薬作りを禁じられた伯爵令嬢が騎士団長に救われて恋に落ちるまで~薬作りをやめたらわたくし死んでしまいます~
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「結婚を承諾しないなら、薬作りを禁ずる! 部屋で謹慎していなさい、レイシア」
「そんな、お父様。わたくしから薬作りを取り上げるなんて……」
「だまりなさい! これ以上、何も言わせるな。私とて、可愛いお前がこのまま普通の貴族令嬢として生きていけないのではないかと心配なのだ。あちらもうちのような小さな領地でも婿入りしてくださると言われているのだから、よく考えなさい」
しょんぼりと肩を落とすお父様の後ろ姿を見ると、それ以上わたくしは何も言えるわけがありません。早くにお母様を亡くし、お父様とはふたりで頑張ってまいりましたから……けれどお父様、わたくしは薬を作り続けないといけないと何度も申し上げてきているというのに、どうして許してくださらないの?
自室の机の上に並んだ、様々な薬用の小瓶を眺めてわたくしはため息をつきました。
わたくしの身体は完全ではありません。身体の弱いお母様の血を受け継いでしまい、薬がなければ寿命が早く尽きてしまうくらいには。
わたくしは自力で薬学を勉強して自らの体を実験台にしながら最適な調合を見つけ出し、今の健康な体を手に入れました。藁をも掴む思いで裏庭の一角に植えた東洋から取り寄せた薬草が身体に合ったのです。
人並みに動けるようになった今では、わたくしのような病で苦しむ人を助けたいという志で薬を研究しているのです。それなのに、薬の話をしようとすると嫌な顔しかしないお父様は、わたくしの話には聞く耳を持ってくださいません。
お母様を死に至らしめたのは、当時では効く薬がなかったことが原因だったことくらい、今のわたくしなら理解が出来ます。だからといって薬師や薬に嫌悪感を抱くのは間違っていると思うのです。
とはいえ、わたくしがお父様に逆らうなど許されるわけがありませんもの。
けれど、わたくし自身に使う薬も作れず、夢も潰されては生きている意味を見出せませんわ。
お父様はお忘れなのですね。わたくしが小さな頃によく病に侵されていたことを……。
まだ流通していない、わたくしが創り出した特別な調合のお薬を服薬し続けなければ、お母様のように寿命が早く尽きてしまうことを言えないわたくしが悪いのでしょうけれど、お父様に伝えたら……きっとわたくしをお母様のように屋敷に閉じ込めて、外に出さなくなってしまいます。
一応は机の上に置かれた相手方の釣書に目を通してはみましたが、あちらは子爵の三男で御年三十歳を越えられているとか。確かに見目は良いのかもしれませんが、良い噂を聞いたことがございません。恋も知らないわたくしにひと回り以上も年齢が上の方……しかも遊び人との結婚は少々難易度が高いのです。
外を見ると、山裾に陽が傾き始めているところでした。このまま好きなことも奪われ、意にそぐわぬ結婚をすることになると思うと、衝動的に何もかもが嫌になったわたくしは、お父様からいいつけられた謹慎を無かったことにし、ふらふらと裏庭から続く森へ足を踏み入れました。
脳裏には「もう死んでもいい」という文字が刻まれていて、今まで生きることに執着していたことも忘れ、その瞬間は本当にこの身に何が起きても構わなかったのです。
屋敷近くの小川のほとりで、オレンジ色に輝く水面を見ていた時でした。
「危ない! 何をしている!」
力強く手を引かれて驚きましたの。わたくし、少々身を乗り出しすぎていたようです。
「こんな時間に、年端もいかぬ娘が何をしている。死ぬ気か?」
手を引かれた勢いで、その声の主の腕の中にすっぽり収まってしまったわたくしは、恐る恐る顔を上げて驚きました。
短く綺麗に切りそろえられた黒曜石のような黒髪と、アンバーのように輝く金の瞳、きりりと少し吊り上がった眉に少し薄い唇……神の使いのような美しい顔が目の前にあったのです。
あまりの美しさに、慌ててわたくしはその手を離れようとしたのですが、髪がその方の胸のボタンに絡まってしまいました。
「あっ、痛い!」
引きつられた頭皮がこんなに痛むものだと思わなかったので、わたくしは思わず声を上げました。
「はっ、失礼しました。髪が絡まったのですね。しばらくおまちください」
先程の荒々しい言葉遣いではなく、急に丁寧な言葉遣いに改めたその方は、絡まった髪をゆっくり丁寧にほどき、その場に跪いて謝罪をされたのです。
「先ほどはご無礼を致しまして大変申し訳ございません。どこかのご令嬢とお見受けいたしますが、このような場所で何をされていたかお伺いしてもよろしいでしょうか」
「わたくしはレイシア・バークシャークですわ。貴方の謝罪を受け入れます。ところで貴方は――」
「バークシャーク伯爵令嬢でしたか」
その方は、暫く困ったように顔を曇らせたあと、わたくしを見て微笑みました。その顔はとても美しくて心を射抜かれてしまったことは、秘密にしなければならないのでしょう。頬に血が上りましたが、夕焼けが上手く隠してくれたので少しほっとしました。
「俺はレオナード・シーシャックです。この国の騎士をしております。失礼ながら、ご令嬢は川に飛び込もうとされているように見えましたが……?」
「! 騎士様でしたか。わたくしは、好きなことを奪われ望まぬ結婚を強いられそうになり、どうでも良くなってここに辿り着きました。無意識に飛び込もうとしていたのかもしれません。助けてくださってありがとうございます」
「望まぬ結婚……ですか。しかしながら、貴族は家同士の婚姻です。皆が恋愛結婚というわけには……」
そう言ったレオナード様の顔に、また影が差したように見えたのは気のせいでしょうか。
「! ご令嬢!」
私の顔を見て慌てたレオナード様は、胸からハンカチを取り出してわたくしの頬にあてがいました。
知らず知らず、わたくしの目からは大きな涙の粒が流れ落ちていました。貴族は家同士の婚姻という言葉がレオナード様の口から言われた事がショックだったのです。
はじめてお会いしたのに、このような感情があふれ出てしまうわたくしはおかしいのでしょうか。
レオナード様は涙を流すわたくしを優しく抱き上げると岸で待っていた馬に乗り、家までこっそりと送り届けてくださいました。
去り際に、少しでもわたくしを覚えていて欲しいと思い、ハンカチのお礼にと自作の回復薬が入った小瓶を無理やり手渡してしまいましたが、ご迷惑ではなかったでしょうか。
やさしく抱かれて触れた部分から伝わってくるぬくもりと、あれこれ何も聞かないようにしてくださる心遣い、そして無地のハンカチから香るレオナード様の臭い。たった数十分の出来事でしたが、わたくしは否定できないほどレオナード様に心を奪われてしまったのです。
五日後、わたくしはお父様に呼ばれました。とうとう決断を迫られるのだろうと覚悟を決め、胸の中にレオナード様からいただいたハンカチを忍ばせ、勇気を振り絞りお父様に返事を致しました。
「お父様。やはりわたくしは薬作りをやめたくありませんし、ひと回り以上も年上の方とは結婚もしたくありません。無理強いをするなら、わたくし……わたくし……」
おかしなことに、日が経つにつれレオナード様がより鮮明にわたくしの心を占拠しはじめたのです。呼吸や脈の乱れもあり、胸が苦しくてどうしようもありません。こんなおかしなことは今まで一度も経験したことがありませんでした。
様々な薬を試しましたが、効果を発揮する物を見つけることはできず途方に暮れ、こんなおかしな私は消えた方が良いのだと隠していたナイフを自身の胸に突き立て、生まれて初めてお父様に反抗しました。
「待ちなさい、レイシア」
「いいえ、いいえ! わたくしは結婚など致しません。薬が作れないならもうここで儚くなります! それが運命なのです」
目を瞑り高くナイフを掲げたところで、誰かに腕を掴まれました。
「本当に、令嬢は無茶ばかりする」
聞き覚えのある声に恐る恐る目を開けると、私の腕を掴んでいるのは紛れもなくレオナード様……
「う、嘘……」
「嘘ではありません」
そう言って、すっかり力の抜けたわたくしの手からナイフを取り上げると、レオナード様は跪いて手の甲にキスを落とし、顔を見上げて満面の笑みを浮かべました。
「シーシャック家四男のレオナードと申します。レイシア令嬢、俺と結婚していただけますか?」
「へ……?」
困惑してお父様の顔を見ると、お父様も困惑している様子でしたが説明をしてくださいました。
「レイシア、よく聞きなさい。あちらの子爵家より婿候補を三男から四男に替えたいとお申し出があった。年齢もレイシアと近いうえに、どうやらお前を気に入ったとのことでな。お前の趣味の薬作りについても気にならないそうだ。どうだろうか」
「レ、レオナード様……」
「元々、俺に打診があった申し出だったのですが、騎士団長を拝命したばかりで結婚する気などなかったため、兄に譲りました。しかし、ご令嬢と出会い考えが変わりました」
立ち上がったレオナード様はご自身の胸を押さえてこう言われたのです。
「あの時、ご令嬢の髪が俺の胸に絡みついたまま離れません。どうか、結婚を考えては頂けないでしょうか」
「は、はいぃぃぃ」
その場にへたりこみ、また大粒の涙を流してしまったわたくしの頬にあの時のようにハンカチをあてがってくれたレオナード様は、やさしく頭にぽんぽんと二度触れて慰めてくださいました。
お父様もその様子を見てほっとなされたようです。
あとから聞きましたが、本当はお父様もそんな年が離れた遊び人と呼ばれるような人物を家には入れたくなかったそうです。
しかし、我が家門は別段優れたところもなく、社交界に出て来ず薬ばかり作る変人と噂されているわたくしの縁談に快い返事を下さる家門が少なかったことから、致し方なかったそうです。
こうしてわたくしは、晴れて愛する方と結ばれることになりました。
まだ結婚式は先ですが、レオナード様はわたくしの作る薬が良く効くと騎士団で取り入れてくださり、わたくしのことをどこまでも溺れさせるご様子です。
伯爵だからバークシャーク、子爵だからシーシャックです。
どこかにギャグっぽい要素を入れたかっただけですが、気付いてくださった方が楽しんでいただけたなら幸いです。
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