張子の桃②
「さて、どうしましょうか?」と聞くと「須田新町幼稚園に行ってみよう」と二代目が答えた。
「幼稚園?」
「昨秋、行われた遊戯会の出し物として、桃太郎の舞台劇が行われたそうだ。その際に使用された桃の張子が行方不明になっているらしい」
新庄さん情報だろうか。
工場に戻ると、車が待っていた。黒塗りの国産高級車だ。タクシー会社の制服を着た温厚そうな小太りの中年男性が待っていた。八の字眉毛に小さな眼が柔和な印象を人に与える。工場の契約車両なのだろう。「松本と申します。よろしくお願いします」と帽子を取ってお辞儀をした。胡麻塩頭が真っ白だった。
「須田新町幼稚園までお願いします」と言うと、「はい」と返事をしただけで何も聞かなかった。
工場から川ぞいの道を更に二十分ほど進んだ住宅街に須田新町幼稚園があった。松本さんが一緒に来てくれて、「こんにちは~」と挨拶をすると、直ぐに園長先生が飛んで来た。
松本さんに「ここの関係者ですか?」と聞くと、「三浦化学の御威光ですよ。園児の八割が三浦化学の関係者のお子さんだと思います」と笑顔で答えた。
お陰で、不審がられることもなく、園長先生から話を聞くことが出来た。
「一週間ほど前になります。夜、倉庫の南京錠が壊されるという事件がありました。調べてみると、何も盗られていなかったので、警察には通報しませんでした」
「倉庫に泥棒が入ったのですね?」
「その時は、何も取られたものが無いと思ったのですが、事件のニュースを見て、(もしや――)と思い、もう一度、倉庫を調べてみました。すると、桃の張子が無くなっていることに気がつきました」
百田さんの遺体が押し込められていた桃だ。
「随分、立派な桃の張り子を作ったのですね」
「はい。先生のお知り合いに、芸大に通っていらっしゃる方がいて、その方に制作をお願いしました。それはもう立派な桃の張子を作ってくれました。今年の秋は『金太郎』をやりますので、今度は熊の着ぐるみを作って頂く予定です。きっとまた、凄いのを作ってくれると思います」
「最初に確認した際、桃の張子が盗まれていることに、気がつかなかったですか? 一度、倉庫の中を確認されたのでしょう?」
「すいません。まさか、あんなものを盗んで行くとは思ってもいませんでしたから・・・それに、あの桃の張子、二つに分解して重ねると、意外に場所を取りません。倉庫の奥に仕舞われているものと思い込んでいました」園長先生は恐縮しきりだった。
「倉庫を見せて頂けませんか?」
「はい。こちらです」と園長先生が倉庫まで案内してくれた。
屋外の運動場の片隅に物置が建っていた。引き戸になっていて、鍵は扉にステンレス製の掛け金の丸い輪っかの部分を南京錠で施錠しただけの簡単なものだった。掛け金を壊せば、簡単に開けることが出来た。
「南京錠を取り替えました」
折角、園長先生が扉を開けてくれたのだが、二代目は外からざっと見回しただけで、「ありがとうございます」と中には入らなかった。
早々に事情聴取を切り上げてしまったので、「どうしたのですか?」と尋ねたら、「どうやら違ったようだ。ここじゃない」と二代目が答えた。
何が違ったのだろうか? その答えが分かるのは事件が解決してからだった。