被害者は桃太郎①
「タマショー君。ちょっと付き合ってくれないか」
役員室に呼びつけられた僕は、二代目から直々にそう言われた。
二代目こと恵美常勝は総合商社イー・エム・アイ・コーポレーションの取締役兼営業本部長だ。イー・エム・アイ・コーポレーションは大手とは言えないが中堅どころの商社だ。二代目は創業者、恵美忠勝の一人息子で次期社長候補でもある。
アラサー、小柄で目鼻の小さな平凡で目立たない顔立ちをしているが、どこか品が良く、育ちの良さを感じさせる。若くして役員に昇進したことに引け目を感じているのか、周囲に「二代目」と呼ばれて喜んでいる。一種の自虐だ。
二代目が言うには、恵美常勝という名前も気に入らないそうだ。「何だか、堅苦しくて、歴史の教科書に出て来そうな名前だろう」と言う。
実際、恵美押勝という歴史上の人物がいる。奈良時代の政治家で、藤原仲麻呂というのが元の名前だ。橘奈良麻呂の変を未然に鎮圧するなどの功があり、時の孝謙天皇に愛され、「そなたを見ると笑ましく思わす」と恵美押勝という名前を与えられた。後にその孝謙天皇に疎まれ、今度は恵美押勝自身が反乱を起こし、鎮圧されている。
ネットで調べた情報だ。
「うちの恵美は江美の字が転じたものさ。ご先祖様は、よほど美しい入り江に住んでいたらしい。恵美押勝とは縁もゆかりも無い。それなのに、父は忠勝という名前をつけられたものだから、僕にまで常勝なんて名前をつけて、恵美押勝の子孫のような顔をしている。大体、常に勝つだなんて重たいんだよ」二代目はそう愚痴る。
僕、多摩翔は営業第一部所属の二代目の部下の一人だ。二代目が外出する時は何時もお付きに選ばれる。秘書のような存在だ。いや、金魚の糞みたいなものだ。自分の何処が気に入られているのかよく分からない。二代目に言わせると、「僕がボケた時にすかさず突っ込んでくれるのが気持ち良い」とのことだ。
そう言われた時も「僕は漫才の相方ですか⁉」と突っ込んでしまった。
「どちらまでお供をすれば良いんですか?」
「鬼が島までだよ。褒美にきびだんごをあげるから」と二代目は真面目な顔で言う。
「鬼が島って何処にあるのですか?」
「はは。タマショー君、君は素直だねえ~冗談だよ」
からかわれたようだ。「止めてくださいよ。タマショーって呼ぶの」
名前が多摩翔なので、二代目は僕のことをフルネームで呼ぶ。タマショーだと何かの略語に聞こえてしまう。
「二代目、僕の名前を呼ぶときは、多摩で一回、切るか、多摩か翔だけにして下さい。フルネームで呼ばれると多摩川商事とか、玉川商業の略みたいに聞こえてしまいます」と文句を言うと「いやあ、君、上手いこと言うね~」と感心するだけで、「タマショー」と呼ぶのを止める気配はない。
こうなれば持久戦だ。
「三浦化学の神栖工場に行くから、一緒に来て欲しい」と二代目は言う。
「三浦化学の神栖工場? 確か・・・茨城でしたっけ?」
「ああ、そうだ。三浦社長から立ってのお願いがあってね。今回は親父のお墨付きだ」
「その言い方だと、何か事件ですね」
「おや? 良い感してるね。ほほう~昨晩、バッティングセンターに行って、愛しのマドンナに会えたみたいだね。それで今日は張り切っていると」
「・・・」何故、昨晩、バッティングセンターに行ったことを知っているのかと問いただしたりはしない。
二代目には不思議な能力があるのだ。
「僕には理力があるのさ」と二代目は言う。
「理力って何ですか?」と聞くと、「う~ん・・・何だろう? どう言えば良いのかな。超能力・・・じゃないよ。そんな胡散臭い代物じゃない。悪いことを予感する能力――とでも言っておこうか」と答える。
「ハリウッドの有名なSF映画で、フォースって出てきますけど、あれですか? 人の心を操ったり、物を動かしたりする、宇宙の生命を繋ぐエネルギーみたいなものですか? そうそう、日本であの映画が公開された時、フォースは理力って翻訳されていたそうですよ」
「だから、そんな胡散臭い代物じゃないよ。はは。冗談、冗談。変な力じゃない。相手を観察していると自然と見えてくるんだ」
「へえ~あっ、分かりました。微表情ってやつですね。視線が斜め上を向いたら考え事をしているとか。昔、ドラマで見たことがあります」
「タマショー君。君、映画やドラマに詳しいねえ~」
「理力と共にあらんことを――なんちゃって」
なんて会話をした記憶がある。
理力を使って、僕が最近、仕事終わりにバッティングセンターに通っていること。そこにお目当ての美女がたまに現れることを知ったのだ。
「詳しいことは道々、説明してあげるよ」と僕らは会社を出た。
仮にも会社幹部だ。茨城までタクシーを飛ばす金くらいあるだろうに、二代目は電車に乗りたがる。移動は常に鉄道だ。車で移動すると渋滞に巻き込まれたりして、時間がもったいないというのが二代目の言い分だが、他に何か理由がありそうだ。
車内で二代目が事件の概要を説明してくれた。
「河川敷に巨大な桃があった」
「桃太郎ですか⁉」
二代目は「おっ! 素早い突っ込みだね~何、桃と言っても張り子だよ。桃の張りぼて」と嬉しそうに言ってから説明を続けた。