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被害者は桃太郎②

 被害者は百田敏郎(ももたとしお)さん、三十三歳、三浦化学生産本部製造技術部に勤務するサラリーマンだ。百田さんには妻、麻子(あさこ)さんと四歳になる息子、梨央(りお)ちゃんがいる。

 死因は窒息死、紐状の凶器で首を絞められて殺害された。死後、遺体は桃の張り子の中に押し込められた。河川敷辺りは周囲と気温が少し違うようで、死亡推定時刻は幅を持たせて、前日夕方、六時から九時までの間、首を絞められた跡が残っていた。

 遺体が発見された河川敷に争った跡が見られなかったことから、犯人は何処か別の場所で百田さんを殺害し、わざわざ河川敷まで遺体を運んで来たようだ。そして、桃の張子に押し込めている。何故、そこまで張り子の桃に拘ったのだろうか。

「桃の中で殺されたはずはないので、犯行現場は別の場所だろう。身元を示すものは何も身に着けていなかった」

「どうやって身元が判明したのですか?」

「河川敷の周りは工業地帯になっていて、土手の遊歩道に沿って県道を少し行くと、三浦化学に突き当たる。県道は三浦化学の専用道路みたいになっているらしい」

 三浦化学は石油化学製品の製造を中心とする総合化学メーカーだ。二百名余の従業員を抱えている。うちのお得意様のひとつだ。

「捜査員が三浦化学を訪ね、守衛所で遺体の写真を見せて、写真の人物に心当たりがないか尋ねたところ、直ぐに反応があった。守衛は製造技術部に勤務している百田さんだと思うと答えた。百田さんは会社に出社しておらず、無断欠勤となっていた。奥さんに連絡を取ったところ、昨晩、家を出たきり、戻ってこない。会社にいるはずだという答えだったそうだ」

 妙に詳しい。「新庄さんですね?」と聞くと、「うふふ」と二代目が笑った。

 新庄瑛人さんは警視庁刑事部捜査一課の刑事だ。二代目の友人でもある。二代目はエスカレーター式の有名私立に通っていた為、幼稚園や小学校から一緒だという友人が多い。新庄さんもその一人だ。

 大学を出て警察官となり、若くして一課の刑事となった。二代目曰く、父親が警察の上層部にいて、そのコネで一課に配属されたと言うことだ。

 頭の回転が速く、抜け目がない人だ。頭の良さを鼻にかけるところがあり、どこか軽薄な印象を人に与える。面長で色黒、通った鼻筋に切れ長の大きな目のクールなイケメンだ。惜しむらくは背が低い。これですらっとした長身だったら、アイドルグループの真ん中で歌って踊っていそうな人だ。

 二代目の能力のことを知っており、ちょくちょく事件のことを相談している。二代目の力で事件が解決すると、全て自分の手柄にしてしまっているようだ。二代目はまるで気にしていない様子で、「なあに、貸しだと思っていれば良いのさ」と言う。

 仕事より事件捜査の方が性に合っているようで、新庄さんから相談があるのを嬉々として待っているように見える。その辺、現社長であるお父様も知っており、「仕事に身が入っていない」と頭を抱えていると聞いた。

「無論、細かいことはハチから聞いた。日頃の貸しを返してもらっただけだよ」と二代目はうそぶいた。

 二代目は新庄さんのことをハチと呼ぶ。学生時代からのあだ名だそうだ。瑛人いう名前なのでハチなのだ。「岡っ引きのハチ」だの、「忠犬ハチ」だの言いたい放題なので、新庄さんはハチと呼ばれることを嫌がっている。

「奥さんに確認してもらって、遺体が百田さんであることが確認された。奥さんの証言によれば、百田さんは日曜日の夕方、会社から電話をもらい、『急ぎの仕事が出来た。会社に行ってくる』と言って家を出ている。『会社の食堂で食べるから、夕食はいらない』と言われたので、奥さんは帰宅が遅くなりそうだと思ったそうだ」

「日曜なのに会社に行ったのですか?」

「工場だとシフトがあるからね。日曜日だからって工場は止めない。まあ、百田さんは管理スタッフだったそうなので、土日は休みだったみたいだ」

「それでも日曜出勤だったのですね」

「働き者だったのだろう。奥さんも、たまにあったと言っていたらしいよ」

「へえ~」僕は、土日は休みたいタイプだ。

「百田さんが通勤で使っているファミリーカーがアパートの駐車場から消えていた。車に乗って出かけたようだが、車が見つかっていない」

「どういうことでしょう?」

「それを解明して欲しいと言うのが三浦社長の希望だ」

「三浦化学さんは、うちのお得意先ですものね」

「親父のもとに、事件のせいで会社がガタガタして落ち着かないので、一刻も早く、犯人を見つけて事件を解決してもらいたいと連絡があった。お陰で今回は大手を振って、事件捜査に乗り出すことが出来る。ははは」

 二代目が高らかに笑った。どうやら二代目の道楽がその筋では広まっているようだ。きっと、お父上が会う人、会う人に愚痴っているのだろう。「全く、うちの息子は、仕事はそっちのけで犯罪捜査に血道を上げて困っています」と愚痴る社長の姿が目に浮かぶようだ。

「ところで、二代目」上司の上司のそのまた上司だし、日頃、二代目には頭が上がらないが、歴史にはちょっと詳しい。マウントを取るチャンスだ。「桃太郎伝説は桃太郎が悪い鬼を退治したという勧善懲悪の物語ですけど、時の権力者であった大和朝廷と大和朝廷が滅ぼした地方政権との争いが物語のもとになっていると言われているのを知っていますか?」

「そうなのかい」

「攻め滅ぼされた側から見れば、桃太郎は突如やって来た侵略者にしか見えなかったことでしょう。古代には現在の岡山県全域を中心に広島県、香川県、兵庫県にまで跨る広大な吉備国を支配する温羅と言う豪族が居たといわれています。大和朝廷は温羅を攻め滅ぼし、滅ぼされた温羅は鬼になった。その故事が『桃太郎』の原形になったそうです」

「歴史は勝者によってつくられるって訳だ」

「物語に桃が出てくるのは中国の西母王の伝説に由来しているという説があります。西母王は崑崙山に住む女仙人で、不老長寿を願う漢の武帝に桃を与えたと言われています。古代、桃は邪気を祓い、不老不死の力を与える霊薬と考えられていました。桃の中から子供が生まれるという話は、中国の不老長寿の伝説から来ているのだと思いますよ」

「タマショー君、桃太郎に詳しいね」

「お爺ちゃん子ですから。温故知新、歴史を学べば、生き方の参考になります」

「良い心がけだ。精進したまえ」

 二代目に褒められた。

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