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Dance with the Devil ~異世界を騙す勇者道~  作者: 秀文
第三章 オルレアンの魔女
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オルレアン領

 馬車の旅も既に十五日が経過していた。特に魔物に襲われる事も無く、野盗が出る訳でも無く、すこぶる順調な旅である。


 衣千伽も日々魔法の修行を続けている。やっている事は瞑想に近い集中力向上である。そして、隣のラザーは法力制御で、何故かジャグリングをやらされていた。


 アン・ズーからすると臨時収入は望む所だが、無理に襲われそうなルートを通るつもりもない。衣千伽の興味があったパリも無視し、真っ直ぐ南下を続けている。今はフランス中部のオルレアンを目指していた。


 なお、オルレアンとは、オルレアン侯爵の治める都市の名である。ロワール川に架かる橋を中心とした街であり、商人による流通も盛んで、非常に栄えた大都市であった。また、南部には要塞を構えているため魔物への備えも厚く、街の治安も非常に良い。


 この都市であれば、香辛料等の補充も出来る。傭兵が出入りする事も多く、衣千伽達も安心して宿に泊まる事が出来る。長く馬車で寝泊まりを続ける一向にとって、一時の安らぎの地として相応しい街であった。


 とはいえ、オルレアンの到着にはまだ三日以上は掛かる距離があった。衣千伽達一同は不足する食料補充の為、近隣の小さな村へと立ち寄る事にした。


「やあやあ、旅のお方。本日はどの様なご用件でしょうか?」

「食料を少々求めています。今の時期ですとどの様な品が?」


 村長と思われる老人が、村の入り口で対応を行っている。村人達は黒帝カイザーが恐ろしいらしく、遠巻きに様子を見守っていた。


 そして、村長は御者が清楚な美女とわかり、ホッとした様子だった。異国の装いであるが、その様な傭兵は度々この村にも訪れる。明らかな荒くれものでないだけ、村長としては対応が楽だと考えていた。


「今の時期ですと、これらの品が……。この程度の値段で……」

「おや? 都市の価格より高額ですね。本来の相場ならば……」


 村長とアン・ズーは値段交渉を開始する。衣千伽は馬車から顔だけを出し、その様子を観察していた。そして、丁重なアン・ズーに対して、どこか慇懃無礼な村長の態度。それが衣千伽には少し不快に感じられた。


 全ての会話が聞こえた訳では無いが、どうも村長は足元を見ているらしい。後三日の旅であるし、無理に買う必要も無いだろうと衣千伽は考える。アン・ズーもそろそろ切り上げるかと思われた頃に、彼女は村長へ想定外の問いを行う。


「そういえば、そろそろ日が落ちそうですね。この村では宿の提供があると聞いております。我が主人へと、寝床を提供して頂けないでしょうか?」

「は? いや……。それは、その……」


 そのやり取りに、衣千伽は眉を寄せる。これまでは村で宿泊を勧められても、急いでいると全て断って来た。アン・ズーが魔女として、下手にトラブルに巻き込まれない為である。


 今回も泊まる事は無いと考えていたのだが、何故かアン・ズーは自ら泊まると言い出した。事前に話も無かった事から、衣千伽は何かしらの事情があるのだろうとは考えていた。


 そして、否定的な態度を見せる村長にも、衣千伽は疑問を感じていた。部屋を貸すだけで金が取れるのだ。どこの村でも宿泊は歓迎された。提案が無いならわかるが、泊めたくないという態度は初めてである。


「まさか、我が主に野宿をしろと? それとも、我々が泊まると何か不都合が?」

「いえいえ! その様な事はありませんとも! 是非、この村にお泊り下さい!」


 アン・ズーが圧力を掛けたのか、村長はあっさりと要求を受け入れる。或いは、アン・ズーの言う通りに、知られては不味い何かを隠したのかもしれない。


 衣千伽は不審な村長の態度を観察し続ける。冷や汗をかいて、挙動不審な態度である。だが、その理由まではわからない。そして、交渉を終えて戻ったアン・ズーへと問い掛ける。


(この村に何かあるの? あからさまに村長は怪しかったけど……)

『この村に瀕死の者がおります。助けようと思いますが宜しいですか?』


 御者台に座るアン・ズーの背を、衣千伽は驚いて凝視する。いつも通りの自然な返事だったが、その内容は余りにもショッキングである。衣千伽は僅かな間の後に、アン・ズーへと慌てて返事を返す。


(――そりゃ、当然助けないと! ……けど、それと宿泊がどう関係するの?)


 誰かが襲われているなら、一泊してでは遅すぎる。病気の者が居るなら、医学の心得があるとだけ伝えれば良い。手助けしたいと申し出ず、一泊せねばならない理由が衣千伽にはわからなかった。


 すると、アン・ズーは村長の案内に従い馬車を出す。ゆっくりと村の中を進みながら、衣千伽に対して返事を返した。


『魔女狩りですよ。我々がそのまま去れば、その後に火炙りの予定だったのです。村長はそれを隠し、刑の執行を一日延ばすと決めたみたいです』

(魔女狩り――って、火炙りっ……?!)


 衣千伽にもようやく事情が呑み込めた。アン・ズーの言う人助けとは、魔女として殺されそうな者を救出することなのだ。そして、そういう事情なら村長に手助けを申し出る訳にはいかない。邪魔をするなと、村から追い出されるだけである。


(それで、どうするつもり? 夜の闇に紛れてとか?)

『ええ、夜中に助け出します。そして、そのまま村をこっそり出ましょう』


 衣千伽としても、その計画に賛成である。下手に村人と争う事無く、気付けば居無くなっている方が平和的な解決方法と言えるだろう。


 殺されそうな人を見捨てたくはない。だからと言って、村人達を傷付けたい訳でもない。それが無難な手段だと、衣千伽も内心で納得する。


 衣千伽は内心で息を吐き、一旦は緊張を解く。そして、自分をじっと見つめるラザーに気が付いた。彼女も何かを察したのか、いつも以上に真剣な眼差しを衣千伽に向けていた。


(……ラザーへの説明は頼める?)

『承知しました。夜中に馬車へ移動して貰う必要もありますしね』


 その回答を得た衣千伽は、ラザーの事はアン・ズーへ任せると決める。そして、ラザーを安心させるために、その柔らかな銀髪を優しく撫でた。ラザーはそれで問題無いと判断したのか、ほっとした笑みを浮かべていた。


 後は夜を待つだけである。そう考える衣千伽の耳に、アン・ズーの呟きがそっと届いた。


「天使教の――共め……。本当に奴等は……」


 それは誰かに伝える為の言葉では無い。衣千伽に伝わっているとも気付いていない。見ればその顔にいつもの微笑みすら無い。何故かぞっとする、無感情な表情のみがあった。


 幸いな事に、それに気付いたのは衣千伽だけである。もし、その平坦な声を聞けば、ラザーも不安に怯えたであろう。


 あのアン・ズーが、自らの感情を制御出来ずにいる。その事に不安を覚えながら、衣千伽はアン・ズーの背中を見守り続けた。

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