鬼の桃太郎退治②
先ずやって来たのは百田さんの上司だと言う中年男性だった。
「係長の高野です」と男が名乗った。顔をぐっと引き延ばしたような馬面で、背が高い。頭頂部が薄くなっており、お腹が妊婦のようにぽっこり出ていた。
「百田君がいた生産本部技術製造部と言うのは――」と仕事の説明をぼそぼそとしゃべり始めた。二代目は「はい」、「ええ」と相槌を打って聞いていたが、興味が無いことは直ぐに分かった。表情が死んでいる。
要は生産設備のトラブルを解決したり、新規購入や買い替えを検討したりする部署らしい。二代目から特に質問することもなく、話が終わると、高野さんは部屋を後にした。
「良いんですか? 色々、聞いておかなくても」と聞くと、「彼は犯人じゃないし、事件のことは何も知らないようだ」と平然と言ってのけた。
製造技術部だけで二十名以上いるそうで、百田さんと同じ課には八名の職員がいると言う。まだまだ何人も会わなければならない。
そこから、百田さんの同僚だという男女三名が部屋を訪れたが、「外れだね」と二代目は興味を示さなかった。ただ、青木さんという女性から聞いた同僚の仁尾聡という人物が仕事のことで百田さんに強く当たることが多かったという話には「ほほう~」と二代目が興味を持った様子だった。
二人は同い年で、同じ課に勤務しているが、高卒の仁尾さんと大卒の百田さんでは職歴に差がある。同僚だが、職場では仁尾さんが先輩として仕事を教えることが多かった。
百田さんは口数の少ない、大人しい若者で、仕事は一歩一歩、着実に実行するタイプだった。信頼がおけるといえるが、慎重過ぎて愚鈍に見えてしまうところがあった。
仁尾さんは逆に、仕事が手早くて要領が良い。自分と正反対で、何時も愚図愚図と仕事の進まない百田さんを毛嫌いし、強く当たることが多かったらしい。
「オニの桃太郎退治」と仁尾さんは周囲の人間に言っていた。
仁尾という名はひっくり返せば「オニ」と読める。百田さんは名前から桃太郎と言う訳だ。
「仁尾さん、ちょっと厳し過ぎじゃあ・・・」と同僚に言われると、「別に虐めている訳じゃありません。当たり前のことを言っているだけです」と仁尾さんは答えたそうだ。
「厳しく接していましたが、仁尾さんの言っていることは正しかったと思います。百田さんも、そのことは分かっていたと思いますよ」と青木さんは言った。
さて、次はその仁尾さんの番だ。「楽しみだね」と二代目が言うので、「殺人事件の捜査ですよ。ちょっと不謹慎じゃないですか?」と言うと、「おや、これは一本取られたね~君のそういうところ、嫌いじゃないよ」と満面の笑顔だった。
「古臭いところですか?」
「年の差を感じないで済む」
「僕はお爺ちゃん子ですから」
そんな話をしているところに、仁尾さんがやって来た。身長が百八十センチを超えており、筋肉質の体型で、今時の若者には珍しく太い眉毛が凛々しい男らしい顔立ちだった。
「百田が殺されたなんて、びっくりです。あいつとは同い年で、親しくしていました」と仁尾さんは顔を赤くしながら言った。興奮しているようだ。
「事件当夜、何処で何をしていましたか?」
「日曜日ですね。夕方になって、ふと仕事を思い出して、休日出勤しました。会社に着いたのは六時くらいだったかな? ずっと会社にいましたよ。家に帰ったのは、深夜だったんじゃないかな」
「他に誰かいましたか?」
「日曜日の夜ですからね。誰もいません。僕だけです」
「百田さんはどうです? 職場に来ませんでしたか?」
「百田ですか? いいえ、来ませんでしたよ」
「変ですね~家族には休日出勤すると言って、家を出たそうですけど」
「そうですか。でも、現れませんでした」
「職場に誰もいなかったとなると、あなたが会社にいたことを証明してくれる人間はいない訳ですね」
「守衛さんが見ていると思います。ああ、それにゲートを潜る時、守衛所で車の入出場記録を取っています。それで会社にいたことが確認できるはずです」
「なるほど。確認を取ってみましょう」
「ああ、それに――」と仁尾さんは何か思い当たった様子で言った。「食堂で食事をしました。その時に、知り合いとちょっと話をしましたね」
「ほう。何時ごろですか?」
「食堂の夕食が六時からですので、六時頃だと思います」
工場では朝食、昼食、夕食、夜食の四度、食堂で食事の提供をしており、それぞれ八時、十二時、六時、十時から一時間少々、食堂が開いているそうだ。
「なるほど。百田さんとの関係について話してください」
「百田との関係? 職場の同僚です。それ以上でも、それ以下でもない関係ですね」
「プライベートでは?」
「彼とプライベートで仲が良かったやつなんていますかね」
「おや、随分、辛辣なご意見ですね。仕事では、彼に辛く当たっていたという話をお聞きしましたけど」
「何分、嘘のつけない性格なもので、きつく言い過ぎたことがあったかもしれません。でも、それは彼の為です。彼がしっかりしないと、その分、周りの負担が重くなってしまいます。給料分はしっかり働いてもらわないと。そうでしょう?」
彼の言う通りだ。こうして二代目のお供をして外出してばかりいると、職場の同僚から反感を買ってしまう。
「百田さんを恨んでいた人間に心当たりはありませんか?」
「さあ? 煮え切らないやつでしたけど、その代わり、人に恨まれるタイプではないと思います」
「遺体が巨大な桃に押し込められていたそうですけど」
「ああ、それで」と仁尾は大きく頷いた。
「それで?」
「僕が鬼で、あいつが桃太郎。オニの桃太郎退治だと言っていたから、僕が怪しいと思っているのですか? 迷惑だな~きっと、僕に罪を着せる為の罠ですよ」
「罠ですか?」
「そうに決まっています」と言うと、「そろそろ宜しいですか」と仁尾さんが立ち上がった。
二代目も椅子から立ち上がると、テーブルを回って仁尾さんのもとに歩いて行って、「また話を聞かせてください」と握手を求めた。
仁尾さんは苦笑いをしながら二代目の右手を握り返して言った。「出来れば、今回、一度切りだとありがたいのですけどね。すいませんね~嘘のつけない性格なものですから」
仁尾さんは部屋を出る時、僕らにきちんと一礼をして出て行った。