張子の桃③
車に戻ると「さて、お次は何処に向かいましょうか?」と松本さんが聞いてきたので、「今日、お会いした人の中でどなたか、会社に一番、近い場所に住んでいる方を教えて頂けることになっていたのですが、何かお聞きではありませんか?」と二代目が尋ねた。
「はい。工場長から仰せつかっております。では、そちらに向かいましょう」
「どなたですか?」と聞くと、「吉川さんです」と松本さんが答えた。
工場から近く、しかも、遺体が発見された春川の河川敷に最も近い場所に住んでいたのが吉川さんだった。アパート住まいだそうだ。
「吉川さんが住んでいるというアパートに向かった」
(アパートに行って何を見たいのだろうか?)と不思議だったが黙っていた。どうせ、まともな返事など返ってくる訳ない。
アパートに着く。
二階建てのアパートで上下三部屋、計六部屋がある。駐車場が広々していて、十台以上、楽に停めることができる。日中とあって、ばらばらと四台の車が停まっているだけだった。
車から降りると、ぐるりと駐車場を見回してから、「ああ、やっぱりここにあった」と二代目は言った。
「何があったのです?」と聞くと、二代目は面倒臭そうに「車だよ。百田さんの――」と答えた。
駐車場の片隅に一台、ファミリーカーがぽつんと止められてある。二台目は「あの車だ」と言う。
「えっ? 百田さんの車⁉ ということは吉川さんが犯人だということですか?」
「車を擦られたくらいで、人を殺したりなんかしないよ」
「じゃあ、何故、百田さんの車がここにあるのですか?」
二代目は「犯人が――」という言い方をした。誰が聞いているか分からない。うかつに名前を口に出来ないと考えたのだろう。「遺体を放置した後、ここに置いたからさ」
「何故、このアパートに?」
「犯人は、百田さんと吉川さんの間に諍いがあることを知っていたんだよ。当然、吉川さんに疑いの目を向ける為さ」
車に戻る。「さて、次はどちらに向かいましょうか?」と松本さんが聞いて来た。
「百田さんが住んでいたアパートをご存じですか?」と二代目が聞く。
「分かりますよ。工場長をお乗せして、ご家族の慰問にお伺いしましたから」
「では、そちらにお願いします」
「はい」車が走り出した。
川沿いの道を暫く走ると、四車線の大通りに突き当たった。そこを左折して暫く走ると百田さんが住んでいたアパートがあった。こちらも二階建てのアパートで、各階に八部屋ずつある。広い駐車場と入り口の側に屋根付きの自転車の駐輪場があった
「三浦化学の借り上げ社宅のひとつです」と松本さんが言う。
二代目は車を降りると、真っすぐに駐輪場へと向かった。
「ふむふむ」と無造作に停められた自転車を見て回ると、「ああ、あった。これだ」と一台の自転車の前で立ち止まった。
「この自転車がどうかしたのですか?」
「これが犯行に使用された自転車だ」
「えっ⁉」
「恐らく盗難自転車だろう。これで、どう犯行が行われたのか分かった」
「そんなことまで分かったのですか?」
「さて、これで捜査は終わりだ。報告を済ませて戻るとしよう」
「報告? 誰に報告するのです?」
「警察に決まっている」
「警察に行くのですか?」
「ちょっと連絡する」
「連絡~?」
どうやら新庄さんから何か言われて来ているようだ。それはそうだろう。いくら二代目に借りがありからと言って、自分の利益にならないことには興味を示さない人だ。二代目を使って茨城県警に協力することで、何か見返りがあるに違いない。