決定的な証拠①
――桃太郎殺人事件。
世間でそう呼ばれて事件について、テレビのニュースで、百田敏夫さん殺害の犯人として仁尾聡が逮捕されたことが報じられた。
二代目の言った通りになった。
殺害方法や動機、特に遺体を桃の張り子に押し込めた理由について、詳しく報じられなかった。遺体犯人逮捕を受け、事件は人々の脳裏から急速に消えてゆくに違いない。事件に興味を持った週刊誌でもあれば、犯人、仁尾の動機など報じられることがあるかもしれなかった。
あれから二代目も詳しいことは何も語らなかった。帰りの電車の中で、何を聞いても「動機が分からないんだ」としか答えなかった。
「考えても無駄なんだけどね」と言いながらも、ずっと考え込んでいた。
仮にも役員と平社員だ。普段はそう簡単に会えない。事件のことは、そのまま忘却の彼方に追いやられようとしていた。
日々の業務に忙殺されていたある日、役員室に呼ばれた。
勿論、二代目以外、僕を呼ぶ役員などいない。二代目のオフィスはフロアの角を四角く区切って作られたもので、壁二面が窓になっている。
機能的なデスクが片側の窓際に置かれ、テーブルを囲んでソファーが置かれている。オフィスに顔を出すと、新庄さんがいた。
「よう。シモベ君」新庄さんが手を上げた。
新庄さんは僕のことをシモベ君と呼ぶ。二代目の下部という意味だろう。余計なお世話だ。下部とは雑役を勤めた下級の役人のことを言うらしい。まあ、今の僕は二代目の秘書状態だ。あながち間違いではない。
「どうも」と頭を下げる。相変わらず嫌味な爽やかさだ。
「報告に来てやったよ。こいつが、どうしてもシモベ君を呼べと言うので、待っていた」
「暇つぶしだよ。恩着せがましくやって来た訳だ」と二代目。
「ひどいことを言うなあ~心外だ。こちとら、お前に報告する義務はないのに、わざわざ足を運んでやって、結果を知らせてやろうと言うのに。しかも、捜査機密だぞ。それもこれも捜査協力に対するお礼だ。もう少し、ありがたがってもらいたものだ」
「そういうことにしておこう、ハチ。じゃあ、結果を教えてくれ――」
ハチと呼ばれた新庄さんは「止めろ!ハチと呼ぶな」と一言、愚痴ってから、「ここでもう一度、安達さんに報告した内容を話してくれ。不明だった点は俺の方から補足しよう」と言った。
あの日、日帰りの調査を終えてから、二代目は鹿嶋署に向かった。そこで、刑事と会ったようだが、「君は車で待っていれくれ」と言われ、松本さんと世間話をしながら、二代目が戻って来るのを待っていた。だから、僕は二代目が鹿嶋署でどういう話をしたのか知らなかった。鹿嶋署で会った刑事が安達さんなのだろう。
「なんだ。随分、居丈高だな~まあ、良い。じゃあ、説明しょう」
捜査状況を知りたいのだ。二代目が素直に従った。
「仁尾のあの日の行動は分かっている。彼は車で工場に向かった。仕事があったなんて嘘だ。アリバイを作る為だ。車には須田新町幼稚園の倉庫から奪った桃を積んであった。河川敷で車を停めると、叢に桃の張り子を隠しておいた。張り子だ。半分にして重ねると、場所を取らないと園長先生も言っていた」
百田さんを殺害する準備をしてから工場に向かったのだ。
「もうひとつ、仁尾が事前に準備しておいたものがある。自転車だ。何処からか盗んで来た自転車を塀の近くに隠しておいた。準備を済ませて会社に行くと、百田さんに電話をした。仕事が出来た。休日出勤する。お前も来い。生憎、車が故障してしまった。三十分したら、お前のアパートに着くから、車に乗せて行ってくれとでもね」
「驚いたな。台詞まで仁尾の供述と同じだな。まるで見て来たみたいだ。バッテリーが上がってしまったので、車に乗せて行ってくれと頼んだらしい」
「百田さんが仁尾に言われて会社に行くことを家族に話すと、後々、面倒だ。俺に言われて出社するなんて、奥さんに言うんじゃないぞと釘を差しておくのも忘れなかった」
「ああ、その通りだ。相変わらず、気持ち悪いやつだ。ちなみに、やつは最初、会社から電話をかけたことは認めたが、製品の検査データの保管場所が分からなくて、彼に尋ねただけだと供述していた。そこまでは知らなかっただろう?」
二代目は新庄さんの言葉を聞き流して、「後は簡単だ。電話が終わると、食堂でアリバイ作りだ。大体、工場の食堂なんて、食事の提供時間になると、職員がどっと押し寄せる。時間丁度に行けば、誰かと鉢合わせるだろう。そこで、自分の存在を印象付ける。それが終わると、さっさと食事を済ませて、工場の塀を超え、隠してあった自転車で百田さんのアパートに向かった。彼がアパートに着いた時、丁度、百田さんが出て来た」と続けた。
「まるで見て来たようだな」
「ある意味見たんだけどな」と二代目は気色の悪いことを言う。「盗難自転車もそうだが、事前に時間をかけて計画を練り上げてある。ホームセンターでロープを買って、丁度良い長さに切って、両端を持ちやすく輪にしておいた。更に、ロープが滑らないように皮手袋をはめていた。車に乗ると、仁尾は直ぐに百田さんに襲い掛かった。体格の劣る百田さんはひとたまりもなかっただろう。遺体をトランクに詰めると、河川敷に向かった。そこに隠してあった張り子の桃を組み立て、遺体を押し込んだ。後は近くのアパートに車を停めて、徒歩で工場に向かい、また塀を乗り越えて職場に戻った」
「ロープと皮手袋はどうした? まだ見つかっていない」
「アパートから工場に向かう間に、春川に捨てたのさ。残念ながら残っていないだろう。海に流されてしまった」
何故、分かるのだろう?
「そうか残念だな」