鬼の桃太郎退治③
言葉はとげとげしかったが、一本、筋の入った人物だと思った。そのことを二代目に告げると、「タマショー君。彼が犯人だよ」と驚くべきことを言った。
「ええ――⁉ 二代目、早すぎませんか。ちょっと話をしただけですよ」
「仕方がない。彼が犯人だと分かってしまったのだから。後は、動機と殺害方法だな。まあ、彼が犯人だとすると、殺害方法を解明することは難しくないけどね」
「死亡推定時刻にアリバイがありますよ」
「そうだね」と二代目は呑気に言う。
「車の入出庫記録を調べてもらったらどうです?」
「ああ、あれね。彼がそう言っているのだから、きっとその通りだと思う。そんなヘマはしないよ」
二代目の言う通り、後日、調べてもらったところ、夕方、五時四十八分に仁尾さんの乗った車が工場内に入場しており、深夜の十一時三分に出場していた。百田さんについては、入出場記録は残っていなかった。仁尾さんの言う通り、会社には来ていなかった。
「六時過ぎに食堂にいたというのは?」
「それも彼の言う通りさ。食堂にいたはずだ。社内で聞いて回れば、食堂で彼を見たという人間が現れるはずだ。確認するだけ、時間の無駄だよ」
実際、県警の捜査では食堂で仁尾さんと会ったという職員がいたようだ。「お休みなのに、仕事ですか? と声を掛けると、月曜日の朝から会議があるので、資料を作らなければならないと答えた」という証言があったそうだ。
「そうですか・・・日曜日なのに、会社に来るなんて、大変ですね」
「百田さんは、仕事があると言って家を出ている。それでいて、会社には来ていない。その辺りに殺害方法を解明するヒントがある」
「百田さんの身に何が起こったのか、理力でちゃちゃっと透視することは出来ないのですか?」
「タマショー君。僕にそんな怪しげな力はないよ。人を霊媒師みたいに言わないでくれ」
「はあ・・・」
理力があると言ったり、無いと言ったり、全く、どっちなんだと思う。
百田さんの職場の同僚からの聞き取りを終え、最後に吉川英傑さんという人が会議室にやって来た。三浦化学に勤務する職員で、県警がマークしている人物だそうだ。仕事上の付き合いはなかったが、百田さんとトラブルを抱えていた。
「どうも」とやって来た吉川さんは四十代、中肉中背で八の字眉毛の気の弱そうな顔立ちだが、どうやら気が短い人のようだ。
車で通勤している職員が多く、百田さんも車通勤だ。ある日、百田さんは駐車場で隣にあった吉川さんの車にぶつけてしまった。そのまま、吉川さんが退社して来るのを待てば良かったのだが、守衛所に事情を伝えただけで、帰宅してしまった。
守衛に伝えたくらいだ。逃げるつもりは無かったのだろう。だが、仕事を終えて駐車場にやって来て、傷ついた愛車を見た吉川さんは腹を立てた。
「誰だ!誰がやったんだ」と守衛所に怒鳴り込んで、百田さんの仕業だと分かった。
「お前、ふざけるなよ!」社内で吉川さんに胸倉を掴まれている百田さんの姿が大勢の社員に目撃されている。
「百田さんとの関係をお話しください」と二代目が声をかけると、「私は彼を殺してなんていません。殺人だなんて・・・確かに、車を当て逃げされて腹が立ちました。だからと言って、殺したりなんてしませ」と額に脂汗を滲ませながら答えた。
こうしていると、気の弱い人にしか見えない。
「日曜日の夜は何をしていましたか?」
「警察にも話しましたが、日曜日の夜ですから、当然、家にいました。妻がそう証言してくれています」
家族の証言だと信憑性は高くないだろう。
だが、二代目は興味が無かったようで、その後、二、三、質問をしただけで、事情聴取を切り上げてしまった。
「違うね。やはり仁尾さんが犯人だね」と二代目は確信したように言った。