仲良くなりたい! Ⅰ
────コンコンコン
「はい」
「やぁ、まだ起きてたの?」
その日もセディ様は遅くまで仕事をしていたらしい。もう日付変わってるじゃん。18歳の仕事量じゃないでしょ。
セディ様は少し疲れた様子で、私たちの寝室へと入ってくる。
「起きてるよ〜。おつかれさま、セディ様」
そう、私は日をまたごうと、セディ様が来るのをいつも待っている。ちょってでもいいから、お喋りしたいもん。
「そういえば、ミシェリア、聞いてる?」
「何を?」
「明日の午後に、僕たちとお互いの両親とで一緒にお茶するって話」
「え、聞いてない……」
え?セディ様のご両親ってことは、皇帝陛下と皇妃様と!?緊張する……そして、我が家の家族が揃う。考えただけで、不安だぁあああ。
「えっと、頭に入れといてくれると助かる」
「分かったわ。……兄様たち、絶対来るよね?」
「来るだろうねぇ」
そうでしょうねぇ。あの兄二人が揃うのか。大丈夫かな?いや、お母様もいるだろうし……あ、ダメだ不安が勝った。
何も起こらず終わってくれるといいけど。……どうかセディ様のご両親に対してヘマだけはしませんように。
────そんなこんなで、迎えたお茶会。行きたくない!
「ミシェリア、行きましょう」
パメラたちに可愛く着飾って貰ったし、セディ様もついてるから、大丈夫……だよね。
「は、はい!」
緊張するけど、セディ様に腕を借りて、いざ中庭に。
この前、セディ様とお話をした所とはまた別の中庭らしいけど、よくは分からない。だって、前回と変わらずバラしか見えない。何が違うの!?
「ごきげんよう、ミシェリア嬢」
「お茶会に招いていただきありがとうございます。皇帝陛下、並びに皇妃殿下にご挨拶申し上げます。ミシェリアです」
セディ様とは全く似ていない、この穏やかそうな人は皇帝。初めて肖像画見た時、ホントに血が繋がってる?って思ってごめんなさい。まぁ、優しそうな笑顔はセディ様と似てる。何だか見てるとほのぼのしちゃう、おじ様って感じ。
「お久しぶりね、ミシェリア様」
「はい、皇妃様。結婚式以来でしょうか。今日もお綺麗ですね」
「ありがとう」
皇帝の横に立っているのは、皇妃様。色っぽいふくよかな人で、羨ましい!!優しい口調ではあるんだけど、なんか怖いんだよね。いかにも高貴なお方。……セディ様のお顔立ちはお母様譲りね。
「ミーシェーーーっ!!」
どこからともなく、不吉な声が。どうしよう、悪寒がします。挨拶終わったし、体調不良で帰ったらダメかな。
振り返ってみると、こちらに一目散に走ってくるブラント兄様の姿が。げっ……。
上の兄、ディアン兄様は文官でセディ様の側近。
対する下の兄、ブラント兄様は馬鹿力を持て余した騎士。
昔は良かったんだよ?力持ちだったから高い高いしてくれてね?……ただ、私が喜んだからか、今でもしてくるんだよなぁ。恥ずかしいからやめてって言ってんのに。
しかも、成長につれ、力が強くなってくるから抱きしめてこられると痛いんだよね。もう、半分癖になってるんだろうけど。
だが、か弱い私に為す術なし。
あの兄は止まらないだろうから、今日は我慢しよう。皇族の前だから、はしたなく抵抗するのはダメだわ。うん。
「ミーシェ〜〜……えっ」
諦め、受け入れ態勢に入っていた私に、何の躊躇もなく飛びついてきたブラント兄様は、物の見事に足を引っ掛けられて転んだ。
誰が引っ掛けたかって?
私の天使、セディ様!グッジョブ!
「……痛ってー。何すんだよ、皇太子ィ?」
起き上がるや否や、ブラント兄様は不機嫌を隠すことも無く、セディ様を睨んでいる。
本当に、ディアン兄様の時も思ったけど、何でそんな上からな態度なの!?その人、将来一人で戦争を圧勝で終わらせちゃう【黒王】になるんだよ!?あんたらじゃ、勝てないっつーの!
まぁ?今は超天使で、その兆候が全くないけど……。こんな天使にイチャモン付けようなんて、私が認めない!
「ブラント兄様!もし、セオドリック様に何かしたら、許しませんよ?」
「はぁ?こいつが俺の足を……」
「だ・か・ら?」
「うっ、そんな睨むなよォ」
ブラント兄様はそんなことを言いながら、私に擦り寄ってくる。ま、ブラント兄様はディアン兄様より扱いやすいからいいんだけど。
「もういいですから、くっつかないでください!」
抱きつく癖は直して欲しいわ。ほら、みんなが見てんじゃん!やめてよ、恥ずかしい!
「ブラント?」
「げっ……」
いつの間に来たのか、お父様とお母様、ディアン兄様がこちらを見ていた。そして、その姿を認識するや否や、ブラント兄様は私を離した。
相変わらず、お母様は強い。
「あっ、ホタル!……ホタルも連れてきたの?」
「えぇ、会いたいかと思って」
「流石ね、お母様っ!ありがとう」
ホタルは蛍じゃないよ?ホタルという名前の、公爵家で飼っている大型犬。瞳が蛍の光みたいに、綺麗な黄緑色なの。
「久しぶり、ホタル」
「ワンっ!」
あぁ、かわいい。癒しだわ。
「ミシェリア、ホタルとの時間は後で設けるとして、お茶にしましょう?」
「はい、お母様」
こうして始まったお茶会は、なんだかおかしい。
「ミーシェ!!このクッキーうまいぞ!あ、でもミーシェが前に作ってくれたやつには劣るがな!」
「ブラント!ミーシェが嫌がっているだろう」
「あ"?ディアン兄こそ、ミーシェと近すぎじゃ?ミーシェ、嫌なら嫌って言わないと!」
さて、どうしてこの兄どもは私を挟んで喧嘩するんだろう。というか、なんで私の両隣が兄なんだよ!?普通ここは、セディ様が隣でしょ!?空気読んでよ。
ずっと不機嫌な私を他所に、兄どもは言い争いをし、両親はセディ様のご両親と楽しげに会話をしている。助けてよ、お母様。
そして、我が夫のセディ様はディアン兄様の隣で、何故か給仕をしていた。やっぱり、おかしい。セディ様!?何してんの!?あなたも、前世の記憶持ちですか?そして、前世は執事か何かで!?
「ワンっ!」
ホタルが私の裾を引きながら、外へと連れて行こうとする。救世主ホタル、なんていい子なのかしら。そのお誘い、はい喜んで!って言いたいんですけど?いい?ダメ?
「ミシェリア、遠くには行くなよ?」
お父様からの許しが出た。流石です、お父様!両隣で言い合っている兄どもを置いて、私はホタルと広い中庭へと出て行った。
これ以上、いい子ちゃんを演じれません!
ミシェリアは、両隣で喧嘩する兄たちにうんざりとした表情で菓子を食べていた。きっと、家でも似たようなことが幾度となくあったのだろうと推測できた。
どうにかしてやるべきかと思っていた矢先、公爵家の犬に裾を引かれて、それはそれは嬉しそうに席を立った。その時の、ディアンとブラントの様子から、わざとそう仕向けたのだと理解した。
まぁ、ただの茶会なわけないか。
犬と楽しそうに駆け回っているミシェリアを、俺は微笑ましく眺めていた。気付けば、他愛もない会話で笑い合っていた互いの両親さえも、ミシェリアを見守っていた。
一呼吸おいて、ミシェリアの前では見せられない、皇太子の姿をとる。
「それで、ミシェリアに席を立たせてまで、何のお話でいらっしゃたのでしょうか?」
フォンガート公爵は紅茶の入ったコップを置いて、俺の方を真っ直ぐに見た。一瞬にして、場の空気が凍てつく。ディアンとブラントの父親と言われて納得する、威圧感がある。あぁ、この人の方が皇帝にふさわしいと言われるはずだ。
「セオドリック皇太子殿下、あなた様はあの子をどう思われますかな?」
「どう、とは?」
「もうお分かりでしょうが、あの子は何も知りません。何も」
そうだ。ミシェリアは、何も知らない。何も。俺のことも、俺の置かれている立場も、己の置かれている立場も。だから、あんなにも優しくしてくれる。そうでなければ。
「あの子は、よく悪夢を見るのだと言って、泣きながら起きておりました。夢の中までは守ってやれない。ならば、せめて、現実ではと思うのが親心というもの」
悲しげな表情で公爵が口にした内容は、俺にも心当たりのあるものだった。まだ、一回しか見ていないが、侍女が戸を叩く音にまで怯えていた。
「皇太子殿下。私はあの子を、お前のようなバケモノにくれてやる気などさらさらなかった。だが、くだらぬ勢力争いに巻き込むくらいなら、お前に守らせた方が得策だろうと婚姻を認めたまでのこと。あの子を、泣かせてくれるなよ?」
萎縮してしまうほど、鋭い眼光。ミシェリアを泣かせたり、傷一つつけただけで、どんな手を使ってでも殺すという、完全なる脅し。
「何がおかしい?」
公爵に言われて、自分が笑っていることに気づいた。フォンガート公爵は、随分と腹立たしげな様子だ。それすら、嗤える。
「ミシェリアのことは、絶対に守ると約束しますよ。ただし、アンタのためじゃない。俺のミシェリアのためだ」
「フッ、いい度胸だ」
フォンガート公爵は、話は終わったとでも言うように、紅茶を口に運んだ。ティーカップを置くと、さっきまでの覇気は消えていた。
「本当に、似てませんなぁ?」
「どういう意味だ?宰相」
フォンガート公爵は、今度は皇帝である父に喧嘩を売り始める。ここでようやく、まだ、ミシェリアの結婚の件で拗ねて嫌がらせをしていたのだと気づいた。
いい加減、子離れして貰いたいんだが。
「何のお話をされているんですか?」
何も知らないといった表情で、ミシェリアが顔を出す。いくつかクッキーを手に取り犬にやって、自分は紅茶を口にする。動き回って、喉が渇いたのだろう。
「フォンガート公爵が、どれほどミシェリアを大切にしているか、教えて頂きました」
「あ、ソウデスカ……」
笑顔だが、嬉しそうじゃない。ミシェリアは表情がコロコロ変わっておもしろい。どういう感情かは、分からないけど。
「あ、そういえば、ディアン兄様の結婚っていつになるんです?」
「「「え!?」」」
今日のミシェリアの口からは、随分ととっ調子もない話題が出て来た。
「何の話だい?ミーシェ」
「あら、これ秘密だったの?お母様まで驚くなんて。あからさまな態度の差だったから、てっきり公然の事実だとばかり。……じゃぁ、ブラント兄様の恋人のことは?」
「ゴホッ……お前、どこまで知って」
ディアンとブラントの様子からして、恋人がいるのは事実だな。俺も初耳だ。というか、他人を愛せたんだなぁ。意外だ。
「あらぁ〜、私も知ってる子?今度、紹介してくれるわよね?」
「お母様、品定めだとか嫁いびりはダメですからね!お母様以外で、お兄様を謝らせられる方はあの方だけです!あの方を逃せば、お兄様を御せる方は一生現れないでしょうから!」
「ディアン、とっとと身を固めろ!どんな家柄だろうと、皇太子の権限でどうとでもしてやる!」
「は?ダメだ、ダメだ!ミシェリアが嫁に行って、ディアンやブラントまでなんて。結婚はまだダメだ!私との時間が減るじゃないか!まだ当分は、認めんぞ!?」
「あなた、二人とももういい歳なのよ?」
「関係ない!まだ、一緒に〜!!」
それからは、フォンガート公爵の愚痴聞きになった。子供たちの誕生から、成長。思い出話を聞き、結婚しないでくれと泣き出す公爵をみんなでなだめた。
なぜ、こんな展開に。