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クラスメート

 明るくて素直で少しテンネンの入った逸美は、すぐにクラスの人気者になった。

 当然のこととして、そういう子はスクールカーストの頂点か、さもなくば嫉みの対象になりやすい。


 大人はともすれば子どもを純真無垢などと考えたがるが、子どもというのはけっしてそんなものではない。

 経験量の少なさから、あどけないのは当然としても、未熟である分、大人なんかよりはるかに醜い部分を露骨に出すことがある。

 怒り、嫉妬、阿諛、残酷・・・・。


 逸美のクラスでも、大人たちに見えないところで、そういう子どもならではの魔性たちの嵐が吹き荒れることはあったが、不思議なことに逸美はそういう嵐に巻き込まれることが少なかった。


 一つには、逸美のESPレベルが巨大過ぎることがあるであろう。

 嫉妬というのは、相手が競争相手でありうる場合に起こる。圧倒的な力の差というものは、むしろ憧れにしか結びつかない。

 このESPレベルの大きさで、逸美はクラスでも一目置かれていたのだが、そのことを鼻にかけるでもなく・・・というより、本人が全く気がついていない——というテンネンぶりが、逸美の可愛らしさであった。

 嫉妬があるとすれば、そういう逸美の人気に対してくらいだっただろうか。


 強いスクールカーストが形成されないのは、逸美が人に対する好き嫌いをはっきりさせず、誰に対しても等しく接することが影響しているようだった。

 そういうあたりの逸美の距離感覚、というか、対人距離の取り方というのはちょっと絶妙なところがある。

 が、それはどうやら意図的なものではなさそうだった。


「ここ、空いてる?」

 逸美が食堂の1つのテーブルに昼食のトレイを持ってやって来て、そこに座っていたシグル・ドル・タイ・カズラに聞いた。

「あ・・・、空いてるよ。」

 シグルは同じクラスの男の子だが、少し変わったところがあって男子の中でもちょっと浮いた存在だった。1人で座っていたのも、たぶん「仲間」がいないせいだろう。

 だが、逸美はそれに同情してここに来たわけではない。ただ、そのテーブルが空いていて、そこにクラスメートがいた——という理由だけだった。


 クラスメートといっても、全員が逸美より年上だ。シグルも早入学だが、逸美より1つ年上の7歳である。

 シグルは逸美が自分のテーブルに来てくれたことが嬉しかったようで、少し頬を上気させた。が、そういうことに逸美は頓着しない。

「今日のメイン、イワシの煮付けだよ。珍しいね。高級料理だよ?」

 逸美の関心は食べることの方にある。


 そのあと、数人の女子のグループが逸美の背中の方からテーブルに近づいてきた。逸美の取り巻きになりたがっているグループだ。逸美を手に入れれば、カーストのトップに立てる。

 何人かがシグルに対して、露骨に「邪魔よ」という視線を送った。

 気おくれしたシグルがトレイを持って立ち上がろうとするより早く、逸美がふり返って

「あ、キャス。」

と、今気がついたように一番下と扱われている女の子の名を呼んだ。

「席、足りない——か。じゃ、わたしがズレるね。」

 そう言って、誰もが二の句が継げないでいる間に、上級生2人が座っている隣の4人がけテーブルに移ってしまった。

「失礼しますぅ。いいですか?」

「ああ、・・・いいよ。」

 上級生の男子2人は、話題の「妹」が同じテーブルに来たことにまんざらでもない様子だ。


 残された女子グループは、ものの見事に外されてしまったその意図のやり場に困り、その空気は自然にシグルに向けられてしまった。シグルこそいい面の皮である。

 シグルは居づらくなって、トレイを持って別の場所を探しに歩き出した。そのやや卑屈な背中に、取り巻き希望グループのリーダー格が冷たい視線を送る。

「席、空い・・・」

 リーダー格が逸美を呼び戻そうとしたときには、逸美はもう嬉しそうにイワシをほおばっていた。


 逸美はまわりが思っているほど、まるっきりのテンネンというわけでもない。かといって、6歳の幼女がこういう行動を計算づくでやっているわけでもない。

 逸美は、自分のまわりに風通しの悪い人間関係ができるのを反射的に避けてバランスをとる、という一種大人びた不思議な感覚を持っていた。

 それが、このクラスにカーストを生み出さず、多様性が息づく空間を作り出すという、いい意味での混沌カオスを創っている。

 もちろん、逸美自身にそんな意識はない。


 逸美のこのバランス感覚は、生来のものもあるのかもしれないが、幼児期の母親の影響もあるのかもしれなかった。


 母親は、最初から幼児言葉を使わなかった。

 言葉を話しだす前の逸美に対してすら、まるで一人前の大人に対するようにその「意思」を尊重しようとした。

 少しの「ぐずり」やわずかな微表情に逸美の気持ちを読もうとし、その空気を使ったレスポンスに、きちんとした「大人の言葉」を乗せて対応していた。

 逸美の「大人びた何か」は、そんなところで意識の深い部分に育まれたのかもしれなかった。




 さて、そんな低学年のエスパースクール寄宿生たちも、週末になればみんなただの「親の子ども」に戻ってしまう。

 逸美とて例外ではない。


 その週末、逸美は遊園地に連れていってもらうことになっていた。大陸一の大きさ、と言われるエアーコースターに乗せてもらう約束だった。

 逸美は、嬉しいとなれば全身でそれを表現した。朝から、漏れ出したESPを抑制しようともせず、ふわふわと部屋の中空を漂っている逸美に、同室のカレンが笑いながら言った。

「イツミってば、エアーコースターのマシン要らないじゃないよ。(^_^;)」

「自分で飛ぶのとは違うんだってば—— ♪」

 逸美は手に持ったESP抑制リングをくるくる回して部屋の天井付近を漂いながら、ワクワクが抑えられない。


 まだ6歳。気がゆるめばESPの制御もゆるんで漏れ出してしまう。



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