不殺の戦士(中編)
母艦のエスパー待機デッキは、ESPシールドの外にある。そこはデッキ以外、全天をほぼ透明な対衝撃ドームで覆われているだけだ。
いつでもそこからエスパーが出動したりESPを使ったりできるようにだが、同時にそれはエスパー隊員たちを戦場の真っ只中にさらしている状態でもあった。
隊員は船外戦闘に備えて全員宇宙服を着込んでいる。ただし、空気のあるドームの中ではヘルメットの前面フードだけは開けていた。
彼らは、待機はしているが、安全な場所にいるわけではない。ドームはレーザー弾程度ははじき返すが、必要に応じてバリアラーがバリアを張らねばならなかった。
ダンクとジョージの呼吸が速くなっている。
「いいか。訓練を思い出せ! 各人が必要なことを必要なだけ行っていれば、我々が被害を受けることはない。」
ベテランのイマル・カリ・エンターが新人2人を励ました。その一方で、デ・ユウラン隊長が拳を握りしめている逸美を牽制する。
「おまえはまだ、何もするな。」
わかっている。わたしが何かをやったって、かえってチームの能力バランスを崩すだけになってしまう。今は、辛抱して隊長の指示を待つ。
だけど・・・・目の前で散っていく命の数は・・・!
突然、猟団の戦艦の1つがマーズ艦に向けて波動砲を放った。この、敵味方の戦闘機が入り乱れての混戦の中でだ。
逸美の体が、びくっ、と動いたが、まだ隊長の指示は出ない。
巻き込まれた十数機の戦闘機が、一瞬で宇宙の塵となって消え、マーズ艦はバリアを破られて艦首部分を大きく破損した。
「なんてことを・・・」
逸美は思わず口に出してしまった。敵も味方も関係なしなのか?
「イツミ!」
デ・ユウラン隊長の命令が下った。
「波動砲の砲口を潰せるか? 無理ならバリアで覆うだけでもいい!」
「はい!」
アースエスパー隊の母艦のデッキの上に、無数の巨大な光の剣が現れた。それが猟団の艦の砲口めがけて一斉に放たれる。
波動砲を撃つためにバリアを解いていたのか、それとも逸美の光の剣がそれを突破したのか、敵艦の波動砲の砲口は、強い光とともに外装甲をめくれ上がらせるようにして大きく破損した。
逸美の光の剣と、内部の波動エネルギーがぶつかって爆発を起こしたのだ。
それだけではない。逸美の放った光の剣は、その戦艦の砲口という砲口を全て破壊して黙らせてしまった。
逸美の瞳に、これまで見せたことのない「怒り」のようなものが宿っている。
「もう1つの敵艦も潰せるか?」
デ・ユウラン隊長は、命じながらその瞳の光を見て思った。
(大丈夫だ。この子は、ちゃんと戦士だ。)
逸美が前方のもう1つの敵艦に意識を向けたとき、背中に異様な悪寒が走った。
ほとんど反射的に、逸美は母艦の後方にバリアを張った。直後に、バリアと波動砲のエネルギーが対消滅する虹色の光がデッキを照らした。
「後ろにもう1艦いるぞ!」
「イツミ! あれを先に黙らせろ!」
デ・ユウラン隊長が命令を出した時には、もうすでにデッキのドームの上に巨大な光の剣が無数に現れていた。
それは、猟団が「切り札」として取っておいたはずの第三の戦艦の砲を全て、瞬殺で黙らせてしまった。
これが大きく戦況を動かした。
「全艦、突撃!」
メリー・ベール司令官の声が、各艦に響いた。
5つの戦艦が砲撃で援護する中、船腹から続々と突撃艇が現れ、敵の3つの戦艦と5つの小惑星基地に向かってゆく。
「我々は、まだだ。突撃艇が敵戦艦の腹に穴を開けて取り付いてから、船内にテレポートして合流する。」
デ・ユウラン隊長が、逸るエスパー隊員たちを抑えた。
あちこちを被弾した敵戦艦が、大きく向きを変えて離脱する体勢に入った。2艦の砲を全て封じられ、突撃艇まで出てきては勝ち目がない。
まだ通常砲の生きている残りの1艦が、レーザー弾の連射でその運動を援護する。
「隊長、あの艦の砲も潰しますか?」
逸美が隊長を見上げると、デ・ユウラン隊長は前を見たまま、口だけに微笑を浮かべて言った。
「いや、波動砲はこちらに倣ってガニメデ隊がすでに潰している。残りも彼らに任せよう。あまりに我々がやってしまうと、向こうのお手柄がなくなるからな。
それよりイツミ、逃亡防止のために艦尾の推進口を壊せるか?」
「はい!」
デ・ユウラン隊長は「できれば」くらいのつもりで言ったのだが、逸美はデッキの上に巨大な光の剣を3つ作ると、それを3艦の敵戦艦に向けて放った。
それはカーブを描いて敵戦艦の艦尾に回り込み、それぞれの推進口内のエネルギーと反応して爆発した。
敵戦艦はその爆発の反動で、それぞれあらぬ方向へ動き出したが、それは単なる慣性運動でしかない。
敵の3艦は、完全に姿勢制御と運動機能を失った。
そこへ連邦軍の突撃艇が、病原菌に取り付く免疫グロブリンのように襲いかかり、いよいよ戦闘員の突入が始まった。それに合わせて、デ・ユウラン隊長もついに隊員たちが待ちかねた突撃命令を下した。
「よし! 我々も乗り込むぞ! ここからが、我々の本当のお仕事だ! 気を引き締めて行け!」
テレポーターが部隊を敵艦内に運ぶ。逸美も、隊長を運んでテレポートした。
逸美は、そこで初めて「死体」を見た。
腕や足が千切れ、または、腹わたが飛び出した死体が、擬似重力装置の壊れた艦内の廊下を漂っている。
「うっ・・・!」
逸美は、無重力の艦内で体を丸めた。
「うげっ!・・・ごぼっ!」
ヘルメットの視界がなくなった。もらった緑色の袋は、役に立たなかった。
「イツミ、空気のある部屋に行け。クメリア、ついていってやれ。」
デ・ユウラン隊長が、それは織り込み済みといった声音で、近くにいたヒーラーに指示を出した。前方で連邦軍兵士と猟団の海賊が激しい撃ち合いをしている光が、ミュージッククラブの演出みたいに、死体の浮いた廊下を照らし出す。
逸美は言われたとおり、ヒーラーのクメリア・ラン・サシャ・タミヤと共に隣の区画にテレポートして避難した。
そこに、折り悪く敵の海賊兵がいた。その兵が銃を向けるより速く、クメリアがそいつを撃った。
「あっ!」という声とともに、その兵は床にうずくまった。
逸美が自分のヘルメットのフードを上げると、倒れている兵が見えた。まだ少年だ。逸美より2つくらい年上だろうか。腹に穴が開いて、血が流れ出している。
その穴を手で必死に押さえながら、自分は今ここで死ぬんだ、という恐怖と、それが信じられないという目でこちらを眺めている。
「あ・・・あ・・・」
逸美は言葉にならない声を発して、片手をかざした。少年兵の傷が、みるみるふさがっていく。
「助けるの?」
と、クメリアが意外そうな声で聞いた。
「あ・・・あう・・・あ・・・」
逸美はやはり言葉にならない声だけを出して泣いている。クメリアがこれまで見たこともない表情で、逸美は泣いている。
吐瀉物の残渣を顔中にくっつけたまま・・・。
逸美は、軍に入って初めて泣いた。
悔しい! 悲しい! 腹立たしい! 情けない! ・・・・・どの言葉が、今の逸美の気持ちを最も代弁するのだろう。
「よかったね、助けてもらえて。有難いと思うなら、そこで大人しくしてなさいよ。でないと、もう1回撃つよ。」
クメリアはうずくまっている少年を見下ろして、床に落ちている少年の銃を足で遠くに蹴飛ばした。それからウエットシートを取り出して、逸美の顔の汚物を拭き始める。
顔を拭いてもらいながら、ようやく逸美は言葉を紡ぐことができた。
「す・・・すびばせん・・・。こんな・・・・」
涙を流しながら、歯を食いしばろうとする。
「いいのよ。わたしだって、初めて間近で戦死した人を見たときはおんなじだった。みんな通る道なのさ、軍人なら。イツミ、あんたまだ13なんだもん。仕方ないよ。
でも、辛かったら辞めてもいいんだからね? あんたはまだ、本当なら学校で友達と遊んでる年齢なんだから。」
逸美の内側に、後悔が嗚咽のようにわき上がってきて、止められなくなった。
甘かった。戦場で誰も殺させないだとか——。自分の能力に思い上がってた・・・。
こんな狂った空間の中で、そんなことできるはずなかった。ばかだった・・・。何もわかってなかった・・・。
目の前で、人がどんどん殺されてゆくのに、わたし、何もできなかった。
・・・・・無力だ・・・・・
今にも自殺しそうなほど絶望的な顔をして、無声のままで泣き続ける逸美に、クメリアはどうしていいかわからず、ただ、両手で包むようにしてヒーリングの波動を送り続けることしかできない。
そのうち、逸美は首を垂れ、無言のまま動かなくなった。
(波動が効いて眠ったんだろうか?)
クメリアはそう思ったが、違った。逸美は目を閉じてはいない。
逸美の中で、気が整いはじめ、ESPが正常に機能するようになりつつあったのだ。逸美はわずかに顔を上げた。
上目づかいに中空を見つめる黄金色の瞳に、光が宿りはじめている。
逸美の透視能力は、艦橋付近で繰り広げられている激しい戦闘の様子をサーチしていた。
ネスパタイト弾とESPの連携攻撃に、味方が苦戦している。死傷者も増え続けているようだった。
「わたし・・・、行かなきゃ。」
「大丈夫なの、イツミ? 無理しなくていいんだからね。」
「仲間が苦戦してるの。助けに行かなきゃ。助けに行くだけだから・・・。戦おうとしたら、きっとまた、みんなの足引っ張っちゃうから・・・。だから、助けるだけだから・・・!」
クメリアに笑顔を見せようとするが、目が泣いている。
「なら、わたしも一緒にテレポートして。わたしも、助けるのが仕事だから。」
クメリアは逸美に微笑みかけてから
「でも、ちょっと待って。」
と言って、うずくまったままの少年兵に近づくと、手足を拘束バンドで拘束した。
「後で回収に来てやるから、大人しくしてな。優しい戦士に感謝するんだね。あんたが運良く3人以上殺してなければ死刑は免れるよ。もらった命は、大事に使えよ。」
それから、逸美のそばに戻って、その黄金の瞳をまっすぐ見た。
「さ、いいよ。一緒に行こう。」




