暴走特急
逸美が軍に入隊したのは12歳のときである。
そのきっかけになったのが、あの「大陸特急暴走事件」だ。
事件そのものは人々の記憶にも残っているだろうが、それを止めた11歳の少女のことは意外に知られていない。
逸美は8歳の時に一度、飛び級をした。11歳でもまた飛び級した。今は、高等部の中で16〜17歳がメインのクラスと一緒に訓練を受けている。
ただしそれはESPの訓練だけで、勉強の方まで同じではない。そっちの成績は同年代のクラスでほぼ真ん中だったから、午前中の授業は最初のクラスメートと一緒に受けていた。
午後のESP訓練の時間になると、逸美は高等部の訓練場にテレポートしてゆく。
学校の規則からは逸脱したひどく変則的な授業形態だったが、逸美の場合はこうするしか仕方がなかった。
逸美は11歳ですでに、5つの能力で職業エスパーの能力に達してしまっていたので、初等部で訓練するわけにはいかなかったのだ。
だからといって勉強の方がついていけるはずもなく、先生方は仕方なく、逸美を特例扱いにしたのだった。
かくして逸美の学校生活は、午前と午後の二股生活になってしまっている。
訓練では、大人の中に子どもが1人混じっている、という風情だったが、この子どもが、あらゆる訓練で突出した能力を見せるのである。
「君にはもう教えることがなくなってしまったから、別に午後の授業は来なくても大丈夫だよ。」
教官は「まだ子どもだから遊びたいだろう」と思って言ったのだが、逸美は思いっきりショックを受けたような顔をした。
「来ちゃ・・・ダメですか?」
「い・・・いや、ダメって言うんじゃなくて・・・。はっきり言って君の場合、私の能力すら超えてるから・・・」
「先生が課題を出してくれたら、わたし自分でチャレンジしますから。」
と、訴えるように言う。
「ああ、もちろん、それでいいなら? イツミが来たかったら、来てていいんだからね。そりゃあ、他のお兄さんお姉さんたちも参考になるだろうし・・・。」
逸美の顔が、ぱあっと明るくなった。
(この子、遊びに来てる感覚なのかな・・・?)
大陸特急の暴走テロ事件が起きたのは、そんな頃のことだった。
大陸特急——コンチネンタル・エクスプレス——と呼ばれるこの交通機関は、エアーコースターの原型となったリニアチューブを使って、レール上を時速800kmで走るというレトロな雰囲気を残した「鉄道」だ。
主要都市間を網目状に結び、大昔は物資の移動の主力としても使われたが、今では観光がメインになっている。
大量の物資は船で海洋を行く方が消費エネルギー量が少ないし、量や人数の少ない急ぎの移動には、転送ポッドや職業エスパーのテレポーターを使えばいい。
そんなわけで、最近の車両のデザインは、どんどんレトロな歴史的装飾に回帰している。
この特急列車の東行き便207号に爆弾が仕掛けられている、という情報が大陸警察に入ったのは、銀河暦706年のアース標準暦9月10日08:20時のことだった。
差別主義的新興宗教団体「真実の誇り」が犯行声明を出し、現アース政府の総辞職を求めてきた。
自分たちの「閣僚」がそれに取って代わると言うのだ。妄想も甚だしい。
当然、政府はそんな要求は呑まない。
が、問題は、列車のどこかに仕掛けられた5つの爆弾であった。彼らの主張を信じるなら、それは列車のスピードが時速200kmを下回れば爆発する。一定以上の衝撃が加わっても爆発する。
解除コードは、自分たち「真実の誇り」だけが持っていると言うのだ。
爆弾の場所は軍のエスパーのサーチによってほどなく特定できたが、爆弾そのものはESPシールドされている。エスパーによる遠隔解体はできない。
列車は、時速200km以上を維持し続けなければならない。そんな列車に爆発物の専門家を送り込み、列車外部のレールキャッチャー近くに仕掛けられた爆弾に近づいて解体する。
そんなミッションをどうやって行えばいいのか?
リニアの加速チューブは、隙間なく軌道上にあるわけではない。500mずつの感覚を空けて設置されているが、時速200kmで走り抜ける列車に、わずか500mの隙間で跳び移るというのは不可能だ。
テレポーターに技師をテレポートさせるとしても、どうやって高速で走る列車の車外に取り付くのか?
テレキネシスが技師を抱えて列車と同じ速度で飛ぶ——という案も検討されたが、リニアチューブと列車の間の隙間が狭すぎて危険だ。
テレキネシスで爆弾解体技師という者がいればいいが、そんな都合のいい人材はいない。
打つ手がないまま、列車は走り続けた。
しかし、やがてはこれ以上走ることのできない「終点」に着く。そこが、乗客の人生の終点になるのか・・・。
惑星政府は頑として「テロには屈しない」の基本方針のまま、銀河連邦軍に応援要請を行なった。
数時間後に連邦軍の精鋭エスパー部隊を乗せた船が、アースにワープしてきた。
「まずは列車を時速500kmまで加速してください。」
現場に到着するなり、シレイル・ガウ・カルワ隊長は現場責任者に言った。
現場責任者のタケル・ナギ・ディラン署長は、耳を疑った。加速したら「終点」までの時間が短くなるだけではないか。
「加速し終えたら、その先のリニアチューブを戦闘機で破壊します。惰性走行を続ける列車が時速200kmにスピードを落とすまでに、テレキネシスがテレポーターを抱えて並走飛行し、テレキネシスが爆弾の取り付け部分だけを破壊した後、間髪を容れずテレポーターが安全な場所までテレポートさせます。」
なるほど——。テレキネシスが列車に接近して飛べないのは加速チューブがあるからで、これを取り払ってしまえば、この作戦は可能だ。
しかし、もし1つでも失敗すれば、加速器を失った列車はやがて時速200kmを下回ってしまう。
チャンスは1回だけ。後のない作戦だったが、やるしかあるまい。
列車は加速され、戦闘機がその先のチューブを破壊した。
列車と並走飛行していた5組のエスパーチームは、チューブの取り払われたエリアに出るや否や、列車に接近して爆弾の取り外しにかかった。
だが、ここで問題が発生した。
爆弾の取り付け部が、ビスも含めてESP中和物質でできていたのだ。テレキネシスは役に立たない。
テレポーターがすぐに、ドライバーをその手の中にテレポートさせた。
「手作業ではずします!」
5人のテレポーターは、一斉に爆弾の取り外しにかかった。慎重に、慎重に——。衝撃を与えるわけにはいかない。
列車はどんどん減速してゆく。
間に合うのか?
この状況を、ちょうど惑星史の授業を受けていた逸美が察知した。エスパースクールは軌道から20km以上離れていたが、緊迫感やテレパシーの余波が逸美のサーチ能力に引っかかったのだろう。ある意味、逸美は授業に集中していない。
本格的にサーチすると、とんでもない事態が起こっていることがわかった。知ってしまった以上、逸美は放っておけない。
わたしなら、止められる。
授業中ではあったが、手を上げて先生の言葉を遮った。
「先生、すみません。ちょっと、大変なことが・・・。」
それだけを言うと、逸美の姿が消えた。テレポートしたらしい。