遊園地の友達
巨大遊園地『アーシアン・ワールド』は大陸一のレジャー施設で、中でも惑星一の長さを誇るエアーコースターは、予約がないと乗ることができない超人気アトラクションだ。
16輌の連結車輌で構成されたコースターが、コース上のところどころに設置されたリニアトンネルによって加速され、回転や放物線運動をしながら次のトンネルまで空中を跳んでゆく、というもので、並べられたリニアトンネル以外、レールもガイドも何もない。車輌が、トンネルからトンネルへ、まさに空中を跳んでいくだけだ。
リニアトンネルを連続して並べることで、16輌編成の車輌は、まるで蛇のようにうねりながら、空中を、上へ下へ右へ左へ泳ぎ抜けてゆく。
テレキネシスで空中を飛ぶことのできるエスパー(そんな人は高学年のエスパーにだって数えるほどしかいない)以外には、未体験の空間体験になる。
遊園地一番の絶叫マシンだった。
エアーコースターには、お母さんと2人で乗ることになった。
「オレは、高所恐怖症だから・・・。」
と、お父さんは弟のアキラと一緒に残る方を選んだ。お父さんは、これでも建築技師なのだが・・・。
「現場では、どうしてるのよ。」と、お母さんは笑うが、仕事の場合は「嫌だ」と言ってるわけにもいかない。
同僚に笑われながらも、真っ青な顔をしてフライデッキの手すりにしがみ付きながら担当箇所の検査をしているのだった。
アキラは「乗りたい——!」とぐずったが、これは諦めるしかない。6歳以上しか乗れない規則なのだから。
逸美はESP抑制リングを着けて、文字どおりその黄金色の瞳を輝かせてゲートの前に並んだ。テンションがハンパない。抑制リングがなければ、コースターの前を一人で飛んでいってしまいそうな勢いだ。
お母さんと並んで座席に座ると、安全装置がシュルンと体に巻きついて、コースターが動き出した。
風が、逸美のショートヘアを後ろへとなびかせる。レールは最初のトンネルまでしかない。
その先は、風と空が待っているだけ。
さあ、冒険に出発だ——!
先頭車輌が透明な素材で出来たトンネルに入ると、コースター全体が、ぐんっ、と加速され、そのまま空中に向かって放り出されて次のトンネルめがけて落ちてゆく。
次のトンネルのカーブに沿って向きが変わると、今度は斜め上方に急角度で射出される。
重力でスピードがゆるまってきた頃、次のトンネルが待ち構えていて、今度は真横に射出され、次のトンネルに向かって放物線を描いて落ちてゆく。
時にくるくると車輌がひねるように回転しして跳んだ。上も下もわからなくなるような感覚だ。
自分で飛ぶのとはまったく違うスピード感とスリルだった。
「ひゃあ—————ぅ!」
逸美は思わず声をあげていた。まわりからも、甲高い嬌声がいっぱい聞こえる。
サイコーに楽しい休日のひととき。
・・・のはずだった。
いくつかのトンネルを抜けた先に、その事故が待ち構えてさえいなければ——。
コースターが大きく上昇軌道を跳んで、次のトンネルに入ろうとした時・・・。
先頭車輌がトンネルの縁に接触して、ガンッと向きを変えた。2箇所の連結が外れて車列は3つに別れ、バラバラに空中に放り出されてしまった。
誰もが想像だにしていなかった事態だった。
嬌声とは違う悲鳴があがった。
見た目よりもうんと安全なアトラクションのはずだった。
二重三重に安全策が施されており、たとえ射出の方向が狂っても、先頭車両の行く先に次のトンネルの入り口が自動的に移動するようプログラムされているのだ。
あとでわかったことだったが、このプログラムに外部からの侵入があった。テロだったのだ。
だが、今ここにいる乗客たちにとって、原因が何であるかは関係ない。確実なのは、数秒後には地面に車輌ごとたたきつけられての・・・死!
しかし、ここに逸美がいた。
逸美は6歳ながら、これが緊急事態であることを直感的に把握した。
ESP抑制リングを引きちぎるようにして外すと、安全ベルトをESPで断ち切って空中に飛び出した。そのまま宙に浮かんで大きく両手を広げる。
髪の毛が真紅になった。
瞳が黄金色に輝いた。
バラバラに飛んでいた車輌が、空中にふわりと受け止められるように浮かび、そのあと、ゆっくりと安全な場所に下りていく。
施設の係員たちが、血相を変えて駆けつけてくる。子どもたちの泣き声が聞こえ始めた。
「ふう・・・」
ホッとした表情でお母さんの乗っている車輌の近くに舞い降りようとして、その途中、逸美は同じ車輌にシグルが乗っていたのを見つけた。
向きを変えてその近くに降り、駆け寄ろうとする。
「大丈夫だった?」
だが、逸美はシグルから意外な言葉を投げつけられた。
「来るな!」
シグルは目に涙を浮かべている。
「おまえなんか・・・嫌いだ!」
すごく怖かったんだろうか? そうだよね。でも、これはわたしがやったんじゃない——!
言葉に出せないその思いを呑み込んでから、逸美はシグルのズボンとコースターの中が濡れていることに透視能力で気づいた。
あ、・・・・。
別に透視しようと思ったわけではない。逸見もまた、動転してESPの発動を抑えきれていないのだ。
逸美はそれ以上何も言わず、くるっと踵を返し、お母さんのもとに駆けていった。逸美の目からも涙がこぼれている。
そのまま、べちゃっとお母さんの胸に顔を埋めた。
「怖かったのね。」
と、お母さんは逸美の頭を撫でてくれた。
「でも、イツミ。あなたがみんなを救ったのよ。偉いわ。本当によくやったわね!」
違うの。そっちじゃないの——。
逸美はぎゅっと目を閉じたまま、大急ぎでESP抑制リングを首に着けた。そうしないと、テレパシー能力でシグルの頭の中をスキャンしてしまいそうだったから。
違うよね? 本当に嫌われたわけじゃないよね? 見られたくないから、遠ざけようとして言っただけだよね?
「大丈夫。誰も怪我していないわよ。」
お母さんは優しく逸美の頭を撫で続けてくれている。お父さんがアキラを抱っこして青い顔で走ってきた。
「大丈夫か、みんな?」
「大丈夫よ。この子が守っちゃったから。ほんと、凄いよね。自慢の娘だわ。」
お父さん、お母さん、ありがとう。
・・・うん。もう大丈夫——。
わたしは気がつかなかった!
秘密にしたら、絶対に守る! だから・・・、来週も、シグル。口きいてくれるよね?
逸美はようやく、涙を頬っぺたにくっつけたまま、両親を見上げた。
むつかしいな・・・。友だちの気持ちって——。
逸美の意識では、クラスメートはみんな同じように「友だち」なのだった。