鬼の桃太郎退治①
駅からタクシーに乗った。
「タクシーなんて珍しいですね」と嫌味を言うと、「僕は時間を効率的に使いたいだけだ。タクシーの方が早ければタクシーを使うよ」と平然と答えた。
「途中、寄って行きたいところがある」と言って、遺体が見つかった春川の河川敷に寄った。
百田さんの死亡推定時刻は夕方、六時から九時までの間だった。
「この辺りは夜になると、ほとんど人通りがないよ」とタクシーの運転手が教えてくれた。
遺体が遺棄されていた春川の河川敷にある散歩道は、夜間、ほとんど人通りがない。川沿いの道路は三浦化学の専用道路のようになっていて、夜は極端に交通量が少なくなる。しかも、当日は日曜日の夜だ。従業員の大半は出勤して来ない。
工場は稼働しており、夜の九時に夜勤のシフトがスタートするそうだ。九時前に工場に出勤してくる社員がいたが、河川敷に巨大な桃を見たという証言は無かった。
暗い夜道のことだ。河川敷に街灯は無いし、夜道の運転に集中していたドライバーが河川敷にあった桃に気がつかなかったとしても不思議ではない。
二代目は入念に河川敷を見て回った。
利根川の支流とは言え、広々とした河川敷だった。
頭の上には雲一つない青空が広がっていた。都会の喧騒を離れ、河川敷で空を見上げると、心が青空に吸い込まれて行くようだった。
僕は河川敷をゆっくりと歩き回った。
やがて、「タマショー君。ちょっと、これ写真に撮っておいてくれないか」と二代目に声をかけられた。河川敷に黒い紙切れが落ちていた。
「何でしょう?」
「さあてね」
「証拠品でしょうか?」という質問には「ああ、そうだよ。遺体が放置されていた現場から離れているので、鑑識が見逃したのだろうね」と答えた。
(ゴミにしか見えないな)と思ったが、黙っていた。二代目の感、いや、予言は当たるのだ。
二代目は内ポケットから折り畳まれた紙袋を取り出すと、端をつまんで大事そうに中に入れた。もう、すっかり一人前の刑事のようだ。
三浦化学の神栖工場に着いた。
「遠路はるばるお越し頂き、誠にありがとうございます」と工場長の石井さんが迎えてくれた。工場長と言うので、でっぷりと太った中年男性を想像していたが、まだ若い。四十代だろう。痩身で色黒、眼鏡を掛け、短く髪を刈り上げている。歯並びが悪い。失礼だが、ゴボウを連想してしまった。
「社長から仰せつかっております」と馬鹿丁寧だが、「どうやら我々は歓迎されていないようだ」と二代目が耳打ちした。
まあ、そうだろう。
「こちらへ――」と会議室に案内されると、「ご依頼通り、百田君の関係者に待機してもらっています。一人ずつ、こちらへ呼びましょう」と言って、工場長は姿を消した。厄介ごとはとっとと済ませて仕事に戻りたかったのだろう。