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Dance with the Devil ~異世界を騙す勇者道~  作者: 秀文
第一章 アルビオンの悪魔
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プロローグ(星に願いを)

 ここはとある港町。名はサウサンプトンと言い、流通の要として栄えた大きな都市である。


 そして、街が大きくなれば、その一角には暗部も生まれる。所謂スラム街と呼ばれる場所で、身をやつした者が流れ着く掃き溜めである。


 基本的に住まう者は大半がごろつきで、特定の職に就く者は少ない。しかし、ごみ処理や下水の清掃等、安く汚れ仕事を請け負う者達として一定の需要が存在していた。


 その為、この場所に住まう者達は居ない者として黙認されている。納税が免除される代わりに、領主からあらゆる保証を受けられない立場にあった。


 そして、そんな彼等の中にもヒエラルキーが存在する。元軍人や元傭兵等の、暴力や暗殺等の汚れ仕事を請け負う者達。彼等がこの地の支配者であり、マフィアに近い立場を築いている。


 次いで、彼等に従って手を貸す者達。屈強な体を持っていたり、手先が器用だったりと、何らかの利用価値の有る者達である。彼等は基本的に、食うに困る事が無い者達である。余程の大怪我や病気で無ければ、治療費を工面する蓄えすら持っていた。


 しかし、それ以外の者達はその日暮らしの生活である。特別な技能を持たず、肉体的に優れている訳でも無い。こういった者達こそが、領主や町民から汚れ仕事を請け負い、何とか日々を食い繋いでいる大多数であった。


 店が潰れて失業した者。借金を抱えて財産を差し押さえられた者。犯罪を犯して刑に服していた者。或いは、両親を失って孤児となった者達である。


 社会保障など無いに等しい世界である。孤児の数が多すぎて、孤児院を建てようと思う権力者も存在しない。スラムに流れ着く孤児は多いが、その大半は飢えや病気で死んでいく。


 しかし、それを気に掛ける者は皆無である。何故なら、この地に住まう多くの者達は、明日は我が身と怯える立場だからである。


 そして、そんなスラム街の路地裏に、一つの木箱が横たわっていた。元は荷運びに使われていたのだろうが、今はボロボロで隙間も多く、本来の用途で使う事は出来ない。


 その代わりに、開かれた側面には薄汚れた布が掛けられ、その中に住まう者達が居た。数多く存在する孤児の一部。十歳の少女と、五歳になったばかりの弟である。


 木箱には持ち物と呼べる物は何も無い。ぼろきれのような服を纏い、硬い木の床に寝ころぶだけ。姉弟は身を寄せ合いながら、静かな眠りについていた。



 ――だが、寝返りを打った少女は、激痛により目を覚ます。



「あ、つぅ……!」


 激痛が走ったのは右肩だ。少女は額に脂汗を流し、痛む肩を左の手で押さえる。そして、そのまま痛みが引くまでじっと堪え続けた。


 スラム街に住む孤児には、治療を受ける金も、薬を買う金も無い。怪我をしたら自然に治るまで、ただ耐え続けるしか方法がないのだ。


 そして、徐々に治まる痛みの中で、少女は今日の出来事を思い出す。請け負ったごみ処理の仕事中に、町人から受けた暴行についてだ。あれは運が悪かった。苛立つ町人の側に、たまたま少女が居合せた為である。


 しかし、同時に運が良かったとも思う。殴られたのは一発だけだった。それに五歳の弟であれば、打ち身程度では済まなかったかもしれない。そう考えれば、この程度で済んで良かったと思えたのだ。


 肩の痛みは治まったが、少女はすっかり目が冴えてしまった。弟の顔を覗き込むが、こちらには気付かずスヤスヤと眠りについたまま。どうやら、彼女の声で起きる事は無かったらしい。


 その事にホッとしながら、少女は木箱の外にそっと目をやる。何故かいつもより、外が明るい気がしたのである。


「――え? 霧が消えてる……?」


 少女は驚き、小箱の外へと飛び出した。夜空には満天の星が輝き、一切の陰りが見えなかった。それはこの地では非常に珍しい事であった。


 魔王の力が強まってから、空には常に薄い霧が掛かるようになった。少女はこれ程の星空を、今まで目にした事が無かったのだ。


 少女は我を忘れ、ただ夜空を眺め続けた。これ程に綺麗な物が、この世に存在すると初めて知ったのだ。


 そして、気付くと少女は手を合わせ、夜空に向かって祈りを捧げていた。これ程に澄み切った空であれば、少女の願いも届くのではと思ったのだ。


「どうか、弟をお救い下さい……」


 少女にとって唯一の家族。人としての暮らしを知らず、スラムでの生活しか知らない弟。姉である少女には、その事が心苦しくて仕方が無かった。


 何故なら、少女は五歳まで裕福な生活を送っていた。人としての生活を知り、この地が地獄である事を理解していた。


 しかし、少女が六歳――弟が一歳の時に父親が罪を犯して捕まった。犯罪者の家族として扱われ、母親と姉弟はスラム街へ移り住む事となった。


 そして、母親は娼婦となって金を稼いだ。だがそれが原因で病気に侵され、二年後には彼女と弟残してこの世を去った。


 少女が八歳の時に、姉弟はスラム街の路地裏へ投げ出された。三歳の弟は何もわからず、ただ姉に付き従って言いつけを守って来た。


 そのお陰もあって、姉弟はここまで生きながらえる事が出来た。犬猫と変わらぬ身分であっても、弟が居てくれる事が少女の救いであった。


「天使様。どうか、弟の事をお救い下さい……」


 少女の母親は、無くなる前に良く言っていた。人の為に生きなさい。正しき行いを続けなさい。そうすれば、きっと天使様が助けてくれるから、と。


 人の暮らしをしていた頃、母親は胸にペンダントを下げていた。財産と一緒に没収されたが、それは天使の姿を象った銀のペンダントであった。


 少女は天使の姿を脳裏に描き、必死に祈りを捧げ続ける。母親の言葉を信じ、弟が幸せになる未来を願って。


 しかし、両目を瞑った少女は気付く事が無かった。少女の願いに応えるように、夜空から一筋の流星が落ちた事に……。

第1章(12話分)は毎日更新予定。


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