転生したのは、小説の中!? Ⅱ
「……セオドリック様は?」
「セオドリック様は、公務に出かけられました」
妻になって初めての朝食は、一人でした。
え〜?普通一緒でしょ!?てか、旦那様、朝食抜くのは良くないっ!
はっ、まさか怒って?私ってば、初夜に寝ちゃうおバカさんですもんね!?怒って……うそ、早速夫婦仲最悪って、ダメじゃない?何とかしなくては。
「昼食にはいらっしゃるかしら?」
「お昼は執務室に運ぶよう言付かっております」
「夕食……」
「午後の公務がございますので、お顔を出せないかと」
「そ、そう。………今日のお帰りは何時頃かしら?」
「本日は泊まり込みになるかと」
何を聞いても返ってくるのは、会えないという事実。
あれ、かなり嫌われてない?会いたくないほどに?それとも、さっきから答えてくれるこの執事さんに嫌われてる?
彼が黒王になって戦争でも始めてしまえば、私も彼も、ついでに隣国の多くの兵も死ぬだろう。この場合、彼があの一人で戦争しちゃう黒王にならないように支えるのがベスト、と思っていたのだけど?嫌われたら?
……え、彼の性格からしてよく分かってないんだけど?作者さん、彼の裏設定教えてくれませんか?せめて、友達くらいにはなれないと、多分ダメですよね?
まさか、もう詰みなんてこと……ないよね?
─────結婚したら、数ヶ月間は仕事を休んで夫婦で過ごす。これが普通の新婚生活と聞いたのだけど?私、絶賛独りです。・・・泣きたい!
「はぁ……」
「そう言えば、昨夜は大丈夫でしたか?ミシェリア様」
「……っ」
気を使ってパメラさんが、話題を振ってくれる。お気持ちはありがとう。でも、聞かないで欲しかった。暇だからとハンカチに刺繍を指していたが、その手が止まる。
パメラって、口が軽いのよね。お母様にバラされたら……でも、言わないわけにもいかない。いずれバレるなら!当たって砕けろ!
「……その……寝てしまいました」
「はい!?」
パメラの驚きに満ちた顔が見える。そして、他の侍女さんたちも、そんな顔で見ないでくれません?私だって反省してるんです。恥ずかしいんです。
「そ、そうですか……」
パメラさん、全く顔が笑っていない。怒るなら怒って。それ一番怖いやつだからっ!美人のそれは怖いから!
あぁ、もうやだぁ。考えたくなくて、手を動かし刺繍を再開する。セオドリック様との今後を考えよう。
この世界に来て出来るようになった私の特技、それは手を動かしながら考え事をすること。
これからどうしたらいいか考えたけど、何も思いつかない。ただ、気がついたら刺繍が完成してしまった。………みんな、何これって顔してるけど、エッフェル塔です。この世界には存在しません、エッフェル塔です。
「わぁ、○○ですね!素敵です!」って言いたいんでしょうけど、この世界にないんです。ごめんなさい。無意識だから、全く配慮が無くて、すみません。
「この後は、何かあるの?」
空気が気まずい。というか、エッフェル塔については聞かないで。
そんな思いで、侍女たちに尋ねてみる。
「いえ、しばらく時間がありますが……どこか行かれますか?」
どこに行くかの前に、この王宮、何があるんですか?てか、この部屋は王宮のどの辺りにあるんですか?
正直に言いましょう。
私、迷子になる自信しかありませんよ?
「お茶にでもしましょうか。適当に持ってきてくれる?」
何をするかの案は全く思い浮かばず、お茶をお願いする。
さて、旦那様との関係を良くしないと。でもまぁ、まだそんなに会ったことないし、話す機会さえあれば、まだどうにかなるでしょ。
と、まぁ、安易に考えていたのだが……。私のバカっ!!あの日以来、全く会えないんですけど!?もう、一ヶ月経とうとしてんだけど!?
そんなに私のこと嫌いなの!?
あれ、どっかで会ってるとか?そんなはずないよね?……え、あの日のことだけで?だとしたら、心狭いなっ!
それとも、他に好きな人が?……別にいいですよ、むしろどんな子ですか!?恋バナ聞かせて下さい!
「…………はぁ」
落ち着け〜私っ!どうしよぉ。ここまでとは思わなかった。でもこのままじゃぁ……。こうなっては仕方がない。
「よっし!決めたわ!最終手段よ!パメラ、行きましょう!案内して」
「……?どちらに行かれるんです?」
最終手段、この手だけは使いたくなかったが、仕方ない。だって、旦那様と会えないんだもん。
「ディアン兄様の所に行きましょう!」
「え?……ディアン様の元ですか?」
パメラ……私だって、出来ることなら会いたくないよ?でも、仕方ないじゃん。
誰かが、セオドリック様の攻略本持ってるなら、そっちに喜んで行くのに。いくらでも払うし、何でもするのに。でも、そんなものないんだから、少しでも情報あるとこ行くしないじゃん……。
私には、二人の兄がいる。それも、性格が真逆だが、互いに優秀な兄が。
そして、今回会いに行こうとしているのは上の兄。
本当に優秀なんですよ?本当に……。ただ、ちょっと……どころじゃないけど……鬼畜です。あと、シスコンとブラコンが少し……どころじゃないけど……入ってます。
『聖なる花嫁』でセオドリックは一人で先陣をきって戦うが、周りはなぜ止めなかったのか?なぜ、ついて行こうともしなかったのか?
今思えば、兄でしょうね。
頭の良さの使い方を見誤ってるあの兄のことですから、勝手にさせといた方が被害少ないだろうと気づいちゃったんでしょうね。
策士?違います、鬼畜です。
────コンコンコン
「ミシェリアです」
「どうぞ」
あぁ、兄の声がする。いつもなら、自ら避け続けたあの兄に、会いに行くなんて考えられないけど。
はぁあああああ、仕方ない。仕方ないのは分かっているけど、行きたくない。でも、私のこれからのためには行かなきゃいけない。
扉の前で、私は葛藤していた。ここに来るまでにも、この決断を出すまでにも、ずっと葛藤していた。それでも迷いが出るくらい、私は来たくなかったのに。
それでも、勇気を振り絞って、扉を開けた。
優雅に足を組んでお茶を飲む、見知った顔と目が合う。あぁ、悪夢だ。
「お久しぶりです、ディアン兄様」
あぁ、もう帰りたい気分なんですけど……。
「お久しぶりです、皇太子妃殿下」
目の前には会いたくなかった、あの兄の顔がある。
言葉遣いこそ礼儀正しいが、その笑顔はなんですか?悪知恵を働かせてるときの顔ってことくらい、私知ってるんだからね!?何年あなたの妹やってると思ってるの!?
はぁ……。まだ、まともに話もしてないのに、席に着いてすらいないのに、すでに帰りたい。
このまま帰りたいけど、帰れない。地獄かな?って、思えてくるよね。
「どうそ、お掛けになって下さい」
「し、つれい……します……」
きっと今の私の目は、死んでいるでしょうね。後ろに控えてくれているパメラ同様。
「そんな顔なさらないでください。いじめたくなっちゃうじゃないですか」
目の前に座った兄が、笑顔でなにやらおぞましい事を言っている。あぁ、帰りたい。帰りたいよぉ。
この兄が、なぜ鬼畜か分かりますか?
「勉強を手伝ってやろう」
そう言って、何をしてくれるのかと思えば、ただ見てるだけ。分からないと困っているのを、ただ見てるだけ。
何かあるかと言えば、私が勉強から逃げようものなら、どこまでも追ってくることくらい。しかも、笑顔で。
怖いこと、この上ない記憶である。
「やっと終わったのか?」
そう言って、勉強が一段落着いたら……それ以上の宿題を持ってくる。一向に、終わらないエンドレスワーク。終わった途端に追加で、これをしなさい、あれをしなさい、って。
しかも、期限付き。そして、そのほとんどが24時間以内。できないと宿題の難易度が上がる仕組みで……。
もう、怖かった。止めてくれた母には感謝しかない。まぁ、優秀だからって理由で、私の家庭教師として兄をあてがったのも母だけど。
ちなみに、パメラはこの兄の乳母でもある。この兄は、乳兄弟であるパメラの息子を、それはそれはこき使っているため、パメラは息子がいつか死なないかと心配している。
ゆえに、パメラもディアン兄様に、冷たい目を向けている。
まぁ、ディアン兄様の事だから、ギリギリまではやりそうだけど……殺しはしないでしょ。過労死はしそうだけど、あの人。
「それで、どうかなさったんですか?」
ディアン兄様ったら、まぁいい笑顔で聞いてきますこと。
「ええ、セオドリック様の事なのだけど」
「ちっ、あいつですか」
あれ、なんか表情が陰ったけど気のせいよね? てか、舌打ちした?
ん? ま、まぁ、いいか。
「嫌われてしまったみたいなの。兄様は、セオドリック様の側近でしょ?何か仲良くなる方法を知らないかと思って……」
そう、ディアン兄様はセオドリック様の友人兼側近をしている優秀な人。何かいい方法を知ってるはず。
「え?あいつと仲良くなりたいのか?」
そんな驚くこと?ってくらい驚いてる。こんな兄を初めて見たのだが……え?…私がおかしいの?
ふと振り返ってみると、パメラや他の侍女まで……。え?やめてよ、私がおかしいみたいじゃんっ!
「夫婦が仲良くしようとするのは……普通ではないのですか?」
この世界の文化、違うのっ!?何その文化っ!?久々についていけない展開なんですが!?
「いや、ふっ、お前らしいな」
これまた珍しいものを見た。いつもの闇を孕んだ笑みではなく、心からの笑顔。やだ、イケメンのいい笑顔。でも、理由が全く分からない。故に、私的には複雑な気分。
「えっと……?」
「ふふふっ、気にするな。そうだな、俺の方から会いに行くように言っておこう」
「あ、どうも……」
この兄、鬼畜だけど美形だからなぁ。いつもそうやって笑ってればいいのに。絵になるわぁ。
あれ?
「って、違う!違うわ!会う前に、仲良くなる方法が知りたいの!」
眩しい兄の笑顔で目的を忘れるとこだった。
「……?」
え、何でそんな意味分からんって顔してるの?こっちが意味分からん。
「嫌われちゃったって、言ったでしょ?……まだお互い若いし、恋愛対象じゃなくてもいいの。せめて、仲良くしたいの!」
そう、仲良くなって、彼が悪い皇帝にならないように見守り…た……い。ディアン兄様? パメラさん?
何故だろう。目の前と背後から、ものすごい殺気を感じるんですが……。あれ、なんか失言しちゃった? どこ? どこにそんな要素が?
「………セオドリックの奴……殺してしまおうか?」
「意見が合うなんて珍しいですね、ディアン様。全力で協力しますよ?」
あれ?〝殺す〟的な単語が聞こえたんですが?皇族相手に、なんて無礼な……。まぁ、でも、絶対セオドリックの方が強いだろうな。って、これも違う違う。
誰か説明して、私を助けて。私、何を間違えたの?
────コンコンコン
殺伐とした空気を断つように、戸を叩く者がいた。
「どうぞ」
顔が笑顔なのに、殺気を放ちながら兄が答える。でも、助かった。これで少しは、兄様の殺気も収まるだろう。
誰か知らないけど、サンキュー!!……って、あれ?
「ディアン、この調査書なんだ…が。……えっと、出直した方が?」
この入って来た、キレイな黒髪美青年は……セオドリック様っ!?
あ、全然サンキューじゃなかった!!
むしろ今は、来て欲しくなかったっ!!
なんなら、一番来て欲しくなかった!!
てか、帰ってっ!逃げてぇっ!!!!!……私は心の中で、必死になって訴えるのだった。