転生したのは、小説の中!? Ⅰ
お父様、お母様、私は今日お嫁にまいります。 って、嘘でしょ!?
今日初めて会った相手と結婚ってだけでも不安なのに、何かこの男の名前……知ってるんですけど?しかも、何か嫌な予感しかしないんですけど?
誰か、かわってくれーーーーーー!!!
─────キキィィイ
「キャーっ!!誰か跳ねられたわよっ!?」
「きゅ、救急車っ!」
どこか遠くで慌ただしい声がする。街はいつでも明るく、騒がしい現代。
地面に横たわったまま、起き上がろうにも指すら動かない。薄れゆく視界の中で「あぁ、死ぬのだ」と哀しくも悟った。
私は24歳という若さで、交通事故にあって死んだ。はずだった。
「う〜んっ、いい朝」
またあの日の夢。こんな日くらい、いい夢を見せてくれてもいいのに。
私は死んで、異世界に転生した。
かつての日々が恋しくはあるが、死んでしまった以上どうしようもない。私は新たに、ミシェリア・フォンガートとしての人生を歩み始めていた。
私の記憶が戻ったのは、10歳の頃。初めこそ戸惑うこともあったが、家族や周りの者たちの支えもあり、この人生を受け入れた。
魔法や亜人の存在するこの世界に心惹かれたのは最初だけ。
この世界でも人間は人間。魔法は一部の者にしか使えず、私にその才はなかった。また、この国はいわゆる鎖国中で、亜人どころか他国の人は一人も居ない。「バカなの!?」って、王様にクレーム入れてやりたいわ。
さて、科学技術のないこの世界……。「暇なら本を、教養を」という、その文化に殺意を覚えたのはもう昔のこと。
この世界で、私はすでに6年という歳月を生きた。
────コンコンコン
「おはようございます、お嬢様」
「おはよう、パメラ、みんな」
私の部屋に入ってきたのは、侍女のパメラとその他の侍女数名。
元々パメラは私の母の侍女で、私が産まれた時から私に仕えてくれている優秀な人。しかも!何と言っても、彼女は美人っ!!その上、性格も器量もいい、文句の付けようのない女性っ!
美人に目のない私には、居てくれるだけで癒しになる。
私の周りは美形が多いけど、どこか難のある人ばかりで、彼女みたいなのは貴重なのよね。
「まずは湯浴みを」
「えぇ」
慣れた手つきで私の世話をするパメラ。元庶民の私も、世話されることにだいぶ慣れてきた。さて、今日は忙しくなりそう。
なんと言っても、今日は私の結婚式。
めでたいかと言われると、めでたくない。政略結婚だし。……しかも、会ったことのない皇子様ときた。
結婚の自由って知らないのかな?
16歳で結婚って、早すぎない?
そして、お相手は18歳の皇子様。彼も彼で、若くない?
まぁ、とても社交的で優しい方らしいけど。さて、そんな社交的な皇太子となぜ会ったことがないのか?なぜなら私は、社交界が嫌いだから。
誰も目すら合わせてくれないのよね。むしろ、逃げられる……なぜ……。あ、思い出してたら、泣きたくなってきた。
とまぁ、そんな理由で、壁の花と化している私は、社交界を避けるように。そうして社交界を避け続けた弊害か、なかなか社交界に出てこない私を人々は噂し始めた。そうして、いつしか【妖精王の寵華】という2つ名が……。
ちなみに、妖精王とは、この国の皇帝が代替わりするときにだけ現れるという妖精の王様のこと。まぁ、これはおとぎ話のようなもので、ここ何代かは現れていないとかなんとか。
ま、それだけ私に会えないってこと。
まぁ、こんな噂があるせいで余計行きづらくなって恋すらしたことが無い。はぁ、結婚か。前世でバイトばっかしてないで恋人作っておけばよかった。
「準備が整いました」
考え事をしている間に、準備ができてしまったらしい。
鏡の前には、幼さを残した少しタレ目気味な大きな目と西洋のおとぎ話に出てくるお姫様みたいなふわふわな金髪。いつもの可愛らしい子供っぽい雰囲気から、大人っぽい色気を感じさせる雰囲気になっている。
私、可愛いっ!美しい!!流石ね、パメラさんたち。リクエスト通りよ!まるで花の妖精のようっ!って本気で思っちゃう。皇子も私にメロメロ間違いなしって……中身が私な時点で不安しかない。
「あの?」
「え、えぇ、行きましょう」
おっと、時間が差し迫ってるんだった。
顔の火照りを冷ましながら、いつも以上に歩きにくいドレスで、なんとか歩いて皇子様改め、旦那様となる彼がいる所へ向かう。
てか、よくよく考えると皇子の名前すら知らない。お父様が言ってた気もするけど「この歳で結婚か〜」って放心状態で聞いてなかったんだろうな。
……廊下が長い。ヒールが高い。ドレスが重い。
言いたいことはいっぱいあるけど、一生に一度の結婚式だからとお父様とお母様が、それはそれは慌ただしくも嬉々として準備していたのを思い出すと、言葉には出来ない。それだけこの世界の両親に愛を貰った。だから、せめて幸せになれることを願う。
「あっ……」
結婚式は夫婦で登場するらしく、扉の前で彼は私を待っていた。
こちらに気づいたのか、彼は私の方を向いた。ストレートでキレイな黒髪をなびかせて、優しい微笑みが私に向けられた。
「初めまして、ミシェリア・フォンガート嬢。私は、セオドリック・ドウェイン・レンゼオールと申します」
セオドリック様、イケメン……。彼が私の……。
ん?待てよ?セオドリックとその妻、ミシェリア?どっかで聞いたことが。……あっ。
私は思い出してしまった。その名前を目にしたのは、小説の中。・・・もしかして、私は異世界ではなく、異世界を舞台とした小説の中に転生したの?
しかも、夫が【黒王】のセオドリック・ドウェイン・レンゼオール!?確か、セオドリックとミシェリアって、一緒に打首になるんじゃ……。
……えっと、結婚辞めるのって、もう無理ですかね?……無理ですよね。この国、離婚って制度ないですもんね!?
……え、嘘でしょ?私……もしかして、彼の破滅エンドを回避しなきゃ死んじゃう!?
─────必死に記憶を手繰り寄せる。おそらく私が転生したのは『聖なる花嫁』という小説の中。
その物語自体は、呪い子というレッテルを貼られた憐れな王女が国の者たちから虐待を受けていた。彼女は隣国の王に見初められ王妃に。そして、夫である王様に溺愛されるという恋愛もの。
二人の思いが通じ、ハッピーエンドかと思いきや、それを邪魔するように戦争が始まるのだから、印象に残っていた。
その相手国こそ、セオドリックが治めることとなるこの国、マテリアナ皇国。
主人公たちの国は、この皇国におされにおされて、最早ここまでかという所まで追い詰められてしまう。だが、主人公の言葉にマテリアナ皇国の民は動かされ、セオドリックは自国の者に裏切られて断罪される。というのが、物語の内容。
と言っても、このマテリアナ皇国、弱い。
どちらかと言うと、とても弱い。
ずっと鎖国だったからか、戦争など何百年もなく、黒船が来た江戸時代の日本並みに国力が弱っている。
ではなぜ、主人公たちがおされにおされたか?
当時の皇帝、セオドリックの存在。それだけ。
味方なんて捨ておいて、一人先陣をきり、一人で戦争を圧勝で収める、いわゆるチート。国同士ではなく、まさに個人と国の戦い。
自国の者に裏切られさえしなければ、この戦争、負けることなどなかったであろう。チートとも思われる彼だが、最後には潔く死を受け入れた。
『この国は俺のものじゃない。民のものだ。民が俺を望むなら、俺は皇帝であり続けよう。だが、民が俺に死を望むなら、俺はそれに応えるまでだ』
セオドリックは最後まで、民を思う皇帝だった。民や臣下が死ぬくらいならと一人で戦い、民がそう望むならと死を受け入れた。
正直、この瞬間最推しになったくらい、カッコイイと思ったキャラ。
だが、小説の中ならだよ?現実でそれはちょっとね?しかも一緒に断罪って……逃げたいんですけど!?
「ん?」
これからに頭を悩ませている間に、結婚式、披露宴とが終わってしまっていた。
つまり、もう私たち夫婦になったようです。てことは、初夜!?
前世の享年は24歳、彼氏いない歴=年齢の処女。どうしたらいいかなんて、分かりません。落ち着かないし、旦那来ないし。
ひとまず落ち着こうと、横になる。あ、家のベッドよりフカフカ。あぁ、いい。……ちょっとだけ、ちょっとだけ。
この時、私はそう思ってしまった。
「ん……。う〜ん、いい朝……。いい朝?」
ちょっとだけなんて、考えた私のバカっ!!朝じゃん!朝になってんじゃん!
暗かったはずの外は、明らかに明るい。
旦那様はというと、スヤスヤ横で寝ていた。私、毛布被ってるってことはかけてくれたのかな。優しいな。……でも、できれば起こして欲しかったな。
そんなことも思う一方、私は彼の寝顔に魅せられていた。透き通るような陶器肌、私より綺麗かも。整った目鼻立ちに、薄く色付いた唇。……私なんかが妻でいいんですか!?
その寝顔、一億点。これが夫とか……破滅を抱えたチートの皇帝でもなんでもいいやって思っちゃう。
「んっ、ん?」
あ、黒王……じゃなくて、旦那様、お目覚めのようです。
「おはようございます、セオドリック様。そして、昨夜は本当に申し訳ありません……」
ベッドの上に正座して、この国にこんな文化ないだろうが、それでも土下座して、誠心誠意謝罪した。
本当に、申し訳ない。穴があったら入りたい。初夜を寝過ごすとか……ありえねぇよ、私っ!!
「だ、大丈夫ですから、顔をお上げ下さい!」
申し訳なくも顔を上げると優しい笑みの旦那様。クソ、笑顔天使かよ。なんて優しいんだ。てか、カッコイイな、おい。
……? 彼、どう見ても天使よね?明らかに細身で華奢な、剣を握ったこともなさそうないかにもな皇子様。何があったら、あの黒王になるの?絶対、人殺せない。いや、虫も殺せなさそう。あ、ダメだ。分からない。黒王の裏話とかなかったもんなあの小説。
・・・え?どうすれば断罪回避出来るの?てか、こんな天使が死んでいいとでも!?
朝だからか、私が極度の面食いだからか、思考回路がぶっ飛んでいるのはご容赦ください。ただ、一言言うなら、私は彼を死なせはしない!と決意したということ。
「……?どうかされましたか?」
顔を見すぎたのだろう、彼は私の方を見てコテンと首を傾けた。可愛い。カッコイイし、可愛いし……推せるわ。
────コンコンコン
私が彼に答えようとしたその時、扉を叩く音がした。
「どうぞ」
私の言葉に扉は開き、パメラたちが入ってきた。
「おはようございます、セオドリック皇太子殿下、ミシェリア皇太子妃殿下」
パメラは私の専属侍女として後宮入りした。結婚したから、もうお嬢様呼びは改めたのだろう。呼び方って、地味に現実を突きつけて来るなぁ。それよりも……。
「おはよう、パメラ。普段は皇太子妃まで付けなくていいわ。そんなことより、新しい制服ね?とっても似合ってるわ」
「お褒めに預かり光栄です、ミシェリア様」
あぁ、美しい。私の周りは、見てて飽きないわ。いや、むしろ望んで一生見ていたい。
「それではセオドリック様、また後で」
「え?……あ、あぁ」
簡単に挨拶を済ますと、身支度のため一旦部屋から出る。話す機会はいくらでもあるだろうと、この時の私は浅はかにも、そう考えていた。