数十年来の友に
落ちる予定は当然なかったし、まさかその先で友情を育むことになるとも思わなかった。
シエルからテンニーンに落ちた。此処は伝説の竜の世界。僕は目の前でポカーンと口を開けている小さな竜に対峙することになった。
事の起こりは大雨が過ぎた後の日に、様子を見に川へ行ったことからだ。水量が増えていたが、畑にまでは流れていないようでホッとしていた。川には大雨のせいで色々なところから物が流れてきていた。そこで布地を見つけて取ろうと近寄り、足を滑らせた。水を飲んで、呻いた時には川に流され、何処かへポイッと吐き出された。
そして目覚めたら、小さな竜が目の前にいた。
「え? ええ!」
慌てる僕に小さな竜も驚き誰かを呼んだ。すると今度は大きな竜がやってきて、僕に呻いた。何か話しかけられているのはわかったが、まったく意思疎通が出来ない。
『……儂の言葉はわかるか?』
「お、おおお! わ、わかる!」
今度はきちんと理解できた。ある程度の年を経ていないと言葉がわからないのかもしれない。大きな竜がいうには、きちんとシエルへ僕を返してくれるらしい。ただ役人が来て、手続きを終えるまで少しかかる。なので、窮屈かもしれないが、この親子の竜(母と息子だった)が世話をしてくれるという。有難い話だし、丁寧に教えてくれたことで親子への信頼は鰻上りだ。
さて、待たされる間、何をしていたかというと、僕は少年竜とひたすら遊んでいた。落ちたこの場所は山岳地帯にある洞窟で、彼らがねぐらにしている。体力的に人は竜に及ばないながら、僕に興味津々の子竜にあっちこっちと引っ張られ、終いには互いの名前を覚えるくらいまで仲良くなった。
人の言葉を理解しない子竜は別れの時には泣きじゃくり、母竜に宥められていた。
『もしこの子が大きくなって、シエルへ赴くことがあれば、頼みます』
シエルへ竜が来るとすれば、僕のように落ちるか、或いは役人になるかだ。きっといつかの約束で子を慰められているのだ。僕は気軽に了解し、また、と別れた。
それから数十年、外交官となった、かつての小さな竜と再会することになる。