連邦軍入隊
逸美のカリキュラムが少し変わった。週4日、午後に1時間、補習が入ったのだ。遅れている「惑星史」と「古代文学初級」の特別授業を受ける。
(行きたいなぁー、訓練場・・・。)
でも、「全科目平均点以上」が、ル・ハンナ校長先生が逸美に課した「中等部へ進学せずに軍に入隊」するための条件だったのだ。
今のところ、この2教科については、逸美はビリから数えた方が早い。
「訓練場、行きたい・・・」
逸美はつい、同室のカレンに愚痴をもらした。
「珍しいね。イツミが愚痴言うなんて——。」
とカレンが笑う。
「訓練場行って何するのよ? もう、イツミに何か教えられる教官は誰もいない、ってウワサ聞こえてきてるよ。」
「自分でいろいろ試してるの。あそこではESP全開放していいから——。2つの能力を同時に使って何ができるか、とか・・・。」
「異次元だな——。わたしらなんか、1つがやっとだってのに・・・。シグルなんて、まだ何が使いものになるのかも分かんないんだよ?」
「あの子は、絵が上手いよ。」
「それ、ESPじゃないし——。」
カレンは笑った。イツミには、ESPもお絵描きも同じ「能力」なんだろうか? まあでも、たしかにシグルのあの絵の上手さは「超能力」かもね——。
「だいたい、中等部トバして軍に入るために補習やってんでしょ?」
「そうなんだけど・・・。つまんないし、ムツカシイんだよ。特に『古代文学』は、言語がいっぱいあって・・・、覚えるだけで大変なんだもん。」
「だって『初級』は、ほとんどそれだけじゃない。言語覚えて、簡単なセンテンスが読めれば満点だよ? 研究院まで進学して、学者になるわけじゃないんだから、ちゃっちゃと片付ければ?」
「それ!」
と逸美は目を丸く開いた。
「それだよ。物語が読めるようになったら、楽しいと思うんだけど・・・。」
カレンはとうとう、声を出して笑い出した。
「あんた、だいたい・・・軍に行きたいの? 学者になりたいの?」
「えっと・・・、それは、とりあえず連邦軍だ。」
「だったら、補習頑張るしかないじゃない。それに、物語読みたいなら『初級』は必須じゃないの。」
「そだね・・・。うん。頑張る。」
1年後。
かろうじて全科目平均点以上をクリアして、逸美はめでたく初等部を卒業した。
逸美、12歳。連邦軍アース支隊、エスパー部隊に入隊。
軍の期待値がどれほどのものだったかは、その新兵入隊式にわざわざデ・ウツギ総司令をはじめ、SUN恒星系方面隊の幹部たちが揃ってやって来たことだけでもわかる。
彼らは時おり顔を寄せ合って何かを小声で話しながら、ほぼ逸美の方ばかりを見ていた。
逸美も、エラい人たちの視線が自分に集中しているのを感じて緊張していたが、そこは他の新兵も緊張しているから、かえって目立たなくていい。
逸美のようなテンネンは、こういう場では少し緊張している方がいい。
メリー・ベール支隊司令官などは、式典が終わった後、わざわざ逸美のところまで来て「妹ができたみたい!」と喜んでくれた。
逸美も、支隊司令官と聞いて、どんな怖そうな人かと思っていたが、優しそうでお姉さんみたいな人だな——と安心した。
もっとも、後で聞いてみたら、見かけによらずけっこうなオバサンらしい。能力の高いエスパーでもあるという。
「え——! 20歳前かと思いましたぁ。若く見えますね!」
「ナメない方がいいぜ。2年前まではアース支隊エスパー部隊の隊長を務めていたんだ。あれで、なかなかのやり手婆だぜ。」
「しー! サーチされてるかもだぞ?」
迂闊なことを言った若い隊員が、慌てて口を押さえてあたりを見回した。見回したところでESPによるサーチなら、姿が見えるはずもない。
「大丈夫です。波動感じませんから——。」
逸美が笑った。楽しそうだな、ここ。
「そういうの、わかるんだ?」
「うん。」
「おーい、おまえら。油売ってないで。新兵歓迎会を始めるぞ。」
アースのエスパー部隊のデ・ユウラン隊長が、会議室の入り口で手を上げた。
「はい!」
「はい!」
エスパー部隊の新兵歓迎会が始まった。今年の新入りは3人。年上から順に自己紹介が始まった。
「ダンク・ナギ・アスラ・ムギと言います! 18歳です! フィンランド州立エスパースクールから予備科を経て来ました! よろしくお願いします!」
体のガッチリしたお兄さんだ。
「ジョージ・ラン・ハリソン、17歳です! 古くさい名前ですが、頭の中身は最新トレンドでいっぱいです! 中央エスパースクール出身! 後に続くスーパールーキーに追い越されての、スレスレ入隊です! よろしくお願いします!」
どっと笑いが起きた。次は逸美の番だ。
やはり、全員の期待と注目が少女に集まる。当然だろう。1年も前から、噂され続けてきたスーパーエスパーだ。
ただ、逸美の方も最近はこういう空気に慣れてきている。こういう場の緊張感のはずし方についても、意識してなのか生来のテンネンによるものなのか、名人芸のようなところがあった。
「イツミ・スズ・ハス・ワタリ! 12歳です! ラン・ハリソンさんと同じ、中央エスパースクールの・・・えっと・・・勉強は初等部卒業で、ESPは・・・、高等部・・・?」
また、どっと笑いが起きた。
「いちばん年下なので、イツミって呼んでいただいて結構です! よろしくお願いします!」
ペコっと全身でお辞儀をする。
なんだか、ベテランの誰かが子連れでパーティーに来たみたいな雰囲気だ。