決定的な証拠②
「例の黒い紙切れはどうなった?」
河川敷で二代目が見つけたものだ。
「ああ、あれか。あれは助かった――ようだ。あれから鑑識が調べ直して、他にもいくつか黒い紙の断片を発見している」
「何だったんだ?」
「クラフトパルプを原料とした紙を黒色に染色したものだそうだ。黒い色のトイレットペーパーだと言うことだった」
「黒い色のトイレットペーパー? そんなものがあるのか・・・なるほどね」
「何がなるほどなんだ?」
「黒い色のトイレットペーパーで桃の張子を覆っておいたのだな。あんなものが河川敷にあると目立って仕方ない。まだ陽があっただろうしな。遺体を押し込む前に、桃の張子が発見されてしまっては元も子もない。桃の張子を黒いトイレットペーパーで覆って、草むらに隠しておいたのだろう」
「ああ、その通りさ。でも、別に黒のトイレットペーパーでなくても、黒いものなら何でも良かったんじゃないかな?」
「まあね。だけど、トイレットペーパーだ。水に流せばどうなる?」
「溶けてなくなる――か。川に流して、証拠隠滅を図ったという訳だ」
「恐らく。だが、トイレットペーパーは破れやすい。桃の張子から剥がす時に、切れ端が河川敷に残ってしまったのだ。あの辺りは夜になると漆黒の闇だ。下手に黒色にしたものだから、切れ端が残っていることに気がつかなかった。自業自得だ。黒いトイレットペーパーは珍しいものなのか?」
黒色のトイレットペーパーなんて、何だか使いたくない。
「輸入物で、関東地区では都内に本店を構える輸入雑貨商『株式会社ケント』が販売したものであることが分かった。商品はインターネットのみで販売されており、ケントに販売記録を提出してもらったところ、購入者名簿の中に見覚えのある名前があった」
「仁尾聡、そうだな」
「事件から一週間程前、仁尾がインターネットで黒いトイレットペーパーを購入していた。だが、ネットで黒いトイレットペーパーを購入したと言うだけでは、犯人であることを証明する証拠にはならない」
「まあ、そうだ。さて、他にいくつか質問がある」と二代目が言うと、「良いだろう。何でも聞いてくれ」と新庄さんが鷹揚に頷いた。
「先ず分からないのは、仁尾がどうやって桃の張り子の存在を知ったのかということだ。彼に小さな子供がいて、須田新町幼稚園に通っているのだと思ったが、違うかい?」
「ああ。仁尾はアパートで独り暮らしをしているが、既婚者で子供がいる。どうやら離婚協議中のようだ。仁尾自身は隣町の出身だが、奥さんの実家が神栖にあって、奥さんと子供は実家にいる。やつの子、大将君という男の子が須田新町幼稚園に通っている。子供の遊戯会を見に行ったのだろう。桃の張子の存在を知っていた訳だ。最も、やつは子供に会えたのが嬉しくて舞台なんてちゃんと見ていなかった。張り子の桃なんて知らないと答えていた。だけどな、百田さんのお子さん、梨央君も須田新町幼稚園に通っている。昨秋の遊戯会に出席していて、百田さんはその様子を撮影した動画を携帯に保存して持ち歩いていた。
同僚の証言によると、『去年の忘年会で、百田さんに動画を見せてもらいました。桃太郎の寸劇で、桃の張子が使われていました。忘年会ですから、部員、全員が百田さんの動画を見たんじゃないですか?』と言うことだった。桃の張り子のことは、大勢、知っていた訳だ」
「ふうむ。車からは何か出たかい?」
「百田さんの車のことだな。工場近くのアパートの無断駐車してあったやつだな。住人から管理人へ駐車場に無断駐車してある車があるという連絡があって、警察に通報しようかどうか、迷っていたところだったそうだ」吉川さんのアパートに駐車してあった車のことだ。二代目が百田さんの車だと言い当てたやつだ。「見つかったものと言えば、百田さんの携帯電話くらいだ。携帯電話に遊戯会の動画が保存してあった。桃の張り子がばっちり映っていたよ。犯人は細心の注意を払ったのだろう。ハンドルから指紋も出なかった。ハンドルから指紋が無いのは返って不自然だ。やつが運転した証拠だろう。
アパートの住人の一人、吉川さんは百田さんとトラブルを抱えていた。捜査を攪乱する為に車を彼のアパートの駐車場に停めておいたのだろう。最も、吉川さんが犯人なら、わざわざ自分のアパートの駐車場に車を停めたりしないだろうけどね。」
「まあ、裏をかいて――ということも考えられる」
「わざと自分の駐車場にガイシャの車を停めておいてか? わざわざ警察の注意を引くことはないだろう」
「まあ、そうだ。あわよくば吉川さんに疑いの目が向いてくれればと考えたのだろう。だが、二人がトラブルを抱えていたことを知っていたと自白しているようなものだ。百田さんに親しい者の犯行だということが丸わかりだ。自転車はどうだ?」
百田さんのアパートの駐輪場にあった自転車のことだ。これも二代目は一目見て、犯行に使用された盗難自転車であることを見抜いた。
「こちらは証拠が出たぞ。鑑識で調べたところ、ハンドルやサドルの部分は指紋が綺麗に拭き取られていたが、野郎、油断したようだ。荷台部分から指紋を採取することが出来た。恐らく、駐輪時にスタンドを掛けようと荷台を掴んで、自転車を持ち上げたのだ。そして、荷台を拭き忘れた。早速、指紋の照合が行われた」
「結果は勿論・・・」
「仁尾聡の指紋と一致した。だがな、盗難自転車から、やつの指紋が出たからといって、それはやつが自転車泥棒であることを証明しているに過ぎない。もっと決定的な証拠が欲しかった。それをお前に見つけてもらいたかったのだけどな」新庄さんが厭味ったらしく言う。
「厭味はいいから、教えてくれ。その口調だと決定的な証拠が見つかったということだろう」
僕も同感だった。
「はは。良いだろう。工場の正門に防犯カメラが設置してあって、街灯がある。防犯カメラの映像にはわずかだが工場前の道路の様子が映っていた。工場に侵入してくる車の背後、映像の一番上の部分に、かろうじて道路が映っていた訳だ。それを確認してみたところ、十八時十一分に工場前の道路を自転車に乗って走り去る人物が映っていた。一瞬だったが、自転車に乗った男が防犯カメラの視角を横切る姿が、はっきりと映っていたのだ」
「ほほう~そこまでは分からなかった」
「そして、二十時十八分には、今度は徒歩で工場前の道を歩く男の姿が映っていた。画像を拡大、鮮明化したところ、そこに映っていたのは、紛れもなく、仁尾聡だった。どうやら、やつは正門の防犯カメラに工場前の道路が映っていることを知らなったらしい」
「なるほどね。犯人が知らないことは、僕にも分からない」と二代目が変なことを言った。
「防犯カメラの映像を見せられた仁尾は、言い逃れが出来ないと観念したようで、百田殺害を認めた。まあ、そう落ち込むな。お前の情報はやつを追い詰めるのに役立った。安達さんも、お前によろしく伝えてくれと言っていた」
「そうか。安達さんは、僕みたいな、どこの馬の骨とも分からないやつの話を真剣に聞いてくれた。刑事には珍しい人だったな」
へえ~と思った。鹿嶋署で時間がかかっていたのは、刑事さんが真摯に二代目の話に耳を傾けていたからのようだ。
新庄さんは悪びれもせずに言った。「一般市民からの情報提供は何時でもウェルカムだ。まあ、でも俺だったら、お前のようなうさん臭いやつが来たら、適当にあしらって追い返すだろうけどな。安達さんは出来た人だ」
「君が人を誉めるなんて珍しい」
「ふん!」と新庄さんが鼻を鳴らした。
「さて、もうひとつ大事な問題がある。動機だ。何故、仁尾聡は百田さんを殺害したんだ? 仕事の呑み込みが遅いからと言って殺した訳ではないだろう?」
「長い話になるぞ」と言って、新庄さんは仁尾の供述内容を教えてくれた。
須田新町幼稚園で二代目は言った。「ここじゃない」と。その答えは仁尾の幼少期にあった。二代目は仁尾の子供の頃の景色を見ていたのかもしれない。




