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校長先生

 連邦軍アース支隊のメリー・ベール司令官が中央エスパースクールを訪ねてきたのは、事件から1週間経った日の午後のことだった。


「ご要望には、お応えできません。」

 校長室で面会したエマ・カスガ・ル・ハンナ校長は、一呼吸も置かずに拒絶の返事をした。

「あの子はまだ11歳の子どもです。」

「しかし、すでに教官を上回るほどの能力を、それも1人で5つもの能力を使いこなすというじゃありませんか?」

 ル・ハンナ校長は小さくため息をついた。

「基礎的学業の方では、まだ教えることが山ほど残っています。あなたは、子どもが教育を受ける権利をどう考えていらっしゃるんです?」

「それは・・・」

 メリー・ベール司令官は言葉に詰まった。しかし、これで引き下がるわけにはいかない。それでは子どもの使いになってしまう。

 司令官は粘った。

「初等部を卒業したら、ということではいけませんか? ご存知の通り、軍では10歳以下の児童の雇用は禁じられていますが、11歳以上であれば、特にエスパーの場合は能力によっては・・・」

「あなたも」

と、ル・ハンナ校長は穏やかに言った。

「簡単には引き下がれないお立場でしょう。あの子を欲しがってるのは、もっと上の方ではなくって?

でも、今日のところはお引き取りください。わたくしが上層部と直接お話をいたします。第一、わたくしだって、本人やご両親の意向も聞かずにお返事する立場ではありませんもの。」


 メリー・ベール司令官は、校長はデ・ウツギ総司令と直接話をするつもりなのだと受け取った。

 少なくとも、これ以上粘っても何も出ないと悟って、今回は引き下がることにした。が、ただ1つだけ念を押そうと思った。

「本人の意向だけは聞いていただけますか? ここだけで止めずに——。」

「もちろん。」


「やってみたい!」と、逸美は目を輝かせて言った。

 逸美にしてみれば、高等部で独り特別メニューの訓練をしているだけでは飽き足らない。

 連邦軍、という大舞台で自分の力を試してみたかった。

「でも、今はまだダメね。学校はESPの訓練をするだけのところじゃないのよ。」

 校長先生は、逸美の思いなどはお見通しだ。力のある者ほど、自分の力が世間でどの程度まで通用するのか早く試したいだろう。それは悪いことじゃない。伸びる時期にこそ、より高みを目指すべきであろう。

 しかし、11歳でしかない逸美には、まだこの学校に積み残しがある。

「惑星史の成績がかなり悪いそうじゃない?」

 あわわわわ・・・・・。


 両親も反対した。

「初等部だけは、ちゃんと卒業しなさい。」

「それに・・・」と、お母さんは言う。

「軍というのは、何をするところか分かってるの? 殺し合いもあるのよ。」

 それは・・・と逸美は思う。

 わたしが誰も殺させない。敵も味方も——。「殺し合い」は力が拮抗してるから、そうするしかないだけじゃないの? 圧倒的な力があれば、わざわざ誰かを殺したりしなくても、目的は達成できるはずでしょ?

 しかし、さすがにそれは口には出さなかった。思い上がってると思われるだけだろうと思ったのである。まだ、わたしは世間を知らない「子ども」だから・・・。

 逸美は軍に入隊してから、実際にそれをやってのけるのだが、この時はさすがにまだ誰も、本人でさえ、そんなことが可能だとは信じられなかったのだ。


 殺し——に関しては、たしかに少しだけ不安だった。「殺せ」と命令されたら、どうするのか?

 そんなことになったら、拒否して辞めればいい——と逸美は考えていた。まだ11歳なのだ。「命令違反」が、軍という組織ではどれほどの重罪になるのか、逸美は知らなかった。


 校長先生は、逸美の意思は尊重した上で、軍に対しても卒業まで待つように伝えることにした。

 メリー・ベール司令官は知らなかったが、ル・ハンナ校長はデ・ウツギ総司令よりもはるか上層部にパイプがあった。


 エマ・カスガ・ル・ハンナ。

 30年ほど前に連邦軍SUN恒星系の方面隊にいた軍人なら、その名を知らない者はいないだろう。

 この方面隊のエスパー部隊のエースだった。将来の軍幹部として期待されていながら、わずか22歳で「わたしは教師になる」と言って退役してしまった伝説の人物である。


 彼女は連邦軍中央本部に、直接コンタクトを取った。

「セラ・クレール長官を。」

「アポイントはありますか?」

 秘書室の係官が聞いてきた。

「ありませんわ。でも一応、エマ・カスガ・ル・ハンナからだと伝えていただけます?」

 係官は不得要領のまま、長官室に問い合わせをしているようだったが、すぐにテーブルの通信端末の上にセラ・クレール長官の立体画像が現われた。

「これは! ル・ハンナ先輩。お久しぶりです!」

「エマでいいわよ、ジャッキー。今は、あなたの方が出世してるんだし。」


 ジャッキー・セラ・クレールは、エマが除隊する頃、まだルーキーだったエスパー部隊戦闘員である。

 今でこそ連邦軍長官という要職にあるが、当時の新人たちが皆そうであったように、彼もまたエマに憧れてエスパー部隊に入隊してきた1人だった。

「ご連絡がいただけた、ということは、条件付きでもいいお返事がいただける、ということでしょうか? エマ先輩。」

「あら、もうそこまで報告が行ってるの? それとも、あなたの指令かしら? メリー・ベール司令官がうちに来たのは。」

「その人物を行かせたのは、たぶんデ・ウツギ総司令でしょう。私のところには報告が上がってきているだけです。ぜひ軍に招きたいと。すごい女の子らしいですね。エネルギー吸収バリアを3つも作ったんですって?」

「ええ、そうよ。——でも、まだ11歳の子どもなのよ。本人は行く気満々だけど、初等部の卒業までは待ってほしいの。」

「それをお聞かせいただけただけで十分です。今日最高のいい知らせですよ。エマ先輩!」

 エマは、くすっと笑った。

「ファーストネームに『先輩』をくっつけるのは変だわよ、ジャッキー。」

「そ・・・そうおっしゃられても・・・。先輩は、今でも我々の憧れでして・・・。でも・・・、たしかに変ですよね・・・。」

 そう言って、セラ・クレール長官も苦笑いした。

「あともう1つ。軍に入っても中等部の学業だけは続けさせること。それを条件に付けておくわ。あの子をESPバカにはしたくないのよ。ちゃんと教養だけはつけさせてね。」

「わかりました、先輩! 軍の中にも学校はあります。」

「決してバカな子ではないけどね。むしろ『勉強バカ』ではないと言った方がいいかしら。賢い子よ。」




  蛇足(登場人物紹介)


アランナ・メリー・ベールは連邦軍SUN恒星系方面アース支隊司令官で、能力の高いエスパーである。透きとおった銀の髪を持つ美人で、その風貌から実際の年齢よりも若く見られやすい。チンチョウゲの花が好き、というウワサも。。。

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