張子の桃①
事情聴取を終えると工場長の石井さんがやって来て、「用事はお済ですか? 駅までお送りしましょう。今、車を用意します」と言った。
早く厄介払いをしたいようだ。まあ、そうだろう。本社の社長の横やりで、探偵まがいの者を寄こされ、ただでさえ大袈裟にしたくないであろう事件をほじくり返されるのだ。早々にお引き取り願いたいというのが本音なのだ。
「ありがとうございます。工場の周りをぐるりと見て回ってから帰りたいと思います。それに、二、三、寄ってみたいところがあります」
「車は自由に使ってもらって構いません。それで――」と工場長は一呼吸置くと、「何か分かりましたか?」と聞いた。
二代目が何と答えるのか注目だ。
二代目はにっこり笑うと、「ええ。全てはっきりしました。ありがとうございました」と答えた。
「えっ⁉ 全てはっきりしたということは、百田君を殺害した犯人が誰だか分かったということですか?」
「勿論」
「まさか、うちの会社の人間ではないでしょうね」
会社から殺人犯が出たとなると大変だ。工場長だ。管理責任を問われることになるかもしれない。少し気の毒になった。
「申し訳ありません。先に警察に伝えることになっていますので、今、ここでは申し上げられません」
「そんな・・・」
「どういう結果になろうと、会社に責任はありません。その点、三浦社長には、協調して伝えておきます」と二代目が如才のないことを言った。工場長は「そうですか」と安堵した様子だった。
「ひとつお願いがあるのですが」と二代目が切り出す。
「はい。何でしょう?」
「今日、お会いした方の中で、ここから一番、近い場所に住んでいる方はどなたでしょうか?」
「さて、人事に聞いてみたいと分かりません。聞いておきましょう。運転手に伝えておきますので、後で確かめてください」
工場長が工場を案内しましょうかと言うのを断り、工場を出た。正門を出て、延々と続く工場の塀を見て回った。
何処からか、中に入れないかと塀に沿って歩いていた。程なく、「ああ、ここだ」、「ありましたね」と声を揃えて足を止めた。
あった。正門の辺りはコンクリート塀になっていたが、工場の前の道路を少し行くと、金網のフェンスになっていた。フェンスの上には有刺鉄線が張り巡らされていたが、よく見ると、一部、有刺鉄線のない場所があった。ここからなら、フェンスを乗り越えることができる。
「この程度の高さなら有刺鉄線があっても、何とかなりそうだ」と二代目が言う。
フェンスの高さは二メートル程度だろう。
「毛布を掛けて有刺鉄線を超えるのを映画で見たことがあります」
「君は映画やドラマに詳しいね」
これで仁尾さんのアリバイは崩れたようなものだ。食堂で目撃された時間以外、職場での目撃者はいない。自由に抜け出すことが出来た訳だ。
「ここを抜け出したとして、どうやって移動したのでしょうか? ああ、そうか。車ですね。この辺りに車を停めておいた」と辺りを見回したが、川沿いの二車線道路だ。ここに駐車は難しい。
「自転車だよ」と二代目は見ていたかのように言う。
「自転車ですか?」
「それに車は工場の駐車場だよ」
(ああ、そうか)と思ったが、百田さんの車が見つかっていない。百田さんは車に乗って家を出ている。「百田さんを呼び出したとしたらどうでしょう?」
「ほほう~面白いね。百田さんをここに呼び出して殺害した。その後、車で河川敷まで遺体を運んで、桃の張り子に押し込め、車を処分した――と、こう君は考えた訳だ」
そこまで具体的に考えた訳ではなかったが、「はい」と答えておいた。