表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Dance with the Devil ~異世界を騙す勇者道~  作者: 秀文
第三章 オルレアンの魔女
34/39

思わぬ拾い物

 夕食の後片付けも終わり、衣千伽達は馬車で眠りについていた。衣千伽とラザーは荷台に寝ころび、アン・ズーは御者台で横になっている。


 本来ならば、野宿に火の番は必須である。闇に紛れて、魔物や獣が襲ってくる可能性があるからだ。そのリスクを避け、素早く察知するに為には、普通の人間ならば明かりを必要とする。


 しかし、アン・ズーは眠る必要が無く夜目も効く。更には魔法の力で、周囲の気配を察知する事が出来る。それにより、衣千伽達とラザーはぐっすりと眠る事が出来る環境にあった。


 ただし、ラザーはその辺りを理解せずに眠っていた。そして、衣千伽はそれを理解しつつも、普段なら眠っていたであろう。しかし、この日の衣千伽は様子が違った。ラザーがしっかり眠るのを待ち、アン・ズーへと話し掛けた。


「ねえ、アン・ズー。起きてるよね?」

「ええ、ワタクシは眠りませんからね」


 当然ながら、アン・ズーは衣千伽が起きている事に気付いていた。そして、何か秘密の相談があるのだろうと、衣千伽からの声掛けを待っていたのだ。


 衣千伽としても、きっとそうだろうという予感はあった。常に自分の事を気にかけてくれているのだ。自分が起きている事くらいは、流石に気付いているだろうと考えていた。


 衣千伽は音を立てずに上半身を起こす。馬車の荷台で胡坐をかくと、アン・ズーの方へと向き直る。アン・ズーもそれに倣い、身を起こして衣千伽と向き合う。


「これを見て欲しい」


 衣千伽は右手を上げて、アン・ズーの方へと向ける。何をする気かと興味深く見つめるアン・ズーであったが、次の瞬間に目を見開いて絶句した。


「なっ……。それは、まさか……」


 衣千伽が差し出した手の先に、小さな明かりが灯っていた。豆電球程の小さな明かりで、馬車の中を明るく照らす力はない。しかしながら、衣千伽は確かに魔法を使っていた。星明りと変わらぬ程の、微弱な魔法であったとしてもだ。


 それはアン・ズーにとって想定外の事態だった。通常は魔法を使う為に、優れた師から学ぶ必要がある。その上で才能がある者でも、魔法の発動には半年以上の修行が必要となる。魔力の制御と言うのは、それ程までに難しいものなのだ。


 アン・ズーは動揺が抑えきれずにいた。衣千伽に魔法を教えるのは、まだまだ先の予定であった。剣の扱いに慣れ、この世界の常識を学び、それから時間を掛けて覚えて貰うつもりでいたのだ。


 衣千伽には特別な才能は無い。その事はアン・ズーも確認済みである。それにも関わらず、どうして魔法が使えるのか、アン・ズーであっても理解が追い付かなかった。


「あの魔人――ダグラスの知識だよ。オレにも流れていたんだ」

「なんですって? よもや、その様な事態が起きようとは……」


 魔人ダグラスを倒した際に、アン・ズーは禁呪『記憶の吸収(メモリー・ドレイン)』を使用した。その記憶を奪いはしたが、まさか衣千伽にまで共有されるとは思ってもいなかった。


 だが、アン・ズーは納得もした。これまで誰かに憑依し、その状態で『記憶の吸収(メモリー・ドレイン)』を使った事は無かった。しかし、心身が一体化した状態で使えば、奪った記憶が共有される可能性は十分に考えられた。


 想定外ではあるが、決して悪い結果では無い。一つ勉強になったと、アン・ズーは内心でほくそ笑む。もっとも、衣千伽への憑依も、『記憶の吸収(メモリー・ドレイン)』も、そうそう使える手ではないのだが。


「ダグラスの知識をトレースしてたら、魔力の制御が出来る様になったみたい。とはいえ、今はまだ難しい魔法は無理みたいだけど」

「それでも十分に素晴らしい。基礎を覚えるのが何よりも難しいのです。これで最低でも半年は、魔法の修行期間が短縮出来ますね」


 アン・ズーは心底嬉しそうな声で告げる。衣千伽にはいずれ、魔法の奥義である『魔装』を習得させる予定があった。そして、それが早く覚えれるなら、それだけ勇者への道が近くなるという事でもある。


 しかし、アン・ズーが喜んでいるのは、それだけが原因では無い。今は魔物が弱くて問題無いが、欧州を抜けると今の様にはいかなくなる。アフリカからは衣千伽の苦戦が予想されていたのだ。それが思わぬ形で解消された事を喜んでいるのだ。


 衣千伽がふうっと息を吐き、小さな明かりを消してしまう。慣れない制御で精神力を使い、あの程度でもかなりの疲労感が圧し掛かっていた。魔法が使えるようにはなったが、まだまだ衣千伽は実戦レベルには達していないと実感した。


「ふふふ、それでは馬車での移動中も、魔法の修行を行いましょう。これで旅の道中も、暇を持て余す事は無くなりそうですね」

「うん、そうだね。それで早く強くなれるなら、オレとしても嬉しいんだけどさ」


 衣千伽はあの日を思い出す。魔人ダグラスを相手に、アン・ズーが見せた戦闘である。あの強さこそが、衣千伽の目指す目標だった。魔法により身体強化が行われ、シミターの動きに本気で付いて行けて、それでやっと実現できる剣の頂きである。


 あの高みに登るには、ただ剣を振るうだけでは無理がある。人の限界を超えた動き、動体視力を得るには、魔法という力が不可欠なのだ。アン・ズーが見せたあの戦闘は、衣千伽にその事を教えてくれた。


「――ああ、そうだ。ダグラスの事で、一つ聞きたい事があったんだった」

「ワタクシに聞きたいこと? あの者については詳しくありませんが……」


 アン・ズーは眉を寄せて、微かに首を捻る。共有された記憶が同一である以上、衣千伽とアン・ズーの見た物に違いはないはず。その上で、あの魔人ダグラスの何を問うつもりかと疑問に思ったのである。


 だが、衣千伽の問いは、アン・ズーを驚かせる。彼女には想定外の質問だった。


「ダグラスを魔人にした、あの顔無しの男は何者なんだろう? 人を魔人に変えるって、どうやったら出来るのかな?」

「顔無しの男? それに、ダグラスを魔人にした? ご主人様は、何を言っているのですか?」


 アン・ズーの言葉に、衣千伽は眉をひそめる。そして、アン・ズーの様子をまじまじと観察した。アン・ズーは戸惑った表情を浮かべており、何かを誤魔化している風でもない。その態度から察するに、二人の見た物には違いがあった事になる。


 どういう事かと首を捻る衣千伽に、アン・ズーも状況を察したらしい。真剣な表情で見つめながら、衣千伽に対して断りを入れる。


「申し訳ありませんが、ご主人様の記憶を覗かせて下さい。ご主人様の中に残る記憶を、確かめさせて頂きます」

「うん、わかった。オレの記憶を調べてみて」


 アン・ズーを信頼する衣千伽は、躊躇う事無く提案を受け入れる。魔人ダグラスに行った様に、自らの記憶を奪われるかもと、不安を抱く事も無かった。


 そして、アン・ズーは衣千伽をじっと見つめ、その記憶を覗く魔法を使う。あの日、衣千伽が見た夢を、ゆっくりと追い掛けて行く。


「――そんな馬鹿な。ご主人様の中に、ダグラスの記憶が見つかりません」

「え? 見つからない?」


 焦った表情を浮かべるアン・ズー。滅多に見られないその表情に、衣千伽も何かがおかしいと感じ始めていた。


 そして、アン・ズーとしても、衣千伽の言葉を疑ってはいない。魔法を使った事こそが、衣千伽の話が真実であると証明しているからだ。自身とは違い、衣千伽が嘘を織り交ぜるタイプでは無いとも理解している。


 ならば何故、衣千伽が見た記憶が見当たらないのか。衣千伽が口にしたばかりの話である。忘れてしまったとも考えられない。そこから導き出される答えは、アン・ズーにも信じがたいものであった。


「記憶に鍵が掛けられている? それも、ワタクシと同格か、それ以上の存在によって……」

「アン・ズーと同格か、それ以上って……」


 悪魔であるアン・ズーは、魔人ですら凌駕する魔法の使い手である。ダグラスが鍵を掛けたとしても、それをアン・ズーが破れないはずがない。


 そうなると、怪しいのは衣千伽の見た顔無しの男という事になる。ダグラスを魔人にした男が、アン・ズーを上回る存在かもしれないという事である。


 不安を覚える衣千伽に対し、アン・ズーも不安気な視線を返す。そして、眉を寄せながら、苦渋に満ちた表情で衣千伽の問いに答えを返す。


「人を魔人に変えられる方法でしたね。その可能性があるとすれば、それは魔王の能力だけでしょう。しかし、ダグラスはあの街まで人間だったはず。魔王があの街に来ているとは……」


 人類は魔王の正体を把握出来ていない。それはアン・ズーも同様であり、魔王が街に来ていないと断言する事は出来なかった。或いは隣を歩く者が魔王だったかもしれない。もしそうだとしても、相手の力量が上回っていれば、アン・ズーが気付かなかっただけかもしれないのだ。


 その想像は、二人にとって最悪のものである。人類と魔王は長く戦い続けていた。互いの力量が拮抗していると考えていたのだ。


 しかし、本当は違っているのかもしれない。人類がまだ大丈夫と安心している裏で、魔王による水面下の活動が行われているのかもしれなかった。


「……可能性の話をしても仕方がありません。我々には確かめようが無いのですから。今は予定通りに欧州を離れるとしましょう」

「うん、そうだね。今のオレ達に、魔王と戦う力は無いんだから……」


 その決断は欧州を見捨てる事になるかもしれない。その可能性を懸念はするが、二人に打つ手がないのも事実だ。


 二人の出来る事は、魔王との戦いに備えて力を蓄えること。そして、ただ心の中で祈る事しか出来ないのだ。力を付けるその日まで、欧州が無事に持ち堪えてくれることを……。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ