転生したのは、小説の中!? Ⅳ
「っ!…はぁ……はぁ……はぁ…………。夢……?」
いつもは、私が死んだ時に夢なのに。今日は、セオドリック様が死ぬ夢を見た。
不吉な夢。妙にリアルな、嫌な夢。
セオドリック様を失う恐怖と、セオドリック様を殺そうという民への怒り。そして何よりも、何も出来ない自分の無力感……。
夢とは思えないほどに、私に恐怖を植え付けた、おぞましい夢。何で、セオドリック様なの?何で、セオドリック様がっ!?
彼も彼、何で強いくせに死を受け入れてんの!?私は、生きたくても生きられなかったのに……。
「ん?……ミシェリア?」
起こしてしまったのか、セオドリック様は横から眠たげな声で私の今の名を呼んだ。
優しく私を呼ぶセオドリック様の声が、心に染みる。恐怖は、無力な悲しみへと変わった。
目の前には確かにセオドリック様が居る。こちらを見て、心配げに私を見つめるセオドリック様。手を伸ばせば、ちゃんと届くし、触れられる。そして何より、暖かい。
「セオドリック様っ……セオドリックさまぁ〜、うわぁぁん」
セオドリック様を見ていると、涙が溢れ出た。子供みたいに、泣きじゃくる。何年ぶりかの涙だった。ただただ泣き続ける私を、セオドリック様はただただ、優しく抱きしめてくれた。
「大丈夫です。悪い夢でも見ましたか?もう、大丈夫ですよ」
そう言って、優しく私の髪を撫で、暖かい腕で抱きしめてくれる。なんて優しい人。
先程の夢は、ただの夢だと分かっている。だけど、未来を知っている私には、いつか来る未来なのではと、不安な考えがよぎる。
私は、私が思っているよりもずっと弱かったらしい。そして、私が思っている以上に、彼を失いたくないらしい。
──────コンコンコン
扉をたたく音。ただそれだけの事なのに、それが怖くて怖くてたまらない。
何!?彼を捕まえに来たの?処刑台へ送ろうと?
そんなわけないのに、今の私はその音にさえ怯えるほどに神経質になっていた。
「待て!……ミシェリア、大丈夫ですから。落ち着いて?君が恐れるものなんて、ここには何一つないのですから」
肩を震わせて扉を睨む私に、セオドリック様は変わらず優しく語りかける。
いいえ、恐ろしい。あなたを失うのが、もう会えないのが、恐ろしい。
前世では恋人こそいなかったけど、大切な家族や友達がいた。就職だって、やっと決まった時だったの。私の人生、これからだったのよ?
あれがいつかは分からない。あなたは少し大人びていた。でも、まだまだ若かった。人生はまだまだこれからだったはず。
どうして?どうして死を選んだの?死を受けいれたの?
分かってる。あなたは優しいもの。
分かってる。あなたは皇帝だったんだもの。
でも、私は違うの。私はあなたが、セオドリック様が大事なの。
『死なないで』
言葉にならない言葉。でも、それだけが私の願いなのだと、気づいてしまった。
「ミシェリア……」
セオドリック様は、私に笑顔を向けたまま手を除けた。その笑顔に気を取られて、思考が停止していた。その間にも、セオドリック様はベッドから立って、扉の方へ。
そこまで来て、はっと気づいた。
「やめて……セオドリック様っ!」
「……?」
必死になって、セオドリック様の元へかけて行った。だが、それよりも早く、扉は開いた。
「ひっ……!?」
セオドリック様を連れて行かれまいと、彼に必死にしがみついた。
やめて、奪わないで。殺さないで…お願い……。
「ミシェリア様?」
開かれた扉から、パメラの顔が覗く。
……ほっ
その顔を見た瞬間、身体から緊張が抜けるのを感じた。それと同時に、また涙が溢れてくる。
そうよ。あれは夢で、まだセオドリック様は連れてなんて行かれない。
「何か温かいものを頼めるか?」
「えっ、あっ、はい」
「……ミシェリア、座りましょうか」
セオドリック様は扉を閉めて、私を椅子に座らせた。隣に座って、私が落ち着くのを待ってくれている。本当に、優しい人だ。
─────コンコンコン
その音に、ビクッと肩が跳ねたのをセオドリック様は気づいたのだろう。手を握ってくれる。
「大丈夫ですよ。……入れ」
「失礼します……」
入って来たのは、温かい紅茶を持ったパメラ。
パメラはカーテンを開けて、外から明るい朝の光が部屋に入ってくる。そんな中、セオドリック様が入れてくれた紅茶を飲んでいる私。
紅茶を飲んで落ち着いたからかな。……今朝の自分の行動を思い出して、恥ずかしさと申し訳なさで……もう、どうしよう。
皇太子に泣きついて、紅茶を入れてもらうとか……。本来、私が入れるべきなのに。これじゃ、兄様のこと言えなくてなっちゃう。
「落ち着きましたか?」
「……はい」
恥ずかしさから、顔が見れない。
「何よりです。朝食はどうしますか?部屋に運ばせましょうか?」
「いえ、もう大丈夫です。……あ、一緒に……」
「はい、じゃぁ待ってますね」
そう言って、セオドリック様は部屋を出た。……なんなの、あの天使っ!!あれが私の夫とかマジで!?最っ高の旦那様じゃん。
「絶対に、守りますからね」
私は、小さくそう呟いた。
夫婦になって、初めての朝食なのに、なぜ私は目を泣きはらしているのでしょう。
パメラたちによるお化粧のお陰で、さっきよりずっとマシになったけど、明らかに泣いた跡が残っている。てか、どの道、セオドリック様には大泣きしたとこ見られてるし……気づいてしまったら、余計に恥ずかしい。
「お待たせしました。セオドリック様」
「そんなに待っていませんから、気になさらないでください」
この人、天使すぎない?
え?これが夫なの?至福なんですけど!?
「…………ミシェリア?」
「あ、はい」
セオドリック様の前に座って、朝食だ。なんか変な所ないよね?所作はちゃんと習ったけど、セオドリック様を前にすると何か不安になってくる。
西洋料理が主流なこの国では、いつもご飯と味噌汁が恋しくなるが、これはこれで美味しい。何の肉かは分からないけど……。
「「…………」」
……え?会話とかなし?
一般家庭、ひいては彼の家庭環境を知らないから分かんないけど……会話しないのは普通?フォンガート家では賑やかな食卓が普通すぎて、何か居心地が悪い。
喋りたいけど、喋っていいのか分からないこの空気、誰かどうにかしてくれない?つか、何喋ったらいいの?
この肉うまいとかでいい?
「……あのミシェリア、今日は何か予定はありますか?」
話しかけてくれるとか、ありがとうございます!
「妃教育が少しあるくらいですね。……あっでも、予定より早く進んでいるので、休んでも全然大丈夫ですよ?」
普通に答えてたけど、もしかして何かあります?もしかして、デートとか……?あ、どうしよう、なんかドキドキしてきた。
「もし良ければ、お話でもどうかと……。その、昨夜は出来なかったので」
あ、そういえばそうでした。
ちょっと残念……って、何が残念なの!?大事なイベントじゃん!頑張って、仲良くならなきゃなんだから!
「ぜひ!……あ、セオドリック様のお仕事は?」
「あぁ、えっと……。ディアンに仕事を取られてしまいまして。2、3日は休暇だと思ってください」
はにかんだ笑顔でそう言うセオドリック様、かわいい。けど、あの兄が気を利かせたのかな?ディアン兄様らしくない行動だけど……。
「では、ミシェリア様。本日の妃教育はお休みにさせていただきます。あ、ちなみにですが、ディアン様たちは奥様にお灸をすえられたそうです」
パメラが右後ろからコソッと耳打ちしてくる。顔が見えないけどきっといつもの綺麗な顔で言っているのだろう。
……兄様、お父様……ドンマイ。それからパメラ、お母様チクったのはあなたね。また、あなたなのね。どうせ、私の話もしたんでしょう!?……やだ、次にお母様に会ったらと思うと、違う意味でまた泣ける。
「えっと、一緒に中庭でも散策しながら、というのはいかがですか?」
「中庭……そうですね」
セオドリック様、お気遣いありがとう。
ただ、それはどこですか?聞いたところによれば、庭園が5つあるそうですけど、どういうことですか?そんなにあったら、もう覚えようがないんですけど?
─────そんなこんなで、セオドリック様とのお話しの場を設けてもらいました。
まぁ、ただ面と向かっているだけだと話しづらいと思い、中庭を見に行くことには賛同したけど、もうひとりじゃ部屋に帰れない。ここどこ。
王宮広くない!?
金持ちの頭ん中、意味分かんない。何で、そんなに迷わず歩いて行けるんですか?私もいつかできるんですか?無理だと思うんですけど!?
慣れた様子でたったか歩いて行くセオドリック様の背を見ながら、私はそんなことを思った。
「母の趣味で、バラが多いんです。刺があるので、気をつけてください」
セオドリック様の案内の元、中庭を歩いてるけど、私に花を愛でる趣味はない。
辺りには確かにバラが多い。赤いバラから、黒いバラまで色々な色がある。確かに皇妃様には、バラが似合う感じがする。
だが、もう一度言われてもらおう。
私は花を愛でる趣味は無い。
女だからって、花が好きと思うなよ!?高校の卒業式に花を貰ったけど、家に帰って思ったよね。「これどうしたらいいの?」って。離任式の先生たちどうしてんだろ。
よって、私の感想は「綺麗だなぁ」「庭師さん大変だろうなぁ」以上。何よ、それ以上、どうしろと?
「ミシェリア、あそこです」
セオドリック様が案内してくれたのは、ガゼボというらしい、花を見ながらお茶できるとこ。東屋みたいなところです。
さあ、そこでお茶をしながら、お話タイム!
──────ってことになったんだけど……あれ、おかしいな。私、妻ですよね?なんで、こんなもてなされてるんですか?
セオドリック様は流れ作業みたいに私を座らせ、お茶を入れ、お菓子と一緒に私の前に。
それ妻の仕事では?というか従者の仕事では?
そして、朝も思ったけど、なぜこんなに美味しいんですか?もしかしたら、私の入れたお茶より美味しいかもしれない。なんか、悔しいわ。圧倒的に、女として負けている気がするわ。
「……えっと、何を話しますか?」
旦那様、そんな普通の顔して聞かないで。
お母様がここにいたら、私、今頃「普通あなたが入れるべきでしょ?」って説教されてるよ?……とは言えないけど。
さて、何を話そう。色々話したいことがある。聞きたいことがある。候補はいっぱい考えた。でも、一番に言いたいことは、決まっている。
意を決して、言葉にした。
「セオドリック様、ずっと思っていたことがありまして……。まずは、私のお願いを聞いてくださいませんか?」
「は、はいっ!何でしょうか?」