1、異世界絶対絶命最速記録保持者
「う、ううん……」
俺が目を開けると、太陽が飛び込んできた。
詳しく言うと、タイル一枚一枚に太陽が描かれたギラギラする壁が目に入ったのだ。そして次に、太陽の仮面をしたすさまじくダサい男達。
「なんだ、目が覚めたのか?」
「まあいい、もう儀式を始める」
「アポロン様の生け贄だ、大人しくしていろよ」
生け贄。突然の物騒な単語に俺はただただビビった。そして、ひとつ前の記憶を掘り起こした。
「え、ここどこ……!?」
「ぬ、不審なやつだな、ひっ捕らえろ!」
これだ。俺は知らない場所で知らないやつらに誘拐されたのだ。
この意味不明な現象の名前を、当然俺は知っていた。
そう、これは異世界転移! 俺は夢にまで見た異世界転移を果たしたんだ!
でもさすがにこんなのは求めてない。俺がやりたかったのはあくまで勇者とか無双とかそういうのであって、生け贄ルートは解釈違いだ!
プルプルと震えている俺を見て、男達は鼻を鳴らした。
「弱そうだな。本当にこんなのがアポロン様の生け贄になるのか?」
そう、そうだよ! 俺みたいなやつ生け贄にしない方がいい!
「いや、見ろ。この異様な装い。やはり神と何らかの関わりがあるに違いない」
違うって! これただの学ランとメガネだって!
俺の必死の叫びも届かず、縄が外されることはなかった。
ああ、もし俺がラノベの主人公なら、スキルを駆使して戦えるのに。
心の中でステータスオープン! と唱えてみても、何も起こってくれない。
ああ、もし俺がラノベの主人公なら、美少女が助けに来てくれるのに。
元の世界では美少女の知り合いがいるにはいるが、この世界に来ていたら一緒に捕まっているだろう。
つまり、この世界にいるのは俺一人。
「はあ……」
がっくりと項垂れる俺を見て、さすがに男達はかわいそうになったらしい。遠慮がちに声をかけてくる。
「大丈夫か、生け贄」
「元気出せよ、生け贄」
お言葉は嬉しいけどそう思うなら外してほしいし、俺には冬真という立派な名前がある。再び大きなため息をついた俺は、あることに気づいて顔を上げた。
「おい、今アポロンって言ったか?」
「様だ」
「アポロン様とおっしゃりましたか?」
「ああ」
アポロン。俺はその名前を確かに知っていた。
アポロンというのはギリシャ神話の神様だ。じゃあ、ここはギリシャ神話の世界? いや、それはない。俺はかっこいいからという理由でギリシャ神話についてはあらかた調べていたが、こんな太陽仮面なんて見たことも聞いたこともない。
じゃあ、これはどんな世界だ?
「うーん……」
考え込んだ俺を男達はだいぶドン引きで見ていた。
「なんかブツブツ言い始めたぞ……気持ち悪い」
「こんな男が本当にアポロン様に必要なのか? どちらかというとハデス様寄りじゃないか、根暗だし」
ひどい言われようだ。だが俺は構わず男達の話を聞いていた。
ハデス、というのは冥界の神様だ。やっぱりギリシャ神話が反映されている。俺はイチかバチかの賭けに出てみることにした。
「アポロンか……フッ、懐かしい名だな」
「お前!」
その瞬間、男達の顔色が変わった。俺を黙らせようと槍を手に取ったが、俺は構わずに続けた。
「アイツと俺は旧知の仲なんだよ。生け贄にしたなんて知れたらどうなるんだろうな」
「お前、何を言っている? 今すぐやめろ!」
「やめないさ。俺は死にたくないんだ」
言ってることは全部ウソ。大噓つきもいいところだが、俺にはその方法しかなかった。
「さて、どうする?」
「うるさい!お前の顔がわからぬほど殴れば済む話だ!」
思いっきり殴られる。血の味が口に広がったが、俺はなんとか耐えて起き上がった。さらに一発、二発と食らうが、もう一人の男が止めに入った。
「おいやめろ、アポロン様に怒られたらどうする?」
「だが、コイツはアポロン様の友人を騙ったんだぞ!あろうことかアポロン様の領地、ルルスで、だ!」
領地?
不思議だ、そんな設定存在していたっけ。また下を向いた俺を、男達は許さなかった。
「顔を上げろ。予定変更だ」
「は?」
「お前は神に対する侮辱を行った。よって、今から生け贄としての責任を果たしてもらう」
「はあ!?」
マズイマズイマズイ! 俺の予定としてはあえてふてぶてしい態度を取ることで、コイツ何者なんだ、もしかして本当にすごいお方なのかもしれない、なんて思わせる作戦だったんだけどな!
だがもう遅かったみたいだ。男たちは俺の首に槍を当てているし、遠くからは破壊音が聞こえる。俺は自分の選択を心から後悔した。
クソ、俺が主人公ムーブなんてかますべきじゃなかったんだ! そもそも異世界転移して十秒で誘拐されてる時点でゴミカス戦闘力だと気づくべきだった……
だが泣いても喚いても普通に今から死ぬ。ただのオタクだったはずなのに生け贄として死んでしまう。
「死ぬのか、俺……!?」
「ああ、残念だな」
その淡々とした言葉に、俺は唇を噛んだ。
次々に頭の中に思い出が巡っていく、これが走馬灯ってやつなのか……
「冬真、バースデーケーキ売り切れてたからサラダにロウソク刺してみたぞ」
「うええええええん!」
「なあ、このデスノートって何?」
「うわああああああ!」
「先輩、異世界転移の魔法陣ってなんですか?」
「うおおおおおおお!」
ロクな走馬灯がねぇな!?
キレ散らかす俺はふっと一人の人間のことを思い出した。
ああ、アイツがいれば、こんなところで死ぬことはなかったかもしれない。
その時だった。
破壊音がして、突然扉がぶっ飛んだ。広い広いこの部屋の端まで。
そしてそこには、一人の少女が立っていた。
「あーっ!先輩発見しましたっ!」