仲間集め
毛皮の上に腰掛けながら、朝食兼昼食を食べる衣千伽。調理器具を片付けるアン・ズーに対し、衣千伽は質問を投げ掛けた。
「そういえば、これからオレ達ってどこに向かうの?」
「これは失礼。まだお伝えしておりませんでしたね。私達は南の港町へと向かっております」
アン・ズーの返事に首を傾げる衣千伽。大まかにイギリス――もとい、イングランド王国としか把握していない。そのため、現在地も理解しておらず、南に何があるのかもわからなかったのだ。
アン・ズーもそれは理解しており、衣千伽に対して詳しい説明を続ける。
「港町から船に乗り、まずはフランスを目指します。この国からは、早く離れるべきでしょう」
「ほうほう」
昨日、命からがら逃げだしたのだ。衣千伽としては、その意見に賛成である。
ただ、中世ヨーロッパのイギリスなら、強い騎士等が居そうとも思う。そういった人材が、仲間に入れば心強そうだなと考えたのだ。
しかし、アン・ズーは困った表情で、衣千伽に対して笑みを向ける。
「今のご主人様では、弱すぎて見向きもされませんよ。それに、この国では魔王軍との戦闘も御座います。下手に目を付けられても、戦場に送られてしまうでしょうしね」
「それは、おっかないな……」
衣千伽の目的は魔王討伐。いずれは魔王と戦う必要がある。だが、それは決して今では無い。
魔王との戦いには相応の準備が必要だ。衣千伽はアン・ズーの言葉に、内心で激しく同意するのだった。
そして、次の目的地はフランスだと言う。ならばこの地と違い、花の都でバカンスも有りかと内心で思う。
「いえ、バカンスの予定は御座いません。それ以前に、フランスは魔女狩りが盛んですしね。早々に通過してしまう予定です」
「ま、魔女狩りっ……?!」
衝撃ワードに衣千伽は固まる。そして、目の前のアン・ズーをまじまじと見つける。
今の彼女は魔法を使う女性。つまり、魔女であった。つまりは、狩りの対象という事である。
吊るされたり、炙られたりと、色々な妄想を浮かべる衣千伽に、アン・ズーは苦笑を浮かべる。
「田舎の方は酷い物ですが、都心はそこまで露骨ではありません。それに、他国の人間に手を出す事は稀ですしね。……とはいえ、長居するのは賢い選択では無いでしょう」
「うん、そんな国は早く離れてしまいましょう」
他国の人間とは言え、魔女が居て良い顔はされないはず。長居をすれば、それだけリスクが増える事になる。
平和な国で育った衣千伽には、そんなリスクを好む趣味はない。心の中でそっと『いのちをだいじに』と呟き続けた。
「その後は、ローマ――イタリアを経由して、アフリカへと渡る予定です。その頃には、ご主人様も最低限は戦える様になり、仲間集めを開始出来るでしょう」
「仲間集めはアフリカなのか……」
アフリカと言えば黒人。衣千伽のイメージでは、屈強な肉体を持つ戦士が思い浮かぶ。
そして、アン・ズーからこの世界に植民地が無いと聞いている。ならば、衣千伽の知る奴隷狩りも存在せず、違った発展をしている可能性が考えられた。
だが、アン・ズーは目を細めて、つまらなそうな表情で話す。
「多くの国で奴隷制度はありますが、それは自国の犯罪者向け等です。表向きで言えば、確かに黒人の奴隷は認められておりませんね」
「……表向きで言えば?」
含みのある言葉に、衣千伽も何となく察しが付いた。裏では黒人奴隷が存在するのだと。
そして、その事実に若干の不安を覚える。アン・ズーの言う仲間集めが、黒人奴隷の購入なのではと思ったのだ。
「いえ、奴隷を購入する予定はありません。ご主人様は勇者を目指しているのです。奴隷を堂々と使うのはリスクが高いだけです。それに、金で売られた戦士など、魔王討伐に役立つとも思えませんからね」
「な、なるほど……」
無表情を装っているが、アン・ズーの瞳に不快さが滲んでいた。それに気付いた衣千伽は、内心で失言に慌てる。
アン・ズーは悪魔である。ならば、そういう手段も取るだろうと考えた。だがその安易な考えが、アン・ズーの機嫌を損ねる事になったと思ったのだ。
しかし、アン・ズーはすぐにふっと息を吐く。そして、否定するように首を振った。
「――ご主人様、ワタクシは退屈な手段が嫌いなのです。奴隷を購入し、奴隷に代わりに戦わせる。それは多くの権力者が使った手段。その手段を使った者達は、今ではことごとく歴史の中に消えております」
「す、すみません……」
浅はかな考えにダメ出しを受けてしまう。アン・ズーにとって、それは陳腐過ぎる手だったらしい。
衣千伽はがっくりと肩を落とす。こんな調子で上手くやれるか、内心で不安を抱える。
だが、そんな衣千伽を見て、アン・ズーは安心させるように笑みを浮かべた。
「ふふふ、その様な心配は不要です。ご主人様を勇者とするのが契約ですからね。立派な勇者として、多くの尊敬を集めてみせましょう。――そう、表向きは王道に見える手段で、です」
「あくまでも表向きは、なんですね……」
衣千伽のつっこみに、アン・ズーは頷く。微かに口角を上げ、満足そうに微笑みながら。
そして、衣千伽はぼんやりと考える。結局の所、彼には流れに身を任せるしか術がないのだろうなと。