越してきた男
中央の偉い役人さんに連れてこられた男の人は、訳ありらしい。毎日家の中にこもってるし、その家の中からはギャピー、とかグギャーとか聞こえてくる。一体何をやっているんだろう。
朝、井戸の水で顔を洗っていると、眠そうな顔をした男がやってきた。件の訳ありだ。目を擦りながら井戸の水で顔を洗う。
「おはようございます」
挨拶しないのも変か、と声を掛けると男は驚いたように私を見た。もしかして気づいていなかったのか。
男は何か言おうと口を開いたようだが、結局曖昧に笑って去って行った。首を傾げるしかない。
「ねえ、母さん。あの越してきた人全然喋んないよ? 挨拶したのに」
「あー、あの人ねえ、何か遠いところから来たらしくて、言葉がまだうまくないんだって。だからだろうね。役人が来て、言葉は練習してるらしいから、そのうち話してくれるかもよ」
家に帰って聞いてみたら少しだけ男のことがわかった。もしかして家から出てこないのも言葉が堪能でないからなのか。だったら色々生活が大変じゃないのかな。
そう考えだしたら手を貸してやるべきが先住者の責務じゃないかと思ってきた。
「ねえ、母さん。私お手伝いに行っても来てもいいかな」
母は呆れたような顔をした。けれど勝手にすれば、と手を振った。
そうと決まれば動くしかない。私は帰ったばかりの家を飛び出した。
「おはようございます!」
パーン、と玄関の布を捲ると、訳あり男は腕に赤ん坊を抱えていた。何故かグギャ、と声がする。そして真っ青になる男の顔。
『他人の家だぞ、おい』
「何かお手伝いしましょうか? こう見えて料理は得意ですよ?」
『待て待て待て!』
慌てる男の腕から赤ん坊が飛び出す。私の方に飛び跳ねた子をぎゅっと抱きしめる。おや、予想外に硬い感触だ。腕の中に視線を移す。
「え、ええー!」
『あー……』
腕の中には鱗に覆われ、尻尾を元気に振る子竜。あちゃー、と頭を抱える訳あり男。
「嘘でしょ!」
そして叫ぶ私。
他人の家に勝手に入るものではない、と私は身をもって学んだ。