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後編~身勝手な婚約破棄には最強コンビが制裁を~

 鈴さんがいる部署の階でエレベーターを降りて、廊下を歩いていると、ジロジロと色んな人に見られる。

 なんだか恥ずかしい。

 そんな時は、チョコレートを宣伝しちゃおう。


「ミカンピューレが入った、甘くて少し酸味の効いた美味しいチョコレートです。今回はお試しで販売しています。みなさんの部署に顔を出したら、一度味見をしていただけたらなと思います」


 私がそう言うとみなさんが、後で来てよと言ってくれた。

 なんだか嬉しいなぁ。

 受け入れてもらえた気がした。

 これで恥ずかしい気持ちが薄れていく。


 目的の場所へ着いた。

 深呼吸をして入る。


「こんにちは、チョコレートを販売に来ました。まずは味見をどうぞ」


 私が言うと、女性社員が集まってきた。

 みんなに味見用のチョコレートを配る。

 そして、私の所に集まって来なかった人の所に行って、一人一人に配る。




「鈴さん、斎藤さんはどこですか?」


 鈴さんに近寄り、私は小さな声で訊いた。


「彼は真ん中の席で、今は婚約者の女性と一緒にいます」


 鈴さんが言う場所を見ると、三十代前半のチャラそうなイケメン男性の隣で、楽しそうに笑う色気のある髪の長い綺麗な女性がいる。


「婚約者の女性が邪魔ですね。鈴さんが、婚約者の女性を斎藤さんから離すことはできますか?」

「えっ、はい。コーヒーを一緒に作ってきます」

「良かった。ありがとうございます」


 鈴さんは斎藤さんの婚約者を呼び、給湯室へ向かった。

 私は急いで斎藤さんへ近寄る。


「チョコレートをどうぞ」

「えっ、ありがとう。甘い物は好きなんだ」

「私もです。さっきの女性は彼女さんですか? とても綺麗な方ですね」

「彼女? 違うよ。僕は恋人なんていないからね」

「それって、奥さんや婚約者はいるけど恋人はいないよっていう意味じゃないですよね?」

「えっ、どうしてそうなるのかな?」


 斎藤さんは怪しむように私を見る。

 

「あっ、昔、そんな人に出会ったことがあるんです。でも私は、そんなこと気にしませんけどね」

「そうなんだね。だったら連絡先を教えてよ」

「まだ教えません。これからここに通うことになるので、また会えたら教えますよ」

「可愛い顔して小悪魔だね?」

「でも、そんな子が好きですよね?」

「そうだね、可愛くて若い女の子が大好きだよ。若くない女はお金があれば好きだけどね」

「そうなんですね。そんなことを言う男性とは、次に会うのが楽しみです」

「俺もだよ」


 私は精一杯のニコニコ笑顔を見せた。

 最低な男だ。

 ムカついていて、やっと作った私の笑顔に、この男は気付いていない。


「おいっ」


 私の後ろから手が伸びてきて、腕を引っ張られた。

 バランスを崩したけど、すぐ後ろにいた相手に支えられた。


 振り向かなくても声で、このタバコの匂いで誰だか分かる。

 愛しい人。

 聖野さんだ。


「全部、聞かせてもらいました」


 聖野さんは、レコーダーを再生した。

 さっきの私達の会話が流れる。

 それを、斎藤さんの婚約者も鈴さんも聞いている。

 いいえ、この部署の全員が聞いている。


「最低!」


 斎藤さんの婚約者がビンタをして部屋から出ていった。

 女性社員達も最低と言っている。

 それを泣きそうな顔で鈴さんが見ていた。


 鈴さんをこんなにも傷つけた、この男が憎い。

 私は、鈴さんの元へ行き、鈴さんの腕を引いて、斎藤さんの前に立つ。


「あなたは、二人の女性を傷つけたんですよ? 自分のやったことが分かりますか? こんなに若い女の子の心を壊そうとしたんですよ?」

「それならお前は、俺の出世の道を奪ったんだ」


 斎藤さんは、自分を棚にあげて私を悪いと言った。

 なんて幼稚な人なんだろう。


「それは自業自得です。あなたのしたことは大きな罪なんですよ?」

「罪? 何の罪だよ? 詳しく教えてくれよ」


 斎藤さんは鈴さんに向かって威圧するように言う。

 鈴さんは震えている。

 

「やめてください。鈴さんが怯えています」


 私は、鈴さんを庇うように、私の後ろに隠した。


「俺にはもう、何も残っていない。仕事も失い、婚約者も失い、何もないんだ。これ以上俺は失うものは何もないんだよ」

「だから鈴さんを傷つけていいんですか?」

「傷ついているのは俺なんだよ」


 斎藤さんは自分しか見えていない。

 可哀想な自分。

 味方もいない自分。

 本当に幼稚な人。


「大人なら、大人らしい対応をしてください!」

「ガキに大人の何が分かるんだよ!」


 斎藤さんは私に向かって手を上にあげた。

 叩かれると思って目を咄嗟に閉じた。


「もし、誰かに暴力をふるったら、暴行罪で現行犯逮捕しますよ?」


 聖野さんが、上にあげた斎藤さんの腕を持ち、片方の手で警察手帳を見せている。

 それを見た斎藤さんは焦った顔をして、聖野さんの手を振り払い、この部屋から出ていこうとしている。


「斎藤さん、謝ってください。苦しんだ鈴さんに誠意を見せてください」

「申し訳ありませんでした」


 聖野さんの言葉に斎藤さんは仕方なさそうに言って、出ていった。


「鈴さん、もう大丈夫です。怖かったですよね?」

「は、、、い」


 私は鈴さんを近くの椅子に座らせた。

 そんな鈴さんを心配して、女性社員が集まる。


「俺は、まだ終わっていないと思います」


 いきなり、聖野さんが大きな声で言った。

 みんなが聖野さんを見る。


「鈴さんが苦しんでいた時、誰かが気付けたと思うんです。でも誰も気付けなくて、鈴さんは一人で悩んでしまった。それはこの部署の全員の責任です」

「聖野さん、私が悪いんです。あんな人に騙されたから」


 鈴さんは、自分のせいにした。

 私が恐れていたことが現実になってしまった。


「鈴さん違います。悪いのは斎藤さんです。そしてその斎藤さんの悪巧みを見つけられなかった会社のせいなんですよ」


 聖野さんは下を向いている鈴さんに言っているけど、私の目を見ながら、私に大丈夫だと目で伝えてくれる。

 優しい瞳で。


「会社ですか?」


 鈴さんは顔を上げて、聖野さんを見ながら言った。


「はい、新入社員の教育を教育者一人に任せてしまい、周りの人間は一切関与しない。そんな会社だから気付けなかったんですよ」


 聖野さんの言葉に、鈴さんの周りに集まった女性社員達は納得しているようだった。


「鈴さん、仲の良い人が一人もいないと言っていましたよね?」

「はい」

「仕事以外の話を誰かとしたことはありますか?」

「はい、教育者の方なら。ずっと教育者の方と一緒なので」

「これで原因が分かりましたよね? みなさんがこれからすることは何ですか?」


 聖野さんの言葉はこの部署にいる全員に届いた。

 これで鈴さんは大丈夫。

 一人じゃないし、もう傷つかない。


 必ず大人が社会人の見本になってくれる。

 まだまだ未熟な鈴さんを、ちゃんと支えてくれる。

 良かったね。


 私と聖野さんは、安心してふんわりと笑っている可愛い鈴さんを見て静かに部屋を出た。

 鈴さんにはもう私達は必要ないから。



「みか~ん、みかんちゃん、み・か・ん」

「なんですか? 私はまだ眠いんです!」


 昨日は、聖野さんが泊まれと言うので仕方なく泊まったのに、朝から起こされて機嫌が悪い私。


「手錠を外してほしいんだよ。トイレに行きたくて」

「えっ、それを早く言ってくださいよ」


 私は、急いで聖野さんの手首についた手錠を外す。

 聖野さんは、急いでトイレへ向かった。

 私はベッドに戻り、もう一眠りする。


「みかん?」


 聖野さんがトイレから戻り、私に優しく問いかける。


「なんですか? 眠いんですよ」

「俺って、いつまでお隣さんな訳? いつまでみかんのお隣さん(おきて)を守らなければいけない訳?」


 私が起き上がり聖野さんを見ると、壁に貼ってある私が書いた、みかんのお隣さん掟を指差して言っている。


 だから私は掟を読み上げた。

 新しく加えたいことがあったから。


「第1条、お隣さんはみかんの部屋へは勝手に入らないこと。第2条、お隣さんはみかんと一緒に寝る時は手錠をすること。第3条、お隣さんはみかんに門限を作らないこと。第4条、お隣さんはみかんに禁酒なんて言わないこと、、、第5条」

「第5条? そんなの書いてないってことは、また増えるのかよ?」

「第5条、一番下の文字に気付けたら昇格します」

「一番下?」


 聖野さんは一番下に小さく書いてある字を見つけた。


「この掟はお隣さん専用。お隣さんから昇格すれば、全て無効です」


 聖野さんは小さな字を読んだ後、少し考えている。

 理解できていないのかな?


「聖野さん? 理解できましたか? 十八歳で有名大学を卒業するような頭の良い聖野さんなら、すぐに理解できますよね?」

「理解、、、できない。みかんのことになると俺はバカになるんだ」


 そう言って聖野さんは私に抱き付く。


「聖野さん、昇格です。おめでとうございます」

「本当に? とうとう俺は、みかんの、、、」

「最強の相棒です」

「はあ?」

「私達って、最強コンビですよね?」

「みかん?」

「最強コンビには、最強の相棒が必要なんです」

「みかん?」

「ですので今日から、聖野さんは昇格して、最強の相棒です。また新しく、みかんの最強の相棒掟を書かなきゃいけませんね」

「みかん? 、、、そうだな。これが俺達だよな?」


 聖野さんは私から離れて呆れた顔で言う。


(こころ)さん」


 私は久しぶりに聖野さんを名字ではなくて名前で呼んだ。


「えっ、みかん?」

「傍にいてくださいね?」

「みかん、当たり前じゃん」

「第1条、相棒は離れたらいけません」


 私はギュッと聖野さんを抱き締めた。


「みかん、掟は一つだけ?」

「はい、だって傍にいれば分かりますよね?」

「そうだな」


 聖野さんは私をギュッと抱き締めてくれた。

 聖野さんは私のことを本当に分かっている。

 だって、こんなに幸せな気持ちになるんだもん。


 すると聖野さんの電話が鳴った。

 聖野さんの表情を見て、お仕事だと分かる。

 私はクローゼットからスーツを取り出す。


「せっかくの俺達の甘い時間は終わりなのかよ?」


 聖野さんは、電話を切って残念そうに言いながらも、ありがとうの代わりに私の頭を撫でてスーツを受け取る。


「甘い? 私達は甘酸っぱいんですよ? ミカンのように」

「みかんだから仕方がないってことかよ?」

「そうですね。でも、私って最強の相棒ですよね?」

「そうだな。そして、俺達は最強コンビだよ」


 聖野さんが私のおでこにおでこを当てて言う。

 恥ずかしくて頬が熱くなる。

 でも聖野さんは目を閉じているから、気付かれていない。

 良かった。


「遅刻しますよ」

「そうだな。ミカンが真っ赤なリンゴになったら困るからね」

「えっ、真っ赤って、、、気付いてたんですか?」

「どうだろうね? じゃあいってくるよ」

「もう! いってらっしゃい」


 聖野さんが出ていって、私もお店へ向かう。

 いつものように開店準備をして、今日も

【モリノみかんセイノ心】開店です。


『カランカラン』


 開店するとすぐにお客様が来店してきた。


「みかんさん、おはようございます」

「鈴さん、おはようございます。今日は元気ですね?」


 鈴さんが、お店に漂っている蜜柑のアロマの香りで癒されたようでニコニコしながら言った。

 私までニコニコしながら返事をした。


「それが、会社で仲の良い頼れる先輩ができたんです。お姉さんみたいに優しくて、私も先輩みたいになりたいなって思ったんです」

「良かったですね。鈴さんの恋愛、無事に成仏ですね?」

「はい。でも、不思議なんです。どうしてあんな人を好きになったのか」

「そんな風に思えたのは、鈴さんがちゃんと振り返れたからですよ」

「振り返るですか?」

「そうです。紙に彼との思い出を書きましたよね?」

「はい、持って来ました」


 鈴さんが書いた紙を見ると、震えて書いたのか字が歪んでいたり、涙で滲んだところもある。


「こんなに思い出があったんですね。でもこれは、鈴さんの成長の証です。だって相手にとって自分がどんな存在だったのか分かりましたよね?」

「そうですね。私の順位は彼にとって一番じゃありませんでした」

「今回のことを忘れないでください。これからも傷つくことはあると思います。それでも鈴さん、貴女は一人ではないんですよ。貴女なら大丈夫です」

「はい。みかんさん、本当にありがとうございます。そして聖野さんにもお礼をお伝えください」


 それから鈴さんはお店で、大好きな先輩とお揃いの物を買って帰っていった。

 鈴さんが帰ってすぐに聖野さんがお店へ入ってきた。

 なんだか顔が赤い。


「聖野さん? 顔が赤いですよ? 風邪でもひいたんじゃないんですか?」


 私は聖野さんのおでこに手を当てる。

 しかし、おでこに当てた手を聖野さんは掴んで引き寄せた。


「俺は、みかんを裏切ったり見捨てたりしないから」

「聖野さん?」

「さっき、鈴さんに言われたんだよ。みかんが不安になってるって」

「鈴さんに? もう、聖野さんは、私のことになると本当にバカになるんですね?」

「え?」

「私は不安なんてないですよ。分かっていますから。だって私のことになるとバカになるんですよ?」

「みかん、笑うな」


 私は、鈴さんに騙された聖野さんが可愛くて笑ってしまった。


「だって、経験豊富な聖野さんが十八歳の女の子に騙されたんですよ?」

「だからって、目の前で笑うなよな」

「分かりました。笑いません」

「それでいい」

「そういえば、鈴さんがありがとうございましただそうです」

「そっか。彼女みたいに傷ついた女性を、一人でも立ち直らせることができたらいいよな?」

「そうですね。私達の最強コンビなら、もっとたくさんの方を苦しみから救えますよ」


「でもな、、、俺達のことを知られていないから、依頼者もいないだろう?」


 聖野さんは困った顔で言う。


「それなら、このお店のビラ配りをすればいいんですよ。まずはこのお店を知ってもらうことから始めるんです」

「それはいいかもしれないな」

「ビラには、蜜柑のアロマを少しだけつけたら、良い宣伝になりますよね?」

「いいじゃん。それで決定だ」

「私って、何も取り柄はありませんが少しは役に立ちますよね?」

「みかん、お前は必要だよ。依頼人の心を救っているのはみかんなんだからな」

「私ですか?」

「そうだよ。俺が依頼人のために動いても最後に決めるのは依頼人だ。依頼人を前へ進ませることができるのは、みかんの言葉なんだよ」


 ベビーフェイスの聖野さんが、ニコッと笑った。

 とても幸せな気分になった。


「それなら私達は、やっぱり最強のコンビですね?」

「そうだな」


 私達は見つめ合って笑った。

 蜜柑のアロマの香りが私達を包んでる。

 甘酸っぱい私達を。

読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しくお読みいただけましたら幸いです。

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