが、拳銃を手に錯乱した青年を発見したところから大きく物語が動き出します。平凡な盗難事件をきっかけに、過去の忌まわしい事件の全容、それに関わるさまざまな人間の罪があらわになっていくという筋書きです。

 依頼対象の金細工の小箱のありかは序盤でほぼ特定され、その段階でアーチャーとしては仕事の責務を果たしたことになりますが、そこで終わらせずに進んでいくのがアーチャーというキャラクターの人間性を現しています。

 アーチャーは信念を持った生き方をしており、仕事に取り組む姿勢もその信念に裏打ちされたものとなっています。彼は時折自らの信念を口に出すことがありますが、これが嘘っぽく聞こえないのが素敵です。セリフになるより前、彼の行動によって、彼がどのような考えを持って行動しているのか読者に想像がつくようになっているためです。このことによって、キャラクターが作者に台詞を言わされている感じが払拭されているのです。行動と言葉が合わさることで説得力を生んでいると感じます。

 本作に限らず、リュウ・アーチャーのシリーズは富をめぐる確執、世代間の衝突が事件の背景となっていることが多いです。アーチャーは探偵として様々な依頼を受けますが、いつも必要以上の報酬を受けとならないようにしています。これは一定のラインを超えた富が人間にどのような悲劇をもたらすか、身をもって知っているためです。より多くの富を得ることが、より大きな幸せをもたらすという価値観に抗いながら、誰かの苦悩の解決に力を尽くすのがアーチャーの探偵としての姿勢であると感じます。冷徹に振る舞いながらも、追い詰められた人々を見捨てることが出来ない優しさが滲み出ているのです。

 作者のロス・マクドナルドはアメリカの作家ですが、いわゆるアメリカンドリーム的な考え方に冷徹な視線を投げかけ続けていたのかなと思います。総じて暗い作風で、救われない結末を迎えることが多いため、何かに熱中する読者や社会に水を差すような印象を受けますが、社会を誤った方向に進ませないために、そういった立場の人間も一定数いて欲しいなと感じます。何かに熱狂するというのは、その対象がなんであれ、どこか異常な側面を持っているものですからね。                                          終わり

 

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