転生したのは、小説の中!? Ⅳ
「敬語をやめませんか?」
「はい?」
セオドリック様と一緒にいて、ずっと思っていたこと。なんで敬語?おかしいじゃん!?
「セオドリック様は皇族ですよね?私は、元々公爵令嬢です。立場が逆なら分かりますが、私よりも上の立場なのにどうして敬語なんですか?それに夫婦なんですから、もう少し砕けた口調でもいいのではないでしょうか?」
「なるほど、やはり……そういう事ですか」
ん?何に納得した?何に納得した上で、何に頭を悩まされているの?口調を変えて、距離感を縮めよう作戦にご不満が!?
「それは互いにでしょうか?」
「お許しいただけるなら」
そんな無理にとは言いませんが、そんな悩みます?嫌ならいいよ〜。後で部屋で泣くだけだから。
「2人のときのみ。というのはいかがでしょう。……僭越ながら、兄君たちとは仕事の関係上、友好的でいたく」
「・・・分かりました。それで」
兄たちの性格を思い出す。うん、私たちが仲良くしてたら拗ねる。拗ねて、セオドリック様に八つ当たりするかまたストライキ起こしちゃう。うん、確実だね。お父様も加わったら、お母様も参戦して……これ以上は考えたくもない。
厄介な身内がすみません!!
「はい……じゃなくて、うん。えっと、たまに敬語が出るかもしれないけど、許してね」
「うん!よろしくね」
お互い、敬語を辞めただけなのに、なんだか気恥しい。きっと、2人して顔は真っ赤だわ。
「あ、熱い?」
手をパタパタさせて、顔の熱を冷まそうとしていた私にセオドリック様が反応する。
応えるよりも先に、セオドリック様は手を掲げ……その瞬間、ヒュっと空気が変わった。ん?冷房ガンガンの店にでも入ったみたいな、何コレ。
セオドリック様の反応を見るに、犯人はあなたですね。……冷房いらずじゃん。すごっ!
「これって、セオドリック様の魔法?」
「う、うん……」
「ありがとうございますっ!わぁ、凄い!私、魔法初体験です」
忘れるところだった。ここファンタジー系の世界だ。流石、チート持ち。魔法もお手の物ってか。
「あ、次はセオドリック様の番っ!何か私にお願いしたいこととか、聞きたいことない?」
「……」
一方的はダメだよね。そのまま魔法見せてと喉まで出かかった願望を抑え込み、質問する。セオドリック様……ご不満ございませんか。出来うる限り、努力致します。
「セ、セディって呼んで欲しい……。あっ、今のは無しで!え……えっと……」
少し考えて、セオドリック様の口からこぼれ出たのは愛称呼び。小さい声だったけど、私の耳はちゃんとその声をキャッチした。何故かてんやわんやするセオドリック様。そんなの朝飯前ですとも〜。
幼い頃のかな?……きっと可愛かったんだろうな。
「分かった。これからは、セディ様って呼ぶね!」
「っ、はい……」
もう、セディ様が照れるから、こっちにまで移っちゃう。
「セ、セディ様も私の事、愛称で呼んで構いませんよ?私、家族にはミーシェって呼ばれてて」
「あっ、遠慮させていただきます」
スっと真顔になって、丁重に、そして有無を言わさぬ笑顔で断られた。残念。そんなに嫌?
「えっと、嫌とかでは無いですよ?ただ、呼び慣れてしまって、その、ご家族の前で愛称呼びが出てしまったらと思うと……」
私の表情から感情を察してくださったらしく、セディ様は言いづらそうだがちゃんと説明してくれた。はい、ごもっともなご意見です。
「ナルホド。では、ミシェリアは?そのくらいは許されると思うので」
「……愛称よりは?」
セディ様、聞こえてましてよ。
「では、ミシェリアで」
「はい、セディ様!」
セディ様が呼ぶだけで、自分の名前が崇高で特別なもののように感じる。私の名前、サイコー!何度でも呼んで!!
その後も、交互に質問したり、こうして欲しいという事を言い合った。
そこから他愛もない世間話へと話が逸れ、気がつけば共通の話題で盛り上がってしまっていた。そう、兄様たちにこれまでどれだけ困らされて来たかという、悲劇について。
まぁ、セディ様と仲良くなる材料となれたのだ。あの日々を乗り越えた私も、これで浮かばれよう。
─────それからも、食事の席やお茶の時間にはふたりで他愛もない話をするようになった。夫婦らしいことはないけれど、友達と読んで差し支えないくらいにはなれたんじゃないだろうか。─────
それからは、セディ様と顔を合わす機会がぐんと増えた。時間が合えば食事やお茶の時間を共にし、同じ寝室を使うようになった。
まぁ、初夜を逃してしまったからか、夫婦の営みはなく少し会話をして一緒に寝ているだけだが。
「お仕事お疲れ様です、セディ様」
「ミシェリアも、妃教育お疲れ様」
疲れを感じさせない笑顔に、今日の疲れも吹っ飛ぶ。
「髪、濡れてる。ちゃんと乾かして寝ないと、風邪ひくよ?」
そう言って、セディ様は慣れた手つきで髪を乾かしてくれる。最初はびっくりしたが、セディ様が楽しそうだし言い出せそうな雰囲気でもなく、今では自然とされるがままになっている。
「そうだ、ミシェリアの誕生日来月だよね。誕生パーティーをやらないかって話しが出ているんだけど、どう?」
パーティー……!?
あ、私、貴族だったの忘れてた。あぁ、そうだったわ。貴族って誕生日に色んな貴族呼んでパーティーするんだった。私が社交界嫌がったせいで、フォンガート公爵家では、家族だけで祝ってたから忘れてた。
皇太子妃になって初めてのパーティー。ってことは、皇太子妃のお披露目も兼ねたパーティー。
夫であるセディ様がいるから壁の花と化すことはないんだろうけど……パーティーで踊らないってことはないよね。
最近の妃教育は政治やら歴史やらばっかで、ダンスや所作の練習してない。ダンスの練習しなきゃ。セディ様に恥ずかしい所は見せたくない。失態など許されない。
「セオドリック様、私がんばりますから!」
「ん?うん?えっと、パーティーするって事で進めるね。……あんまり、無理しないでね」
セディ様優しいっ!!
─────来月のパーティーに向け、政治やら歴史やらの勉強は少しお休み。ダンスレッスンを受け始めた。
子供の頃からダンスはやっているから、体が覚えてくれているけど、いつも相手が兄様たちだったこともあり癖で足を踏みつけに行ってしまったら……という不安は消えない。
セディ様の足を踏まないために、完璧に仕上げないと。
そんな調子で、ダンスレッスンづくし。ただ、やり過ぎは良くないからと、休憩をと自由時間が増えた。どうやら私の見た目は、私をか弱い少女に見せるようだ。……超、元気有り余ってるんですけどね。
「ひま〜」
暇を持て余した私は、侍女のパメラたちの目を盗み、部屋に篭っていると思わせて部屋を出る。勝手をしてごめんなさい 。
ま、見られた所でバレる気など毛頭ないが。
なぜなら今の私は、メイドだから。こっそり調達しておいたメイド服に、変装メイク、仕上げにお嬢様らしからぬボサボサの髪型セット。
いやぁ、こんな所で私の不器用さが役に立つとは。
にしても、なんでメイクして、元の顔よりブスになるんだろ?真面目にやって、こうなるの。なんで?私、ある意味すごいのかもしれない……あ、悲しくなってきた……。女として、悲しくなってきた。
「ちょっと、あんた新人?」
「は、はいっ!?」
今の私と同じ服だから、メイドさん?うわぁ、美人は美人でも、パメラと違ってカッコイイ系だ。
「すみません、迷ってしまって……」
「最初はそんなもんよ。手を貸してほしいの、ついてきて」
「はい」
もしかしたら、すぐバレて不審者扱いされたりするかもって思ったが、流石は鎖国中の国。警備が緩い。王宮がコレって……大丈夫か、この国。
ま、今の私にはこんなにオイシイことは無いんだけど。
メイドに変装、一日目。
部屋に籠っていることになっている私、ミシェリアは今、洗濯を手伝っています。
正直に言いましょう。洗濯機欲しいーー!!
手洗い、キツい。まだ、初夏で良かったのかもだけど。冬じゃなくて良かった。とも思うけど!キツいよぉ。
貴族としてのお勉強も大変だけど、侍女やメイドも結構大変だわぁ。……いつも、ありがとうございます。と、しみじみ感じる今日この頃です。
「ねぇ、あなた、名前は?」
「……ミ、ミアです」
最初と最後って、安直〜。安直すぎるよ、私〜。
「ミアね。私はカミラよ」
声をかけてくれた先輩メイドのカミラさんは、少し気が強そうなカッコイイ感じの女の人。でも、ちゃんと仕事を教えてくれたし、これぞ姉御肌って感じ?
「俺は料理見習いのロイドだよ」
「っ!?」
わっ、びくっりした。厨房の制服ってことは、コックさん?
「カミラ〜、その仕事終わったらでいいから、手伝いに来て欲しくて」
「またぁ?……もう、これが終わったらね」
「助かるよ」
「ハイハイ。とっとと行って」
カミラさんは手でシッシッとロイドさんを追いやっている。よくあることなのかな?ふふ、仲良いなぁ?
その後、カミラさんは慣れた手つきで洗濯物の山を片付け、私の分の洗濯物も手伝ってくれた。実際、私ほとんど役に立ってない気がする……。ごめんなさい、そしてありがとうございます。
「さ、次は厨房に手伝いに行くわよ」
「はい!」
「カミラさんは、どのくらいここで働いていらっしゃるんですか?」
ロイドさんのいる厨房へ向かう道中、沈黙が嫌で質問してみる。
「そう歳も変わらないんだから、そんなにかしこまらないでよ。貴族じゃないんだから。私は今、3年目よ」
カミラさん。可笑しそう笑っていらっしゃるところ申し訳無いのですが、……私、貴族なんですよ。というか、皇太子妃ですよぉ。なんて。
王宮勤め3年目だからか、カミラさんは、だだっ広いこの王宮で迷うことなく厨房へと私を連れて行ってくれた。
「よく覚えられますね」
カミラさん曰く、覚えてしまえば簡単だって。私には覚えられる自信が無いよ。なんて考えてると、厨房に着いてしまった。あぁ、もう覚えてない。もう洗濯場まで行ける気しない。
「こんにちは!!お手伝いに来ました!」
カミラさんは明るい声で厨房に入っていく。私はカミラさんの後を追う。
「おっ、カミラとミアちゃんっ!来てくれてありがとう」
こちらに気づいたロイドさんが挨拶してくれるが、すっごく忙しそう。もうすぐ夕食ですもんね。
「食材切るの手伝って」
「はい」
カミラさんに包丁を渡される。
さて、とりあえず、皮むきね。・・・え?ピーラーは?
私の手には、右手に包丁、左手には皮がついたままのじゃがいも。皮をむくように言われたんですが、包丁でやんの?マジかぁ。
小学校の頃、リンゴの皮を包丁で取らされたのを思い出しながら、皮をむき始めた。
────グサッ
思いっきり実までいった。
無理ゲーじゃない?と思って、カミラさんに声をかけようと横を向くと、これまた慣れた手つきで、カミラさんはじゃがいもの皮をスルスル剥いていた。
姐さん!いや、お母さん!マジで!?
カミラさんの手際の良さに驚いていると、私の視線に気づいたのか、カミラさんと目が合った。
初めは、「なに?」って感じだったけど、私の手元を見て「うわぁぁ」って言いたげな死んだ目になる。確かに私の手には、ボコボコで所々皮が残っているムダに小さくなったじゃがいもが握られているが……そんな目で見ないでぇ!
「えーーー、剥き方は今度教えるとして、今日は私が皮を剥くから、それを8等分くらいに切ってくれる?」
「ありがとうございます」
そんなこんなで、一日目はカミラさんに頼りまくって何とか乗り過ごせた。おかげで、その日は酷く疲れ、ぐっすりと眠れた。




