優しい怪物
逸美のサーチとテレパシーのおかげで、突入部隊は順調に敵を追い詰めていった。敵は抵抗しながらではあるが、上階へ、上階へ、と追い込まれるように撤退してゆく。
これでついに、あのテロ集団『赤い星の神』も一網打尽にできる!
前線部隊の隊員たちも、ゼニー・カーター警部もそう思い始めた頃、ひとり、デ・ユウラン隊長だけが険しい顔をしていた。
(おかしい・・・。)
進攻がスムーズ過ぎる。別の言い方をすれば、敵の撤退が安易過ぎる。
まるで・・・
(そうだ。まるで、こちらを誘い込んでいるようだ。)
逃げ場のないどん詰まりへの撤退作戦・・・?
(しまった!)
「撤退だ! 全員最上階から退却しろ!」
逸美は、上官の頭の中を読むなどという不敬は犯すつもりはなかった。ただ、デ・ユウラン隊長の叫びに合わせて、「罠」という言葉が逸美の頭の中に飛び込んできた。
逸美は、ほとんど反射的に最前線の隊員の前にテレポートした。
廊下の正面の行き止まりに、1人のエスパーがいる。リーダーを含む残り30余人は、すぐ脇の部屋に避難しているようだった。
廊下の壁、天井、床にESPエネルギー反射板が隙間なく貼られている。
正面のエスパーの周りに6本の光の剣が現れた。光の剣とは、ESPによるエネルギー衝撃波を凝縮して槍のような形にまとめたものだ。
これは・・・!
この廊下は巨大な波動砲だ!
部隊の隊員たちは、その砲身の中におびき寄せられたのだ!
光の剣が廊下の反射板で増幅され、うねるようにして逸美と隊員たちに襲いかかってきた。
デ・ユウラン隊長は、逸美の前に全力でバリアを張ろうとした。が、それより早く、逸美の前にうす紅色の膜が出現した。
見たこともない色のバリアだった。増幅された波動エネルギー=光の剣は、そのバリアに当たって、虹色の光の粒子になって対消滅した。
なんだ、今のは——?
デ・ユウラン隊長は、初めて見るESP現象に一瞬動きが止まった。
それは、敵のエスパーも同じだった。この「波動砲」で、ヤツらを全滅させられるはずだった・・・。それを、無化しただと?
その一瞬の空白の間に、今度は逸美の周りに8本もの光の剣が現れた。あっ、と思う間もなく、それがうねるようにして正面のエスパーに襲いかかる。
「うわああああ!」
敵エスパーは、恐怖の表情で両手を顔の前に交差させ、身を縮める。こんなものから身を守れるバリアはない!
「やめろ、イツミ!」とデ・ユウラン隊長が叫ぶ前に、その敵エスパーを優しく包むようにうす紅色のバリアが現れ、確実に致命的であったはずの光の剣は虹色の光の粒子になって消えた。
敵のエスパーは、口を恐怖の形に開いたまま、ぺたん、と床にへたり込んだ。
逸美は素早い動きでその男のところへ突進し、あっという間にエスパー拘束リングを男の首と手足に取り付けてしまった。
「ごめんね♪」と言った逸美の笑顔は、12歳の子どものそれでしかない。
拘束されたエスパーの男は、この事態をどう理解していいのかわからない——といった顔で、黄金色の瞳をしたこの少女のあどけないとさえ言っていい笑顔を呆然と眺めた。
ここにきて、ようやくデ・ユウラン隊長も我にかえった。
「前進! 右側の部屋を制圧せよ!」
イツミを呼び戻そうか、とも思ったが、いや、むしろ前にいさせた方がいい、と考え直した。あれほどのバリアが張れるなら、隊員の安全確保を任せた方がいい。
「イツミ! 突入時に隊員たちを守れ!」
「はい!」
どん! と、扉に仕掛けられた爆弾が炸裂して、扉が枠から外れて部屋の中へと倒れる。
エスパー隊の隊員を先頭に室内に突入しようとしたその時、パパパパパッと入り口に向けて銃弾が飛んできた。
もちろん、バリアラーを先頭にしてバリアを張っているのだが、そんなものはおかまいなしに銃弾は隊員たちを襲った。
ネスパタイト弾だ! ESPが効かないエスパーキラーだ!
数人が、腕や脚など軍服の防弾性が弱い部分を撃たれて、その場に倒れこんだ。1人は顎が半分砕けているようだ。
(しまった! 想像できたはずだった! このバカ! 頭が止まってた! 逸美のバカ、バカ!!)
逸美は自分の甘さを攻めながら、他の隊員たちをかばうように前に出た。同時に、オレンジ色に光るバリアが逸美の前に現れた。
デ・ユウラン隊長が驚いたのは、それがこれまで見たこともないバリアだったからだけではない。
なんと! ネスパタイト弾がバリアの前で止められてしまい、ばらばらと床に落ちてゆくのだ。
ESP中和物質でできているネスパタイト弾をバリアで防ぐだと!? この少女は、いったい何の力を使っているというのだ?
その衝撃は、味方よりも敵の方が何倍も大きい。
ネスパタイト弾が通用しないエスパー!?
逸美はさらに片手を後方の倒れている隊員たちの方に伸ばした。すると、さらに驚くべきことが起こった。
隊員たちの負傷部分から、血にまみれたネスパタイト弾が、ズボッ、ズボッ、と空中に抜き出され、床にコロコロと転がったのだ。
ネスパタイトをESPで操っている? そんなバカなことが! 何が、何が起こっている?
続いて、逸美の手から青いさざ波のような光が放たれ、隊員たちの負傷がみるみる治ってゆく。ヒーリング能力を使っているのだ。
「傷は一応塞ぎましたけど、応急処置ですから。骨とかはくっついてないんで、しばらくは痛いと思います!」
逸美は言いながら、今度はバリアの前に大きな光の剣を作った。
それが、ほとんど取り乱すようにしてネスパタイト銃を乱射している敵兵に向かって飛ぶ。
敵のエスパーがバリアを張った。が、光の剣はそれを突き破り、バリアの向こうでバシャッ、と花火のようにはじけた。
そのあたりの十数人が、その衝撃に昏倒し、銃撃も止んだ。少女がバリアを張ったまま、部屋の中へ入ってゆく。
これは・・・!
少女の皮を被ったバケモノか?
敵だけでなく、味方の隊員ですら、そんな思いが頭をかすめかかった頃、デ・ユウラン隊長の鋭い声が響いた。
「突入! 制圧して拘束せよ! イツミを守れ!」
隊員たちの脳裏に、いつものイツミのイメージが蘇った。訓練で上手くいかなくて謝るイツミ、宇宙船に初めて乗ってはしゃぐイツミ、美味しいものを食べた時の満面の笑顔のイツミ・・・。
そうだ。仲間だ! 我々の、大事な「妹」だ!
一斉に部屋に突入する。倒れていた負傷者たちも、跳ね起きて負けじと続く。
「あ・・・あご、ガ・・・痛っひぇ——!」
『赤い星の神』のメンバーは、すでに戦意を喪失していた。目の前に立っている紅い髪、黄金の瞳の少女が神の使いにでも見えたのだろうか、伏して拝んでいる者までいる。
テロリストたちの連行を見届けた後、デ・ユウラン隊長は逸美に話しかけた。
「あんなことが・・・、ネスパタイト弾をバリアで止めたり、ESPで操ったりできるものなのか?」
「へへ・・・。あれは、実は、手品です。帰ったら説明します。タネさえわかれば、皆さんにもできると思います。」
逸美は小さく舌を出して笑った。いつものイツミだ。
デ・ユウラン隊長は、もう一つ聞いてみたいことがあった。
「あの、うす紅色のバリア——。敵のエスパーの前に現れたやつも、イツミが作ったのか?」
「だって・・・。あんなの、まともに当たったら死んじゃうじゃないですか。」
隊長は、この任務中に初めて、くっ、と笑って、それから逸美の頭をポンポンと叩きながら大きく破顔した。
「君はいい子だ。」




