表敬訪問
逸美の検査については、足踏み状態が続いていた。というより、逸美には何を調べているのかもよく分からなかった。
何度も同じようなデータを採っては、それを繰り返しているだけにしか見えない。最初は、自分が他の人と違う理由が少しは判るかと期待していた逸美だったが、ただ検査したデータをその都度渡されるだけで、説明らしい説明もされないので、だんだん飽きてきていた。
「何か、分かりましたぁ?」
「いや・・・、何というか、データが安定しなくて・・・」
しかし、そういう研究員の言葉は、あくまで表面上のもので、研究部門の奥のさらにまた奥深くでは、他の誰にも、もちろん逸美にも知らされずに、あるプランが進行していたのだ。
「研究がはかどっていないようだが?」
兵器開発部のシュピーラ・ゴード・ザクトリア部長が、主任研究員のマスト・デラ・ケラ・ダハドに渋い顔で言った。
「なにぶん、これまでのESP科学の常識をひっくり返すようなデータが、次々に出てきていまして・・・。ESP論文の半分を書き換えなければならないほどの勢いなんです。手探り状態で、全く新しい未知の現象を解明しようとしているようなものでして・・・、どうしても時間がかかるんです。」
ケラ・ダハド主任研究員は、弁解がましく話した。
「それに、サンプルのデータ採りが『任意』なものですから・・・。もう少し集中的にデータを採ることができれば・・・。」
「ケラ・ダハド君。言い訳を聞きたいんじゃない。」
ザクトリア部長は、冷たく突き放した。
「だいたい、軍命で『研究対象』にするなどということを、どうやって上に通すつもりだね? 人権委員会が出てくるに決まっている。それでなくとも、すでに有名人なんだ。もう少し可能性のある研究結果が得られているなら、予算も体制もつくだろうが。」
「と・・・、とりあえず、遺伝子のどこか特定の部分ではない、ということだけは判明しました。どうやら、その・・・遺伝子全体の配列の問題であるらしい、ということまでは——。」
「遺伝子変換器の方は、ほぼ完成に近づいている。君の方が遅れをとっているぞ。」
「こ・・・こちらの方は、全くの未知からのスタートです! それに出だしも後からですので・・・」
「それは分かっている。言い訳は聞きたくないと言っただろう。とにかく——。
志願兵を無敵の改造エスパー軍団に作り変えることができるとなれば、少なくともその可能性だけでも見えれば、うちの研究部門にふんだんな予算がつくことは間違いないのだ。」
しばらく黙ってメモリスティックをいじり回していた後、ケラ・ダハド主任研究員は思い切ったことを口にした。
「採取した血液サンプルから、クローン体を作ることをお許し願えれば・・・。」
ザクトリア部長は目を光らせたが、口から出たのは常識的な言葉だった。
「それは、違法だ。私は許可できん。私は——な。」
(つまりそれは、私が勝手にやった、ということなら目を瞑るということですね?)
ケラ・ダハドは、目だけで部長にそう伝えた。
(よく分かってるじゃないか。)
ザクトリアもまた、目だけでそうケラ・ダハドに伝えた。
第7分隊のキリ・アード副艦長は、鼻が大きい。どうやらその大きな鼻腔に音が反響することで、あの独特な包み込むような柔らかな声になるようだった。しかし、そういう解剖学的な解説は逸美の気持ちにはなんら関係ないだろう。
マーズ方面で作戦があるたびに、逸美は第7分隊の戦闘艦を表敬訪問したがった。
「おまえ、あの威張りくさったガパラ・キング艦長が好きなのか?」
ジライドなどは不思議がったが、クメリアは内心可笑しがっている。
別に、挨拶するのは悪いことじゃない。相手の管区内で「仕事」をしたんだから、むしろ挨拶くらいしていくのが当然だが、しかし、わざわざ艦内まで出向いてする必要はないだろう。
(ジライド、あんた。どこまでニブいのよ、このトーヘンボク。イツミのお目当ては、あの副艦長の方だわよ。)
今回のチームは、クメリアがリーダーだ。
「それじゃ、ちょっと第7分隊に挨拶していこうかね。」
「はい!」
「はっはっは。サシャ・タミヤ殿。わざわざのご訪艦、いたみいりますな!」
このごろは、ガパラ・キング艦長もあからさまな上から目線は遠慮している。なにしろ、ジライド、クメリア、イツミ——この3人を含むチームは、つい先ごろ長官賞を受賞しているのだ。
しかも逸美にいたっては2つも勲章を持っているのだから、誰がどう見たってガパラ・キング艦長よりも格が上だろう。
ところが、逸美は「年下」というのを前面に出して、艦長にも最大の敬意を払い続けていたからガパラ・キング艦長も自尊心を満足させられたのか、このところジライドたちにも対等な敬意を払うようになっている。
さて、キリ・アード副艦長。
「ご活躍はうかがっていますよ、ハス・ワタリ殿。」
「あ・・・ま、まだ・・・こんな未成年ですから、『イツミ』と呼んでくださって結構です!」
(おいおい、イツミ。おまえ、らしくないぞ。)とクメリアは可笑しい。
「あっはっは。いやいや、勲章を2つも持った方にそのような不躾なことは——。」
副艦長は気づいているのかいないのか、その独特な響きのある声で目上に対するような敬意のこもった言葉で話しながら、ごく自然な感じで逸美と握手をしてくれた。
あったかい、大っきな手だ。
心なしか逸美の髪の紅みが薄まったように見えたのは、その頬との比較による目の錯覚であろう。




