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2.探し物はなんですか?

 アスリンたちは合計五人となって、騎士学校の門を出て行きました。


 ほかの数名についても、多少は話して誘ってみましたが、断られました。理由はさまざまでしたが、みな自分なりに考えを持ってのことでした。

 なかにはアスリンを(ののし)る声もありました。万年落第の彼女と行動をともにしては、自分の合格も危ういとのことです。ところがアスリンは怒りませんでした。最初の一、二年はこう言われて怒ったものです。しかしさらに三、四年を経てしまうと、周囲から認めてもらえるほどの実力なんて、やっぱり自分にはないものだと痛感していました。


「うん。じゃあ、がんばってね」


 静かにそう言うアスリンには、かえって品格が漂っていました。

 ですが、果たして相手にそれが伝わったかどうかはわかりませんでした。


 さて、五人は晩秋(ばんしゅう)の風が吹き抜ける丘を街道沿いにくだって、北東のアラナン侯爵領へと進みました。

 行き先を決めたのはゼルードでした。かれが「あのあたりなら三日で帰って来られる洞窟がある」と言ったからです。一行はゼルードの言葉を理解しているつもりでした。


 ところが、昼下がりの休憩どき、火を()いておのおの食事を()っているときのことです。アスリンはおもむろに疑問を口にしました。


「ところで、この謎かけの真意ってなんなんだろうね」

「……本気か?」とオガムは言いました。

「え、いや」

「本気で言ってるのか?」

「あう」


 アスリンは目を泳がせました。ミレディはおもしろそうに目元だけを笑わせています。レジーにいたっては何を考えているのかわかりません。

 オガムはついにため息をつきました。


「ゼルード、なんとかしてくれ」

「急に話を振るねぇ」

「頭が痛いよ。冷静に話せる自信がない」


 ゼルードはにこにこしているばかりです。

 アスリンはしどろもどろに左見(とみ)右見(こうみ)しておりました。


「さっきの謎かけの詩についてだけどね」と、ゼルードは口を開きます。「これはある種の引っ掛け問題なんだ」

「引っ掛け……?」

「そう。この出題は、中身がわかればたいした謎かけじゃない。『近くにあるけど遠い』し『手を伸ばさないと届かない』のは、《勇気》の性質そのものだ。『ここ』、つまり自分の内側にあるんだけど、自分の外側に飛び出して初めてそうだと気づけるもの。心のありようなのだから──」


 話の合間に、ゼルードは焚き火から焼いた川魚(ササイロクズ、と言います)を手に取り、ゆっくりと頬張りました。岩塩をナイフで削ってまぶしたのが、旨味をぎゅっと引き締めます。それを見てると、アスリンもそそくさと食事に戻ろうとしてしまいます。

 しかし、ゼルードはササイロクズの刺さった鉄串をスッと抜いて、アスリンに「待て」をしました。


「でも問題は『その証』とはなんなのか? ということだよ。この謎かけはただ答えがわかれば良いってわけじゃないんだ。つまり答えを言葉で捉えるだけでは、正解の半分といったところなんだろうと思う」

「はんぶん?」

「そう。だいじなのは、〝それが《勇気》である〟と名指しすることではなくて、〝何が《勇気》を示すのか?〟という難しい問いかけなんだ」


 ここでゼルードは、ようやく鉄串をアスリンに差し出します。空腹の虫が耐えかねたのか、彼女はパッと顔を輝かせて、聞いてる人間が恥ずかしくなるほど盛大にむしゃぶりつきました。ミレディはそのありさまを見て、苦笑いを浮かべます。オガムはすっかりたしなめるのもあきらめた様子でした。


「さすがにゼルードの説明はわかりやすくて、かなわないな」

言技(ことわざ)の達人って言ったところね」


 言技は、その名の通り、言葉をうまく用いてものを考える技のことでした。騎士学校では最初に学び、そして最後まで繰り返し深めていく重要な科目なのでした。その中には謎かけも、含まれていました。謎かけは、あるものごとをちがった角度で、ふしぎに包まれたものとして扱う初歩的な科目の位置づけとしてあったのです。

 アスリンは、しょうじきに言ってこの科目が得意ではありませんでした。


 それはレジーも同様でした。


「……で、なぜおれたちは洞窟を目指しているんだ?」

「んー、それを突かれると痛いんだけど」


 あくまでゼルードはにこやかな笑顔を崩そうとはしません。

 その物腰の柔らかさと、ときに大胆なまでの行動力、なにより言技の秀でたところをもろもろ含んで、ゼルードは稀代の騎士候補生と名高い少年でした。かれは騎士学校に入ってわずか三か月でこの〈盾の試練〉を受ける資格を認められています。ところが、かれ自身は体力がありませんでした。かれよりも剣術や運動能力に優れ、かれと同じくらいハキハキとものを考える力を持つ者は、このオルトラントにはいくらでもいたのです。


「詩は『森』と『洞窟』といった『暗闇』が潜むところを具体的に名指ししている。で、〈試練〉が始まって直後に旅だったレアンドルやエゼキウルみたいな〝優等生〟さんたちは、城を西に出た。あっちは〈(おどろ)の森〉のほうだ。ということは、ぼくたちに残された選択肢は『洞窟』ってわけだ。あっちには訓練で何度か足を運んだ〈竜の顎門(あぎと)〉があるからね」

「なるほど。わかった」とレジー。

「あ、ひょっと!」


 ハフハフ魚を頬張りながら、アスリンが割って入ろうとします。が、よほど熱かったのかしばらくハフハフしていました。


「食べ終わってから話せよ」とオガム。

「いいじゃゴホッ」


 むせました。ミレディがしれっと水袋を差し出します。くびくび飲んで、ようやくひと心地ついたところで、アスリンは言います。


「ねえゼルード、それで話が終わりだなんて言わないでよ。あたしの最初の質問にはちっとも答えてないじゃない!」

「と、いうと?」

「ばかいえ。ゼルードはきちんと答えてる。おれたちは《勇気》を証明するものをお題として求められていて、それがあると暗示している場所のひとつ『洞窟』に向かってる。そこには何かあるんだ。おれたちはそれを探す必要がある──」

「あたしが聞きたいのは、なんのためにそんなことするのかってことだよ」


 オガムは豆鉄砲を喰らったような顔をしました。ゼルードはなおも表情を変えずに、「というと?」と繰り返します。


「だって《勇気》は別に森や洞窟におっこちてるわけじゃないでしょ」


 つかの間、沈黙がありました。まるで小石が静かな湖面にぽちゃんと落ちたときのようにしんと静まり返ります。

 そして、ぷっ、と噴き出したかと思うと、ミレディがまたしてもゲラゲラ笑い転げているではありませんか。


「そりゃ言い得て妙だわ。わたしたち、きのこ採りに行くわけじゃないもんね」


 ミレディはすっかりくつろいでました。


「あーあ。あんたといっしょにいると飽きないわね」

「それほめてるの?」

「ほめてるほめてる。すっごいほめてる」

「わざとらしいな!」


 アスリンはふくれっ面をつくります。


 ところが、その後に続くじゃれあいを、レジーが無言でさえぎりました。とっさに飛び出た手と、「火を消せ」という合図で、一同に緊張が走ります。オガムがすばやく火に土を被せ、ミレディが荷物をまとめます。ゼルードとレジーは身をかがめながら、視界の端を点検します。

 けれどもアスリンはなにがなんだかわからないまま、あたふたとしていました。


「岩陰に隠れろ」


 レジーのひと言で、ようやく全員息を合わせて動きました。


 首都に続く街道は、平原から伸びています。しかしアラナン侯爵領へと続く道は、峠に差し掛かって、次第に入り組んだ迷路のように切り立った崖と木立ちに囲まれていました。沢や急流のせせらぎに銀のうろこを生やした川魚が跳ね、岩が目立つその影に、一同はすばやく隠れます。そして物陰から目を細めていると、思いもよらぬ光景を目の当たりにすることになったのでした。


 まず、最初に聞こえたのは足音でした。しかしふつうの足音ではありません。人間よりも数段重く鈍い音を立てて進むその様子は、大きな荷車でも引いてくるかのようでした。それもそのはず、かれらが見たのは、この季節のオルトラントでは決して見ることのできない景色なのでありました。


 一ツ目。ガイコツをむき出しにしたかのようなおぞましき顔つき。岩のごとき(はだ)に、ゆうに一丈(約三メートル)もある(おお)きな体を、ゆっくりと、整然と歩みを進めるさまは、まさに──


「ムクロ鬼だ」

「うそ」

「なんでこんな時期に……あいつら冬眠するはずじゃなかったのか!」

「シッ。声が大きい」


 レジーは手で制しました。年長組として、だてに訓練はしていません。みなに静かにするよう、指示します。

 アスリンは出し抜けに、緊張した面持ちで、ムクロ鬼の軍団を見つめていました。


(あのときもそうだった)

 

 彼女が思い出していたのは、もちろん九年前のことでした。

 あのときも冬でした。秋が終わりに近づき、実りも枝葉も落ちる頃合い、さむざむとした空にもかかわらず、ムクロ鬼の軍団が山を降りてきたのです。かれらをはじめ、恐ろしい怪物たちの出どころについては、まだだれも知りません。しかし何人かの勇敢な学者たちが、ムクロ鬼の冬眠する習性や、よほどのことがない限りは山から降りてこないということなどを突き止めていたのでした。


 かつて辺境ヘンゼヘーゲルをおそった大異変は、のちに年代記作家によって〈前ぶれの災厄(わざわい)〉と呼ばれていました。その名付けの理由については今後お話しする機会があるかもしれません。

 しかしいまはアスリンたちのことに話を戻しましょう。


 アスリンから見て、ムクロ鬼の軍団は明らかに人里に向かって群れをなして降りていく真っ只中に見えました。それはアスリンだけではなく、全員の直感するところでした。ところが、みなこの事態を前に「いったん学校に戻るべきだ」という姿勢を見せました。


「さすがにいくらなんでも無茶だ」


 オガムは必死に、しかし声を低くして熱弁します。自分たちは確かに騎士であるかもしれない、でもそれはまだ半人前の騎士であってこの異変に対応するだけの実力なんて持っていないのだ、と。


「まずは騎士学校に戻り、シンドレー教官に報告すべきだ。それで、大人たちの指示をあおいで、しかるべき処置をだな──」

「ダメだよ」とアスリン。


 みな、緊張しました。決して大きくはない声でしたが、まるでそれがムクロ鬼の耳に届くのではないかと思ってしまうほど、その決意は場にそぐわないものに感じられました。

 オガムは怒鳴りたくなる気持ちを必死に抑え込んで、アスリンの袖を引きます。


「ばかっ。おまえ状況がわかってないのか」

「わかってないのはそっちだよ。ムクロ鬼の向かってる先に何があるかわかってるの?」


 言われて初めて、オガムは気付きました。その気持ちを引き取るように、ゼルードが言葉をつなぎました。


「ふたこぶ山の先……ドロゴ村か!」


 アスリンはうなずきました。


「このまま行けば、あたしたちが騎士学校に戻る前に、村はおそわれる」

「だからって、おれらにどうしろっていうんだ!」


 アスリンは、いま初めて怒ったかのように、全身から強い気をふくらませました。みなぎる気迫の前に、まるで別人が喋っているかのような印象さえ受けたのです。


「あたしたちは、なんのために騎士学校に入ったんだ?」


 もはや、彼女の頭からは試験のことなどすっかりなくなっているようでした。

 たっぷり五つ数えるほどの沈黙が、ゆっくり幕を下ろしました。それは彼女たちをムクロ鬼の脅威から隠してくれる魔法のカーテンでもありました。しかし、いつまでもそうしているわけにはいきませんでした。


 最初にレジーが、無言でアスリンの傍らに立ちます。それに続いてミレディが、肩をすくめて「わかった」と言います。それからゼルードが興味深そうに、歩み寄って、「勝算は?」と聞きました。

 アスリンは首を振りました。まるでそれを考えることは、自分にとっての「騎士」の仕事ではない、と言うかのようでした。


 オガムはますます頭を抱えました。


「ゼルード、お前まで」

「ごめんよ。でも、アスリンの言う通りだと思っちゃったんだ」

「わーったよ。わかった」


 つかつかと歩み寄ります。そしてオガムは人差し指を突き立て、アスリンに詰め寄りました。


「いいか、おれたちは死にに行くわけじゃないんだ。騎士は無駄死にはしない。だから、みんなで生きて帰る。そのために頭を使うんだ!」

「わかった!」


 アスリンの即答に、オガムは首をかしげました。


「ほんとに、わかってんのか?」

「時間がないよ。早く考えて!」


 アスリンはそう言って、我先にと峠の道に躍り出ました。ムクロ鬼が村に着くまで、あと二時間ほどでした。

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