3、強盗、飛翔、生存論
「なんだ?」
紙を1枚キャッチして見てみる。
《アポロン様の神殿から犯罪者1名が脱走。逃走に協力した人物の存在も確認された。主犯の男は黒髪に青い目、未確認の魔具で目を覆っている。共犯者の方はまだ特定されていないが、見つけたら即座に拘束を頼む。》
「……嘘じゃん」
嘘じゃん!? せっかく異世界に来たのに指名手配って何!? しかもノアまで巻き込んでるし……
「ごめんなノア、お前まで」
「いやいやいやいや!先輩がいなかったら私こそ死んでましたから! その貸しを返したとでも思ってもらえれば!」
そうけらけらと笑うノアに深く謝罪した。こんなにいい後輩だけど、頑張って働いてもらわねばならないのだ。
「ノア、ちょっと頼みがあるんだ」
「はい?」
「さっきブッ飛ばした男たち、回収してきてくれないか?」
「いえっさー!」
明るい返事を残して屋根を駆け上っていったノアを見送ると、ポケットを漁った。
「これは……!」
俺の全財産をつぎ込んで買った超多機能サバイバルナイフ……! こんなのがあるなんてラッキーだ。
きっとこれからの「計画」にも役立ってくれるだろう。後は少量のお金とハンカチだった。ハンカチはいいけどお金はここでは使えないだろう。どこかで異国の品だと言って高値で買い取ってもらおう。
「先輩、これでいいですか?」
「はや……ああ、ありがとう」
「これぐらいは当然ですよ~」
男たちは見るも無残な姿だった。服も血塗れだしボロボロだが、まあどうにかなるだろ。男たちの身ぐるみを剥ぐと、俺はその服を着た。ノアにも着ろと目で合図する。
「これ、なんですか?」
「変装だ。仮面も被るぞ」
「えー」
仮面を被ってみると何も見えなくなった。なんだこれ。アイツらどうやって歩いてたんだ。
しょうがないので顔バレしていないノアには仮面を外してもらった。
「さてと、これで逃げられるな」
「逃げるって……アイツらとアポロンって人をボコボコにしないと気が済みません」
「やめとけ。それよりこの世界の把握が先だ」
「世界の把握って?」
恐らく、この世界はギリシャ神話が元になっている。
俺には関連書籍を読み漁った確かな実績があるので間違いないだろう。大事なのは、それが史実通りなのか違うのかだ。
太陽仮面は「領地」と言っていた。俺の知る限りギリシャ神話にそんな設定はなかったはずだ。もしかしたらこの世界はギリシャ神話を基にした別世界かもしれない。もし史実通りなら神の中でも位の高いアポロンを敵に回した俺は、近い内に死ぬかもしれなくなる。だが史実と違う世界なら俺たちの入り込む隙が生まれる。
それを見極めるために一旦逃げなければならないのだ。
「なるほど……さすが先輩!」
目をキラキラさせて褒めてくるノアを適当にあしらって、俺は路地を抜けた。
そこには、白い壁の家に屋台……日本では絶対に見られない風景が広がっていた。しばらく見ていたいところだが、俺が確認したいのはそれじゃなかった。
「あ、あった」
それを確認すると、恥ずかしさをこらえて頭を下げた。
「その、あの……俺を運んでくれないか」
「運ぶ?」
「そうだ、あそこまで」
「あそこ」
そこには、高い山がそびえ立っていた。ノアはきょとんと首をかしげると頷いた。
「わかりました。では、失礼して」
再び横抱きにされる。うん、わかってた。俺は悟りを開いて受け入れる。
「れっつごー!」
「うわあああああああああああああ!?」
速い速い速い速い風ヤバい速い怖いすごいヤバい怖い無理怖いヤバい助けて速い!
俺が憧れてるのは悪魔の翼とかペガサスに乗って飛ぶのであってこんな物理的にも精神的にも辛いものじゃなかったんだけどなあああああああ!?
「ちょっ、ノア!? 速すぎないか!?」
「舌噛みますよ?」
ノアにさらに引き寄せられる。普通の男なら多少興奮するかもしれないが、下手すれば命すら落としてしまうこの極限状態。俺は白目でジェットコースターも真っ青になる風圧に耐え続けた。
そんなこんなで山の中腹辺りに到着し、俺はやっと疾風地獄から解放された。
「うぐぇ、酔った」
「そうですか、だいぶ加減したんですが」
「わぁ」
それはちょっと聞かないでおこう。これからも体験しないで済むことを祈る。俺は眼下に広がる光景に目を向けた。
白い街並みに、奥には壮大な神殿があった。あれが俺が閉じ込められていたところだろう。今戻れば確実に俺は死ぬ。下手したらノアもだろう。それだけは何としても避けたいところだ。
せっかく異世界に行くという長年の目標を達成したんだ。何もせず普通に生きて死んでいくなんて有り得ない。
「生きてやる」
俺は死なない。生け贄にもならない。ここで生きていくんだ。