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Dance with the Devil ~異世界を騙す勇者道~  作者: 秀文
第一章 アルビオンの悪魔
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異世界召喚

 日本のとある街に、夜神やがみ 衣千伽いちかという少年がいる。平凡な十五歳の高校生であり、特別に優れた技能を持つわけでもない。身長も体重も平均的で、学校での成績も全て平凡である。


 漫画やゲームも年頃の少年として多少は嗜む。しかし、オタクという程にはハマっておらず、むしろ動画サイトで実況を見る事の方が好みですらあった。


 衣千伽は高校の授業が終わると、真っ直ぐに家へと帰る。そして、共働きの両親が帰るまで、タブレットで何気なく動画サイトを流し見するのが日課となっていた。


 そして、最近はそれに加えて、小説の投稿サイトを巡回していた。友人に勧められた、転生物のラノベが、意外と面白くてハマったのだ。


 今日も今日とて、自室のベッドに腰掛けて、お気に入りのタブレットを触り続けていた。


「チート能力で無双か……。こういうのが出来たら、面白いんだろうな~」


 そこで描かれる物語は、いずれも主人公が強力な力を有していた。与えられたその力を使い、困っている人達を助けて感謝される。読むと主人公になった気分で、手軽に爽快感を味わう事が出来た。


 自らの平凡な日常。人々から頼られる事も無く、感謝される事もない生活。それを考えると、ラノベの世界はとても輝いおり、羨ましい世界に思える。


 だが、本気で異世界に行きたいかと問われれば、彼も即答は出来なかっただろう。


 確かに楽しそうだとは思うが、今の生活を捨てたいとは思わない。今の生活には刺激が無いが、代わりに何不自由ない生活が送れているのだ。今の生活を代償に支払ってまで、スリルを求める気にはなれなかった。


「大人になったら変わってくるのかな? まあ、今のオレには良くわからないけど……」


 学生という身分だからこそ、彼も気ままな生活を送れている。大人になれば就職し、日々の生活費を稼ぐ必要も出て来る。そこではやりたく無い事も多くあるだろう。今みたいに、自由な時間も少なくなってくると想像出来る。


 彼の周りにいる大人は、多くが苦労話をしたがる。親戚にはお酒が入ると、学生は気軽で良いよなと愚痴を聞かされる。そんな姿を見せられれば、彼でなくても大人になる事が憂鬱になるはずだ。


 だが、それとて逃れる事が出来ない現実。もう後数年もすれば、彼が受け入れているはずの未来であった。そこに否応はない。ただ、そうなるだろうと彼が考える将来である。


 衣千伽は小さく息を吐き、タブレットの画面に視線を戻す。一時の現実逃避かもしれないが、再び異世界の爽快感を味わう為にである。


「……ん? なんだ、これ?」


 タブレットの画面には、彼の想定とは異なる表示があった。ラノベの文章では無い。それどころか、日本語の文字ですらなかった。


 それは円を中心に描かれた紋章のような何か。彼には心当たりの無い文字、もしくは記号である。だが、彼はふとそれが何か閃いた。


「もしかして、魔法陣ってやつ? 何か変なリンク押したかな……」


 衣千伽は首を傾げる。海外のサイトへと飛ばされてしまったのかと考えた。


 しかし、次の瞬間に目を見開く。その魔法陣を中心に、タブレットが輝き出したからだ。それも、画面がではなく、タブレットの裏面も含めての発光だった。


「え? どうなってんの? タブレットが壊れた?!」


 例えタブレットが壊れたとしても、背面が輝く事はない。冷静であれば思い付いただろうが、パニックを起こした彼では気付けなかった。


 そして、どうして良いかわからず、彼はそのまま状況を静観する。それが幸か不幸か、その儀式・・は無事に完了する事となる。



 ――そう、夜神 衣千伽の異世界召喚が。



 衣千伽はポカンと口を開き、目の前の状況を凝視する。石作りの壁に覆われた広い部屋。彼を取り囲むローブを着た男達。鋭い視線を向ける、槍を持ち鎧を着こんだ騎士らしき存在。


 しかも、彼等の人種は日本人ではない。金髪碧眼の白人と思われる。これが夢でないとしたら、彼が自らの部屋から別の場所へと飛ばされた事になる。


 先程まで読んでいたラノベの影響か、衣千伽はもしかしたらと思い至る。そして、その事実を確かめる為に、目の前の男達にコンタクトを取る事にした。


「あ、どうも。もしかして、オレって呼ばれました?」

「――。――? ――!」


 衣千伽の言葉に対し、男達は反応する。だが、その言葉を彼は理解出来なかった。聞いている感じだと英語では無い。そして、当然ながら日本語でも無かった。


 言葉が通じないと理解し、彼は流石に不味いと感じる。そして、最悪は帰れないかと周囲を見渡すが、帰る為の手段は見当たらない。


 足元の魔法陣は光っていないし、背後に自らの部屋が見えたりもしない。彼には自力で元の世界へ帰る術がなかった。


「あ、あはは……。もしかして、ヤバイ感じ?」


 騎士姿の者が、手にした水晶を覗き込んでいた。そして、怒った表情で周囲へ何かをわめいている。周囲の者達はその声に失望の表情を浮かべる。また、ある者は露骨に不機嫌となり、その場で地団駄を踏んでいた。


 剣呑な空気に怯んでいると、騎士がローブの男達に指示を出す。そして、両腕を掴まれた衣千伽に向かい、騎士は槍を構えて近寄って来る。


「いや、嘘だよね? 何かの冗談だよね?」


 しかし、騎士の目は冗談に見えなかった。その瞳には怒りが滲み、衣千伽への殺意が漲っていた。


 彼は慌てて逃げ出そうとするが、それも出来そうになかった。ローブ姿の者達も、ただの学生である衣千伽よりは力がある。彼が暴れようとも、びくともしなかったのだ。


 いきなり異世界に呼ばれ、意味も解らず殺される。その理不尽さに、衣千伽の中で怒りの感情が湧き上がる。だがそれも、瞬時でかき消されてしまう。騎士からの殺意に対し、恐怖の方が上回ったのだ。


 その結果、彼はただ泣きわめく事になる。どうにもならない自らの運命に失望する。その運命を、ただ受け入れてしまったのだ。


「何で……。何でだよ……。こんな事なら、これまでの生活で良かったのに……」


 めそめそと泣く彼に、騎士は憐れんだりしなかった。ただその槍を引き、衣千伽の心臓に狙いを定めていた。


 衣千伽は顔を伏せる。せめて苦しい思いはしたくないな、と彼が思っていると――不意に誰かの囁き声が届く。


『そのまま死んだふりを。決して声は出さないように』

「――っ……?!」


 その声はどこか陽気さを感じさせた。しかし、微かに感じる優しさから、衣千伽は咄嗟に味方だと判断した。


 その声の主が信用に足るかはわからない。だが、元から彼に選択肢は無かった。一度死を受け入れた為か、冷静にそう分析して、彼はぐっと歯を食いしばった。



 ――ヒュッ……!



 騎士の槍が彼の脇腹をかすめる。白いシャツが破れ、微かに彼の肌を割いた。しかし、その傷は浅く、血は滲む程度でしかない。その一撃は、衣千伽の命を奪う物ではなかった。


 その事を疑問に思い、顔を上げようとするが何とか思い留まる。謎の声に従い、今は死んだふりをするべきだと思い至ったのだ。


 そして、その判断は正しかったらしい。騎士は踵を返すと何かの指示を出す。ローブの男達は、衣千伽の腕を抱えたまま、彼を引きずって運び出したのだ。


『幻術により、彼等には貴方が死んだ様に見えています。そのまま動かず、死体安置所まで運んで貰って下さい。後ほど、迎えに参りますので』


 幻術という言葉に、衣千伽は内心で反応する。この世界には、恐らく魔法が存在していると気付いたのだ。このような状況下ではあるが、彼の好奇心が大いに沸き上がる。


 しかし、その好奇心はぐっと堪える。彼が動く事で、幻術が解けては一大事である。今は謎の声に従い、大人しく運ばれるべきだろう。


 ただ、ローブの男達にとって、衣千伽はただの死体である。丁重に運んで貰えるはずもない。引きずられ、階段にぶつけられる足の痛みに、彼は必死になって歯を食いしばる。


 打ち身になっているであろう足を思い、彼は泣きたい気分になってしまう。それと同時に、ふと先程の言葉が気になりだす。死体安置所とは、どのような場所なのだろうかと……。

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