崩壊
スラ・グスル医師は、研究所から送られてきたデータを精査するにしたがって、血の気が引いてゆくのを感じていた。
(あいつら。ここまで判ってて、本人には黙ってたのか・・・?)
怒りと絶望が同時に湧き上がってきて、スラ・グスルは吐きそうになった。
「あの子に・・・、なんて言えば・・・・。」
独り、デスクの上で頭を抱え込んでしまった。
研究所のデータと、病院での病理検査の結果を突き合わせるなら・・・。結論は1つだ——。
あの子は・・・、イツミ・スズ・ハス・ワタリは、遺伝子レベルで崩壊を始めている!
どうすればいいんだ?
特定の遺伝子配列が相互作用を起こしていることは、分かる。たぶん、それで間違いない。
それがおそらく、彼女の異様なほどのESPポテンシャルを生み出している要因と表裏一体の関係でもあるのだろう。
だから、ESPを使えば、それだけ崩壊が早まる。もちろん、このまま放っておいてもESPポテンシャルそのものが存在する以上、いずれは・・・。
ゲノムのどこか・・・をほんのわずかに切断すれば・・・。配列の相互作用をストップさせられる可能性は、十分にある。
簡単な操作だ。——受精卵ならば・・・。
だが、彼女は・・・イツミは、もう15歳にまで成長してしまった成体だぞ。どうやって体中の細胞の同じ場所を「改変」できるんだ?
どうすれば、いい?
どうやって彼女に説明する?
病因は、自分自身の「存在」そのものの中にある——だなんて・・・。
そもそも、そんな話・・・・。絶望以外のなにものも生み出さないじゃないか!
スラ・グスル医師は結局、逸美に対しては「わからない」ということにしておいたが、逸美の病状は悪化を始めた。
ESPは使っていないのに、少しずつ、少しずつ、逸美の身体は崩壊し続けていた。指先だけでなく、手や足や顔にも皮膚が溶け落ちる箇所が現われていった。
クメリアはスラ・グスル医師から「原因」について聞いていたから、逸美に面会している時に泣き出してしまいそうになるのを必死に堪えていた。
逸美の能力ならクメリアやスラ・グスル医師程度の防御は破って頭の中をスキャンできるはずだが、逸美は頑なにそれをしようとしなかった。
真実を知るのが怖いのか、それとも「むやみに他人の頭は覗かない」をこの不安の嵐の中ですら守り通しているのか。
「大丈夫だよ。きっと、よくなるから・・・。」
そんなふうに言ってクメリアに笑いかける逸美の顔には、すでに2カ所ほど皮膚の溶けた箇所がある。
やがてこれが、筋肉や内臓にも及ぶ可能性がある、とクメリアはスラ・グスル医師から聞いていた。
そんな頃、中央軍事研究所のマスト・デラ・ケラ・ダハドと名乗る主任研究員から「コールドスリープ」の提案が入った。
「もしかして、ハス・ワタリ本人の遺伝子配列に病因があるのではありませんか? 我々は送られた爪のサンプルを分析した結果、そういう見解を持ったのですが。スラ・グスル先生のご見解は、いかがです?」
何を今ごろ、白々と! と、スラ・グスルは思ったが、それは顔色にも出さず、情報を引き出そうとした。
「私の方も、ほぼそういう結論ですが・・・」
「そうであれば、現時点では治療の方法がありません。——そこで、提案なんですが、こちらにコールドスリープの設備があります。治療法が見つかるまで、とりあえず病気の進行を止める、ということで・・・。」
それは1つの選択肢かもしれない——とスラ・グスルは思った。ただ・・・
こいつらに委ねるのは、どうも・・・。このケラ・ダハドという人物の声は、どこか響きが冷たい。
こいつらがイツミ本人にも知らせずにあのデータを採っていたのは、どうせ超エスパーのクローン部隊でも作るのが目的だったんじゃないのか?
そうでなければ、もっと早い段階で、本人のために何らかの対策が打てたはずだ。
こんな連中の管理下に、コールドスリープに入ったあの子の身体を任せてもいいものだろうか——?
スラ・グスル医師が懸念したとおり、ケラ・ダハドが考えていたのは、冷凍保存した逸美の身体を使った「実験」だった。
なんとなれば、完成したばかりの「遺伝子変換器」を使えば、全身の細胞の遺伝子改変は簡単にできる。
逸美の生命もそれで救えるはずだ———が、それでは「研究」がそこで止まってしまう。




