研究所
逸美が14歳の誕生日を迎える少し前、ESP研究所の職員と名乗る複数の人物がアースエスパー隊を訪ねてきた。
アースの研究所からではない。惑星クルトゥスにある中央軍事研究所からである。
「イツミのポテンシャルの秘密を調べたい、と言うんだ。上層部からとは言え、命令ではなく要請だから、拒んでもいいんだぞ。」
デ・ユウラン隊長は珍しく、なんとなく歯切れの悪いもの言いをした。
「大丈夫です。それは、わたしも知りたいことですから。」
隊長に言われるまでもなく、逸美も訪ねてきたメンバーたちの奇妙に冷たい目が気になってはいたが、好奇心の方が勝った。
それに、軍人なら軍に協力すべきではないか。
検査は軍務が空いている時に、不定期にクルトゥスの中央軍事研究所で行われた。だいたい、月に2回くらいのペースである。
逸美はそこで、思いがけない人物に会った。
「イツミ!」
「へ?」
ふり返ると、そこに背の高い少年が立っている。
「シグル?」
「ご名答!」
「うわあ、背、伸びたぁー! 見違えちゃった。懐かしいねー!」
すぐには分からなかったほど、背が伸びて明るく快活な表情になっていた。
「ここで、何してんの? アースにいたんじゃないの?」
「学校の休みの日に、ここの研究施設にきてるんだ。」
「シグルも何かの検査?」
「僕は研究。それと、訓練も——。」
何もこれといったESPが覚醒しないと思われていたシグルは、実は銀河連邦で初めての「電子を操れるエスパー」だったらしい。
かつてタブレットに絵を描いていた時、もちろんシグルの画才はあるのだが、タブレットの電子回路の電子をイメージ通り操っていた——ということらしいのだ。
「子どもの頃の僕の絵が、子どもの技術じゃないような仕上がりになっていたのは、どうやら電子を直接操ってイメージを画像にしていたから、らしいんだ。」
「本当にESPだったんだ!——って、美術の時間の絵は電子と関係ないから、やっぱりシグルの絵の才能は本物だよ。」
「ありがとう。イツミにそう言ってもらえると嬉しいな。そっちはそっちで今、学校の美術サークルでアース展に向けて製作中さ。暇があったら見にきてよ。」
「もちろん、行くよ! 案内、送ってね。アースエスパー部隊宛てだけで、ちゃんと届くから!」
シグルは、なんだかすごく積極的な少年に成長していた。そんなシグルに会えたことが、逸美には嬉しかった。
うん。研究所、来ててよかったなぁ——。
逸美の方の検査は、手探り状態、といった感じで、脈絡のない検査を繰り返してはデータを採っていた。
たとえば、逸美が複数の能力を使う時のESP波動を計測したり、バイタルチェックをしてみたり、血液を採取してゲノム解析に回したり——といった具合だ。
それぞれの検査データは逸美本人にも渡されたが、血液のゲノム解析の結果はもらえていない。データから何がわかったか、も言葉を濁されている。
なんだか実験動物になったみたいで、嫌な感じだ。
「承諾書にサインしたでしょ? 控え、持ってる?」
クメリアが心配して逸美に話しかけた。
「うん。」
「見せてごらん。」
逸美がタブレットに表示してクメリアに見せると、クメリアはそれをスクロールしながら読んでいった。
「ふむ。特に変なことは書いてないな。一般的な許諾と、個人情報や遺伝情報の取り扱いに関する禁止事項もちゃんとしてる。」
逸美はもらったデータもクメリアに見せてみたが、
「これだけじゃ、何も分からないなあ——。生物学的には、特段変わったところはないなぁ。」
と言った。
「ESPの研究員だったら、何か見つけるかもしれないけど・・・。友達に研究院に残ってESPの研究してる人いるけど、意見聞いてみる? イツミがそのデータ見せてもいいなら、だけど。」
「うん、それは別にいいんですけど・・・。でも軍の研究所でも分かんないことが、研究院の人でわかるでしょうか?」
「中央研究所の方は、何かを隠してるかもしれないでしょ。軍というところには、いろんな人がいるものなのよ。」
2人のオフが重なった日に、クメリアは逸美を誘ってアースのガンジス研究院に出向いた。
建築家のアイーダ・ゾル・ド・コスギの作というその建物は、半分山に埋まったガラスの結晶体みたいな不思議な形をしていた。
研究院のロビーで待っていると、クメリアの中等部の同級生だというカリオ・デラ・サダ・マンタという人が現れた。
「ごめん、ごめん。待たせちゃって。」
ヒョロっとした背の高い男性で、浅黒い顔に緑色の瞳の人懐っこい目を持った、いかにも研究者、という雰囲気の人だ。
「この子が、そのハス・ワタリさん? すごいポテンシャルで、複数の能力を同時に使いこなすという——。」
クメリアが改めて紹介し、逸美がぺこっと頭を下げると、カリオは照れたように頭をかいた。
「美人・・・だねぇ。」
「まだ未成年だからね、カリオ。」
「そんなこと、ボク何も言ってないでしょぉ?」
クメリアの友達というだけあって、見かけよりもテンポのいい掛け合いの後、カリオはすぐ本題に入った。
「で、見てほしいっていうデータは?」
逸美はタブレットを操作して、研究所で採ったデータを表示して見せた。
「これなんですけど・・・。」
「ふうん・・・。」
タブレットをスクロールして見るカリオの目は、冗談を言っていた時とはうって変わって研究者の鋭い眼差しになっている。
「複数の能力を使っている時のハス・ワタリさんの波動特性の一部に、ちょっと気になる数値があるけど・・・」
そう言ったまま、カリオはしばらく沈黙して、何かを考えているようだった。
「これ、普通にあり得ない数値なんだよな・・・。でも、そこまでだ。悪いけど、これだけじゃボクにも何が何やら・・・。」
それからカリオはまた、あの人懐っこい目に戻って2人を見た。
「せっかく来てくれたのに、すまないね——。よかったら、施設の中を少し案内しようか?」




