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前編~最強コンビの二人に依頼してきたのは身勝手な婚約破棄に傷ついた新入社員の可愛らしい女性~

『カランカラン』


 久しぶりのお客様がやってきました。

 今日のお客様は、お店に漂っている蜜柑のアロマの香りで癒された顔をしてはくれません。


 今日のお客様は、とても大変な思いをしているのかもしれません。

 さぁ、お仕事の時間です。



「いらっしゃいませ。

【モリノみかんセイノ(こころ)】へ」

「あっ、あのっ」


 私が優しく声を掛けると、フワフワのウェーブがかかったボブヘアーの小さくて可愛らしい女性が、おどおどしながら何かを言おうとしている。


 すると、ベビーフェイスの高身長イケメンの彼が、少し屈んで女性を真剣な眼差しで見つめながら言う。


「あなたの恋愛、成仏させます」


 女性は、ココがどんなお店なのか知っている人。

 だから、安心したように柔らかく笑って、お願いしますと言った。




【モリノみかんセイノ(こころ)


 このお店は、表向きは雑貨屋さん。

 でも本当の目的は、恋愛で傷ついた人を助けるお店。

 私、森野(もりの)みかんと、ベビーフェイスで高身長の彼、聖野(せいの)(こころ)さんの二人で営んでいる。


 私は、低身長でショートヘアーの色気より食い気が勝る、普通の大学三年生です。

 そして聖野さんは、高身長で漆黒の髪はサラサラでベビーフェイスのイケメン刑事さんです。


 そして聖野さんのもう一つの顔が、誰もが一度は聞いたことのある聖野財閥の御曹司さんです。

 聖野さんはお金持ちでも、無駄遣いなんてしないし、お金の無い人を見下したりもしない。


 そんな聖野さんだから、親のお金やコネを使って簡単に刑事さんになるなんてことはしなかった。

 彼の努力と刑事さんになりたいという強い意思があったから、なれた職業。


 そんな聖野さんだから、私は好きになった。




「それではまず、あなたの恋愛を成仏させるために、あなたはいくら払いますか?」


 聖野さんが女性に訊く。


「私、まだ新入社員で貯金もほとんどなくて、でも払える分だけ持ってきて全部で三十万円です」


 彼女はお金が入った封筒を聖野さんに渡す。

 聖野さんは中身を確認する。


「お名前は?」

(すず)です。荒城(あらき)(すず)です」


 聖野さんが名前を訊くと、面接で緊張している人のように女性は答えた。


「分かりました。鈴さん、お金はお返しします。あなたの覚悟は伝わりましたので」


 聖野さんは、お金の入った封筒を鈴さんに返しながら言う。


「えっ、でも、タダなんて」

「タダではありません。お代は、鈴さんのような困っている方に、このお店のことを伝えてください」

「伝えるだけですか?」

「はい、それがこのお店の利益になるので」


 鈴さんは不思議そうに、お店の中を見ている。


「あのっ、この蜜柑のフレグランスをください」

「えっと、、、ここの商品を買ってくださいってことではないのですが、、、」


 鈴さんの行動を予想していなかった聖野さんは慌てている。

 いつもは大人の振る舞いをする聖野さんが可愛く見える。


「みかん、笑うな」

「だって、聖野さんが、、、」


 笑いが止まらない私を、聖野さんは睨んで言う。

 その睨みもなんだか全然怖くなくて、可愛い。


「私、会社で仲の良い人はいなくて、、、なのでここの商品を買って、それを話題にして、仲の良い人を作りたいなぁって思ったんです」

「そうなんですね。それならこれはいかがですか? 私の大好きな蜜柑の香りのアロマです」

「アロマもいいですね。それも買います」


 鈴さんは、私の勧めたアロマを手に取った後、お金が入っている封筒からお金を出す。

 なんだか、お年玉袋からお金を出す小学生に見える。

 本当に可愛い女性だ。




「それでは、お話を伺いますね?」

「あれ? 聖野さんは?」

「あっ、彼は他の仕事があるので、お話は私が聞きますね?」

「みかんさんで良かったです。聖野さんは、ベビーフェイスのうえに整った顔なので、緊張しちゃうんです」

「そうですよね? それに、聖野財閥の御曹司でもありますからね」


「みかん! 余計なことを言うなよな」


 聖野さんはまだお店の奥にいて、私の暴露が聞こえていたみたい。


「でも、、、」

「みかん、依頼者に対して俺の印象を悪くしていいのかよ?」

「ダメです。でも聖野さんは立派な御曹司です」

「だから、、、俺が御曹司って知られると、金持ちのお遊びだと思われて、依頼者が逃げるだろう?」


 聖野さんは、そんな経験をしたことがあるかのように言うけど、それでも私はそんなことを言ってほしくはない。


 隣で見てきた私が、誰よりも聖野さんが依頼者を救いたいと思っていることを知っているから。


「依頼者の方は、聖野さんだから救いを求めて来るんですよ? 御曹司とか関係ないんですよ?」


 私がそう言うと、鈴さんが大きくうなずいている。


「そうだな。みかん、あとはよろしくな」

「はい! 忘れ物はないですか?」

「うん、無い。じゃあ、いってくるよ」

「はい、いってらっしゃい」


 聖野さんは私の顔をしっかりと見た後、お店の奥のドアから出て行った。

 なんだか嬉しそうだった。


「なんだか、夫婦みたいですね?」

「夫婦ですか? 一緒に住んでいるからですかね?」

「えっ、同棲ですか?」

「同棲とは違うような、、、。説明が難しくて、でも簡単に言えばお隣さんです」


 私は、聖野さんのお家のお隣の部屋を借りている。

 聖野さんのお家はすぐ隣なので、同棲をしている感覚にもなる。


 聖野さんの帰りを待ったり、聖野さんのお家で過ごすことも多い。

 聖野さんは、いつも私の傍にいる。

 同棲をしているって言ってもいいのかな?


「お隣さんにしては仲良しですね。結婚間近って感じですよ?」

「そんな話はまだまだ先ですよ。というより、恋人なのかも微妙なところですね」

「えっ、でも聖野さんは、みかんさんを大事に想っていますよね?」

「そうだと思います。私も同じくらい聖野さんを想っています」

「それならどうして恋人じゃないんですか?」

「聖野さんが私の意思を尊重してくれているんです」

「みかんさんの意思ですか?」


 鈴さんは意味が分からないというように、首をかしげて訊いてきた。


「私は、聖野さんのお荷物にはなりたくないんです。対等な立ち場で聖野さんを支えられる人になりたいんです」

「相棒ですね?」

「相棒、、、そうですね」

「お二人を応援しています」

「ありがとうございます。私のお話はここまでです。鈴さんのお話を伺いますね?」

「はい、私は彼から婚約破棄をされました」


 それから鈴さんは話をしてくれた。




 鈴さんは、高校を卒業してから今の会社に就職した。

 まだ十八歳の女の子には知らない世界ばかりだった。


 そんな鈴さんに優しく指導してくれたのが、上司である斎藤(さいとう)さんだった。

 斎藤さんと仲良くなるのに時間はかからなかった。


 会社の外でも会うようになり、デートを重ねていたある日、鈴さんは斎藤さんにプロポーズをされた。

 結婚を前提にお付き合いをしてほしいと。


 鈴さんは斎藤さんを好きだったから、はいと返事をした。

 でも、そんな二人のことを知っている人は、会社にはいない。


 鈴さんは新入社員で、まだ仲の良い人はいない。

 そして斎藤さんは、会社では上司と部下の関係を貫いていた。


 二人でいる時は、恋人のようだが、会社では上司と部下。

 鈴さんは社会人とはそんなものだと思っていた。


 でもある日、斎藤さんが婚約をしたと聞いた。

 それも、会社の社長の娘さんと。

 その社長の娘さんは、斎藤さんといつも仲良さそうに話をしていた綺麗な大人の女性だった。


 鈴さんは斎藤さんに説明をしてもらおうとしたが、電話番号は変わっていて連絡が取れず、会社では鈴さんの指導者であった斎藤さんから、話をしたこともない知らない一般社員へ代わっていた。


 まだ社会人になって数ヶ月の鈴さんに、なんてヒドイことをするのだろう?

 社会人として、見本とならなければいけない大人の男性なのに。




「私、どうすればいいのか分からなくて。でも、やっぱり彼が好きだから、、、」

「大変でしたね」


 私は鈴さんの背中を撫でる。

 こんなに小さな体で、どれだけ我慢をしたんだろう?


「鈴さん、次に会う時までに、紙に斎藤さんとの思い出を詳しく書いてきてください」

「思い出をですか?」

「はい、どんなに小さなことでも全てを書いてください」

「どうしてですか?」

「それが恋愛の成仏に繋がるんです」

「分かりました」

「それでは今日は、これで終わりです。聖野さんに鈴さんの話を伝えて色々と動きますから、もう少しだけ時間をくださいね。でも我慢ができなかったら私に教えてください」

「はい、ありがとうございます」


 鈴さんは帰っていった。



 その日の夜中に、聖野さんは帰ってきた。

 とても疲れた表情だった。


 私は聖野さんのお家で待っていた。

 だって早く鈴さんの話をして、早く成仏させたかった。


「みかん? まだ起きていたのか?」

「はい、鈴さんのお話をしたくて、、、でも疲れてますよね? 今日のところは部屋に戻りますね」

「みかんが傍にいる方がいいから、ここにいてよ。そして鈴さんの話を聞かせて」

「はい」


 私は鈴さんの話をした。

 聖野さんも怒っていた。

 大人として、社会人として恥ずかしいと言った。


「このままだと鈴さんは、自分のせいにしそうで怖いんです。自分に魅力がなかったからとか、自分の勘違いだったんだとか、もしかしたら仕方がないって諦めて何もしなくなるんじゃないかって怖いんです。私よりも年下の女の子が、どうして大人の餌食にならなきゃいけないんですか?」

「だから、そんな人を助けるために俺とみかんがいるんだよ」

「そうですね」


「そんなに感情移入するなよ。鈴さんを助けるには第三者の立ち場にならなきゃ成仏できないだろう?」


 聖野さんは私の頭を撫でながら言う。

 優しさが手から伝わってくる。

 落ち着くなぁ。


「鈴さんを救うにはどうすればいいですか?」

「紙は書かせただろう?」

「はい、小さなことでも書いてもらうように言いました」

「それなら、俺の出番だな」


 聖野さんはパソコンを開いて、何か検索をしている。


「あった。鈴さんの会社は、父の会社と契約をしている」

「えっ、繋がっているんですか? やっぱり聖野さんは御曹司なんですね。いつもは普通の意地悪な人なのに」

「誰が普通の意地悪な人だよ? お前は、誰のおかげで俺の隣に住めていると思ってんだよ?」

「御曹司さまです」


 私は聖野さんを拝みながら言う。

 それを見ていた聖野さんは笑っていた。


「明日、鈴さんの会社へ偵察に行ってくるよ」

「本当ですか? 私は?」

「みかんは、店番だろう?」

「え~」

「イイコにしてたら、みかんの好きなミカンジュースを買ってきてやるよ」

「ミカンジュースとミカンゼリーでいいです」

「お前は何様だよ?」


 聖野さんは呆れながら笑った。


「聖野さん、気をつけてくださいね」

「うん、大丈夫だよ」

「なんだか嫌な予感がします」

「心配するな。ほらっ、みかんは早く寝ろよ」

「はい、おやすみなさい」

「おやすみ」


 私は自分の部屋へ戻り、ベッドに入った。



 次の日のお昼過ぎに聖野さんが、ミカンジュースとミカンゼリーを持ってお店へ来た。


「みかん、出番だ」

「えっ、いきなりなんですか?」

「潜入調査だよ」

「私がですか?」

「そう、斎藤さんは若い女の子がお好みのようなんだよ」

「私がどうやって潜入調査をするんですか?」

「ハニートラップだよ」

「わっ、私にはそんなことはできません。それに、よくそんなことを私に言えますよね?」


 聖野さんのヒドイ言い方に腹が立った。

 

「みかん、俺がお前を誰かに差し出すとでも思っているのかよ?」

「だって、そういう意味ですよね?」

「違う、ハニートラップはみかんじゃないよ」


 聖野さんは私が分かるように、ゆっくりと説明をしてくれた。

 聖野さんが言うハニートラップとは、甘い物のことだった。


 斎藤さんは甘い物が大好きで、そして若い女の子も大好き。

 だから私が、斎藤さんの働いている部署で、チョコレートの販売をするみたい。



「聖野さんの言い方が悪いんです」

「そんなに怒るなよ。俺が悪かったよ。だからミカンゼリーでも食べて機嫌を直してくれよ」

「分かりました。許してあげます。その代わり、明日のハニートラップは、私だけでやらせてくださいね?」

「えっ、でも、みかん一人では心配だからなぁ」

「ハニートラップは、チョコレートと(みかん)ですよね?」

「分かったよ。でも何かあったらすぐに連絡をしろよ」

「は~い」


 聖野さんは心配した顔をしているけど気にしない。

 心配しすぎなのよ。

 私だって、こんなミッション一人で大丈夫よ。



「きゃ~すごく可愛いわぁ。やっぱり私の妹ね」

「お姉さん、こんなに可愛い制服でいいのでしょうか?」


 私は朝から、聖野(せいの)さんのお姉さんの着せ替え人形になっていた。

 ハニートラップに出発する前に、チョコレート屋さんの制服を決めている。


 チョコレート屋さんは架空のお店だから、制服はお姉さんが決めることになった。

 何度も高価な制服に着せ替えられる。


 私は、お姉さんのように長くて細い足も、高い身長も、綺麗な顔もないので全てが似合わない。


「これがいいわね」


 やっと制服が決まった。

 可愛い赤いベレー帽に、白いワイシャツに、少し丈の短い淡い赤色のスカート。


「清潔感があっていいですね。でも、スカートの丈が短いですよね?」

「見せパンをはいておけば、見えても大丈夫よ」


「ダメだ」


 低い声で聖野さんが却下した。


「分かったわよ。それならエプロンを着ければ文句ないでしょう?」


 お姉さんは拗ねながら、黒のエプロンを腰に巻いてくれた。


「準備完了ね。みかんちゃん、頑張ってね」

「はい、お姉さんありがとうございます」

「いいのよ。今度、一緒にお風呂に入ろうね?」

「えっと、はい」


「みかん、嫌ならはっきり言えよ」


 聖野さんが呆れながら言う。


「あら? もしかして嫉妬でもしたの? (こころ)がみかんちゃんと一緒にお風呂に入りたいのね?」

「おいっ、うるさい。早く帰れ」

「分かったわよ。みかんちゃん、気をつけてね」

「はい」


 それから私はキッチンカーに乗せられた。

 チョコレートの甘い香りがする。

 みんなが大好きな香り。

 幸せだよ。


「みかん、隠しマイクはつけてるから、何かあったら叫べよ」

「マイクなんて必要ですか? ただチョコレートを販売するだけですよね?」

「俺が傍にいればいいけど、俺がいたらダメなんだろう?」

「そうですね。ここは、私の出番です」

「それなら俺の出番は、今日はないかもな」

「そうだと思うので、聖野さんはゆっくり休んでてくださいね」

「みかん」


 聖野さんは私をギュッと抱き締めた。


「聖野さん?」

「気をつけろよ」

「大丈夫ですよ。チョコレートを販売するだけなんですから」

「油断はするなよ」

「はい」


 ゆっくりと聖野さんから離れ見つめ合った後、私はいざ出陣。

 ターゲットである斎藤さんのいる部署へ向かう。

読んでいただき、誠にありがとうございます。

楽しくお読みいただけましたら幸いです。

後編は今夜更新です。

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