転生したのは、小説の中!? Ⅲ
「出直した方が?」
入ってきたのは、セオドリック様だった。その姿を見た瞬間、驚きで席を立った。
ずっと会いたかったけど、今はお呼びじゃねぇ。よって、首を横に振って、全力でお帰りを願う。
「いいえ、ちょうどお会いしたかったんです」
兄様!?セオドリック様を呼ばないで!まず、私とお話ししましょ!?ねっ!?
セオドリック様を手招きしている兄に、心の中で文句を言う。なぜ言葉にしないか?兄が怖いからです。笑ってるのに、笑ってない、その顔やめて!
お願いします。ここは、セオドリック様が帰ってっ!!
「……はぁ。ディアン、言いたいことがあるなら言え。ミシェリア、そんなに首を振られても私は仕事でここに来たので帰れません」
セオドリック様の一言で、その場の空気が一変する。流石、皇族……。威厳があるなぁ。そう思いながら、彼を見つめる。
……ん?今、私のことミシェリアって呼んだ?この前まで、ずっとミシェリア嬢だったのに。……相変わらず、何故か敬語だけど、嬉しいっ!
一瞬、顔がニヤけたが、笑顔はスっと消えた。ひとつ、疑問を持ったからだ。
改めて考えると何で敬語?皇族と公爵家の令嬢なんだから、皇族のセオドリック様の方が偉いよね……?
「……ミーシェを傷つけるなと言ったはずだが?」
唐突に兄がそう言った。
へ?……何の話?てか、セオドリック様相手に、そんな殺意むき出しにして言うなんて、兄様すごいわ。相手、誰か知ってる?チートだよ?チート。
「何か気に障ることでもありましたか?」
セオドリック様がこちらを見ながら、尋ねてくるが、正直同感です。何かありましたっけ?というか。
「私、傷ついてたんですか?」
「「…………」」
私の発言に、その場に沈黙が流れる。自分に自問してみるが、全く心当たりがない。
「……ディアン、これ、何の話?」
セオドリック様が頭を抱えながら、兄様に問う。そんな姿も絵になるなぁ。かっこいい。
「ミーシェの何が不満なんだっ!?こんなに可愛いのにっ!?」
「……もう一度聞きます。何の話ですか?」
セオドリック様が目をパチクリしながら問う。
ディアン兄様っ!?セオドリック様の前で、そんな身内贔屓な発言やめてっ!恥ずかしいっ、恥ずかしいから!
見てよ、セオドリック様の顔っ!!すっごい、バカを見る目だよ!……あ、でもかっこいいから私は好きだよ?
「お前がミシェリアを嫌っているそうだが、何が気に入らないんだって、聞いてるんだ!初夜もまだだと聞いたし、どういうつもりだ!?」
うん、確かに嫌われてるし、寝ちゃったよ?でも、そんな風に言わなくても良くない?
兄様、妹傷つくよ?
どっちかっていうと、今傷ついたよ?
兄様の発言に傷ついたよ?
「ミシェリア、少し席を外してくれませんか?」
「はぁ?お前が出てけよ!……うちがどんな思いでミーシェを嫁に出したと思ってるんだ!」
兄様っ!?相手、皇太子だよ!?ついでに言うと、将来たった一人で戦争しちゃう皇帝になる、皇太子様だよっ!?あんたは勇者か!?いや、愚者か!?
「はぁあああ」
セオドリック様のすっごく重いため息。
「も、申し訳ありません、セオドリック様!うちに兄が、本当にっ!」
日本人の業なのか、反射的に謝罪の言葉が出た。どうかお許しをっ!こんな兄ですが、根はいい人なんです!……多分。
「頭を上げてください。よくあることですから」
「えっ!?」
あぁ、セオドリック様の優しい声……癒される……。って、何がよくあるんですっ!?こんな事が?それダメじゃないですかっ!?
「さて、ディアンとは後で話すとして、私がミシェリアを嫌っているというのは何のことでしょう?」
セオドリック様は穏やかな声と表情で、私が話すのを待ってくれている。もう、ホント天使!どうやったらあの黒王になるの……?
「その、傷ついたわけじゃないんです。ただ、一ヶ月も会えないので、避けられているのかと……」
「あぁ、仕事が忙しくて……すみません。もう少しで落ち着きそうなのですが……」
セオドリック様は本当に申し訳なさそうな顔をする。可愛い。マジで可愛い。怒られた子犬みたいな、困り眉の表情、可愛いっ。
「はぁ?仕事よりミシェリアを優先してくれません?」
おのれ、兄様っ!兄様の声で、可愛いセオドリック様が消えちゃったじゃんっ!!
「何だよ、言いたいことがあるなら言えばいいだろ?」
我が兄はどうしてこうも偉そうなんだ?皇太子を立たせたまま、足組んで座ってんじゃないっ!!
────ちっ
あれ、なんだか、今度はセオドリック様から殺気が……。
「いい加減にすべきはそっちだろう?今だって、誰かさんの仕事が俺に回ってきて、それに追われているんだが?ただでさえ、自分の政務も山ほど抱えているんだが?何で宰相であるお前の父親と、お前ら兄弟の仕事を俺がしているんだ?重役が働かないと下が働けないから、俺が寝る間も惜しんで働いているんだが?文句があるなら、いい加減働け!」
笑顔が唐突に消え、怒鳴るセオドリック様。優しい人が怒ると怖いと言うけど、確かに怖い。でも、私は彼より怖い人を知っているからそんなに怖くないけど。
さぁて?えーと、つまり、うちの男どもが原因ですね?
全く、こちらは命をかけているというのに。全く、このバカ兄様と過保護なお父様ってば……。もう、これは完全に堪忍袋の緒が切れるってやつですよ?
「ご覚悟はよろしいですね、にぃさまぁ?」
セオドリック様の話を要約すると、我が家の男どもが、優秀さ故に重役に着いたはいいものの働かないと……。
何で、皇太子がその尻拭いをしてるんでしょうね?戦争でも、一人で先陣切って、政務も一人で背負ってるんですか!?
おかしいですねぇ?
「セオドリック様、うちの者たちが本当にすみません。……で、兄ィ様?お父様とブラント兄様にも伝えて下さい。いい加減にしないと、私もお母様も黙ってませんよ?」
我がフォンガート家では、一番お母様が強い。真っ当な理由でしか怒らない、普段は優しいお母様。怒ると、般若のごとし。
だから、お母様に言い付けるのがフォンガート家の者には一番の痛手である。
ただ、この場合……私が初夜に寝ちゃった事もついでにと、怒られそうだから使いたくない手なのよねぇ。……でも、一番考えるべきものはセオドリック様との関係。
「働いてくださいね?にぃさまぁ?」
「なっ……っ、分かったよ。伝えとくし、働きますよ」
「鬱憤を晴らそうと、部下の方に過重労働させてはいけませんよ!?」
「……ちっ」
この鬼畜兄、する気だったな。
兄様はセオドリック様の持ってきた紙を持って出て行った。あとから聞いたが、兄の政務室と思っていたこの部屋は、ただの客室だそう。
あの兄は、王宮に何しに来てんの?
「えっと、父と兄はこれで働くと思います。また何かあれば、遠慮なく言ってください……」
ホント、申し訳ない。
「いえ……。そうですね、父君も兄君も優秀ですから、働いてくれるなら、数日でこの忙しさは乗り越えられると思います」
セオドリック様は少し申し訳なさそうに言いますが、うちの兄らのせいなので、そんな気にしないでください。本当に、本気で、ごめんなさい。
「落ち着きましたら、改めてお話しをしましょう。私もミシェリアとは、仲良くなりたいので」
ふっと優しい笑みを浮かべて、セオドリック様は私に語り掛けてくれる。
うわぁーーっ!!超いい笑顔で、私と仲良くなりたいだってっ!天使か!?天使なのか!?
「……ミシェリア?」
「あ、はいっ!お待ちしてますっ!……お仕事頑張って下さい」
「え、えぇ」
─────コンコンコン
「はい」
「まだ起きていたんですね。……やっと、仕事の方も落ち着きしました」
そう言ってセオドリック様が私たちの寝室に訪れたのは、2日後の事だった。
お父様とお兄様たちがいたら2日で終わる仕事……セオドリック様だけなら何日かかったのだろう。一ヶ月前からちゃんと働いてくれてたら、何日で落ち着いたのだろう。
そう思うと、再び申し訳なさと怒りを感じるが、起こったことは仕方ないっ!それより、破滅回避のために仲良くならないとっ!
……でも、ずっと働いてたんだよね?……休むべきよね?
「えっと、どうしましょう……?」
セオドリック様はこんな時でも、私の意志を優先してくれる。なんて、いい人っ!でも……。
「セオドリック様、今日はお疲れでしょう?夜も遅いですし、私ももう眠いです。お話はまた明日にしませんか?」
「お気遣いありがとうございます。そうですね、お言葉に甘えて、今日は寝ましょうか」
そうして、その日は一緒に寝ることに……。いや、こんなイケメン隣に置いて、寝れるか?寝れないわ!
と、思ったけど、いつの間にか寝ていた。
───────あれ、ここは……?
すごい人の数。……みんな集まって、どうしたの?みんなすごく興奮して、祭りかな?私も、見てみたいっ!!
「普段、街に出ることなんかないからなぁ」
人をかき分けて、どうにか前に進む。何があるのだろうと、胸を踊らせて。
「ごめんなさい、通して……。私も見たいのっ」
思ったよりも、人が多くて全然進めない。
それでもどうにか人をかき分けて、最前列へ出た。
「…………え……」
踊っていたはずの胸の鼓動は、違う意味で速くなる。一気に体から血の気が引くのがわかる。
嘘でしょ?どうして?
目の前には、汚れた薄着のシャツを着た、セオドリック様。その手と足は、重々しい鎖で繋がれていた。
そして向かっている先には、ギロチン……?
何?じゃぁ、ここにいる人たちは、セオドリック様の死にこんなにも興奮しているの?彼がなぜ?あんなにも優しい人が、なぜ殺されるの?
「セオドリック……さま……?どう……して……」
静かに、頬から涙がこぼれた。
ふと、セオドリック様と目が合う。セオドリック様は周りの兵士に、雑に扱われながらも、私をその目に映すと、笑った。
私と話す時にしてくれる、あの優しい笑みだった。
「待って、セオドリック様っ!行かないでっ!」
セオドリック様に近づこうとするが、周りの人にもまれて、動けない。必死に手を伸ばしても、セオドリック様は兵士に促され、処刑台へと歩いていってしまう。
どうして、ダメよ、セオドリック様っ!
死ぬのって、痛いし、辛いし、苦しいんだよ?
もう、大事な家族とも友達とも、誰とも会えないんだよ?もう、触れることも話すことも、何にも出来ないんだよ?
私はなぜ泣いているんだろう。
セオドリック様が死んでしまうのが辛いから?
それとも、前世で死んだ記憶が彼の死に同調してしまったの?
どこか朧気だった、セオドリック様の、黒王の死。それが現実味を帯び、目の前にハッキリと映る。
───シュっ
ギロチンの歯が、セオドリック様の首へと一直線に落ちていく。
「待って!やめて……。っ、いやぁああ!!」