2、力こそパワーってよく言うよね
なびく黒髪のポニーテールに綺麗な赤色の目。そして何よりそのセーラー服に、俺の意識は釘付けになった。だって、それは俺の学校の……
「の、ノア!?」
「はい!」
そこにいたのは、間違いなく後輩の阿笠ノアだった。にぱっと明るい笑みを浮かべて笑っている。嘘だろ、なんでここに……!?
「一緒に魔法陣作ったじゃないですか!」
「ああ!」
そうだった。俺とノアはオカルト研究同好会のメンバーで、二人で異世界転移の魔法陣を試したんだった。もしかしてそれでここに来たのか。
「いやあ、びっくりしましたけど会えてよかったです。あれ、先輩縛られてる……?」
「なんだお前!?」
完全に空気と化していた男がツッコミを入れた。ノアはびっくりしたように太陽の仮面を見つめると、なぜか哀れむような視線を向けた。
「あの、大変にダサいので今すぐ外した方が」
「うるさーーーーーーい!」
槍を構えて突撃していく男達に、俺は思わず声をかけた。
「危ない、逃げろ!」
「は!?」
その一瞬の隙のうちに、男は吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた。もう一人の男が唖然としてそれを見送る。
「止められなかったか……!」
俺は手を合わせて男の冥福を祈った。
「生きてるわ!」
「ああよかった」
殺されていなかったのか。じゃあノアはだいぶ手加減したんだな。そう、今の見ることすら出来なかったパンチはノアのもの。
「あ、気絶してないんですね、まあ力の二割に抑えましたし」
「二割ぃ!?」
彼女のこの発言は嘘でも何でもない。ちなみに言っておくと、魔法とか呪いでもない。ただ単に、コイツが人外のパワーを持って生まれた暴力人間というだけだ。その可愛い顔と明るい性格で誤魔化されているけど、力こそパワー、パワーこそ力の脳筋だ。しかもそのパワーで全てが通ってしまうのだからタチが悪い。
「冬真先輩に手を出しておいて、これで済むと思ってませんよね?」
真顔で言い放ったノアは、立ち尽くしている男に鋭い蹴りを放った。それだけで男は吹っ飛んでいく。俺は哀れな男たちに頭を下げた。
「なあ、ノア。もうこれくらいで……」
「そうですか?」
さらに殴ろうとしていた手を止めて、ノアがこっちを向く。何か言おうとしていた口が大きく開き、みるみるうちに怒りの表情へと変わっていった。
「えっと、どうした?」
「その顔」
「え?ああ、これか」
さっき殴られたからな、と言うと、ノアは険しい顔で男達を見下ろした。彼らは全身から血を流していていたがかろうじて気絶はしていなかった。
「貴方達が、先輩を」
「センパイ……生け贄のことか? アレはしょうがなかったんだ!」
「しょうがなかった」
どこまでも冷たいノアの口調に、ますます男たちは慌てる。
「そうだ、神々への侮辱だ!」
「それは」
ゆっくりと言葉が発され、ノアはにっこりと笑った。
「冬真先輩への暴力より重いんですか?」
「ーーっ!」
その瞬間、男達はもちろん俺まで震え上がっていた。
ノアは何も答えない彼らをつまらなさそうに見つめると、足をその体の下に滑り込ませた。
「えい」
軽く足を上げただけで男達は浮き上がった。さながら人間リフティングだ。そのまま何度か弾ませていたが、一度大きく蹴り上げた。そして返ってきた体を、勢いよく殴った。
「うぐぇっ!?」
血をまき散らしながら壁をぶち破って飛んでいく男達から、俺はそっと目をそらした。
「……来世では幸せになれますように」
「ん、何か言いましたか?」
「いや何も」
今の惨劇を引き起こした張本人は、相変わらずにぱっと笑っていた。いや、俺からしたら命の恩人なんだけど、やってることが怖すぎる。
「あの、ノア」
「あーっ! 先輩縛られたまんまじゃないですか!」
駆け寄ってきたノアは俺の体のロープを引きちぎっていった。えっ引きちぎっていった?
「ごめんなさい、もっと早くに助けてあげられれば……」
「いや全然。てかなんでわかったんだ?」
「ここに来た時隣に先輩がいなかったからとりあえずメガネの人を探し回って、それで太陽の仮面の人が連れて行ったって聞いたんで近くにいた太陽仮面さんを殴……いやお願いしてここに連れてきてもらったんです。で、後はかたっぱしからドアを壊していったんですよ」
「お、おおう……」
俺の後輩が優秀すぎる。いつももっと脳筋でバカなのにどうした?
疑問を感じつつも俺は立ち上がった。「儀式」の用意で人が来る前に逃げなければならない。
「ノア、逃げるぞ。俺を助けてくれ」
「はいわかりました!」
ノアは威勢よく返事をすると俺を横抱きにした。いわゆるお姫様抱っこってやつだ……
「え?」
「いきまーす!」
さっきブチ空けた穴から俺たちは華麗に飛び降りた。おそるおそる下を見てみれば多分ビルの五階ぐらいの高さ。
「待って待って待って待って死んじゃう!」
「死にませんよう、まさかこれくらいで」
呑気に笑ったノアは壁を強く蹴ると空中へ飛び出した。俺を抱えたまま宙返りをすると、手近な家の屋根に着地する。屋根を蹴って移動し、手近な路地へ飛び降りると、涼しい顔で、
「ね、死ななかったでしょ?」
「心が死んだわ!」
しかも民家の屋根10個ぐらいブチ抜いてたけど怒られないかな!?
びくびくと震える俺を無視して、ノアは辺りを見回した。
「マンションやアパート、コンビニ、スーパーはなしの洋風建築に服装……どうですか先輩、これは異世界転移ですか?」
「間違いない」
怪しげな太陽仮面にアポロンという単語、絶対きっと多分異世界に決まっている。
「なあノア、お前ならこれからどうする?」
「え、私ですか」
ノアは少し考えると顔を上げた。
「私なら……」
その時だった。
「号外っ! 号外だよっ!」
勢いのいい言葉と共に、大量の紙が降ってきた。