60話 喫茶店でのんびり
私は、ストレートのアイスティーしかしシロップはあり、を注文した。
リリィは、メニューを見てから気になっているようだったレモンスカッシュを頼んでいた。
この喫茶店は色々な用途で利用されているようだ。というのも、寛ぎに来ている客だけではないようなのだ。
私のところからずっと右に移動した辺りの二人席を一人で使っている男性は、サンドイッチとコーヒーをテーブルに置きながら、ノートパソコンのキーボードを叩いている。そこから二つほど離れた席には、大量の書類を出して何か用事をしているパンツスーツを着用している女性もいた。
学生は少ないように思う。
多分この店の客層の問題だろう。
確かに今まで学校の友達とこの喫茶店に入ったことはない。母親とは数回来たけれど。友達とこのショッピングモールへ来ることはあったが、喫茶店に入ろうという話にはならなかった。よくよく考えてみると不思議なことだけれど。
「お待たせしました、こちらレモンスカッシュになります」
「……ありがと」
リリィの礼を述べる声は小さかった。
「こちらがアイスティーになります。そして、シロップです」
「ありがとうございます!」
シロップはポットのような形の小さく白い容器に入っていた。
容器の中を一瞥する。
透明の液体が入っていることが確認できた。
「ストローです」
遅れて、二本のストローがローテーブルに置かれる。
「こちらでお揃いでしょうか?」
「はい!」
「それでは失礼します」
「ありがとうございましたー」
女性店員が姿を消してから、私は、自分の前にあるストローの袋へ手を伸ばす。
ちょうど曲の変わり目のタイミングだった。
「さ、飲も。これストローね」
「知ってるし」
うるさいなぁ、とでも言いたげなリリィであった。
「良かったね! レモンスカッシュ!」
「……まぁ」
意外と反応が薄い。
でもきっと喜んでいないわけではないのだろう。
「しゅわしゅわするよ!」
「炭酸でしょ、知ってる」
「んもぉー。いちいち心ないなぁ」
どうでもいいような会話を続けること、それがこんなに楽しいことだなんて。本当のところを言うと、リリィに出会うまでは、本当には理解しきれていなかった。
「飲んでみる」
「うんうん!」
リリィはストローを袋から出す。そして、ストローの下側を、徐々に液体に差し込んでいく。グラスの中では無数の小さな泡が現れては消えてを繰り返していた。ストローの下側は氷の隙間を縫うようにして下へと突き進んでいく。
ストローがおおよそ差し込めたのを確認すると、リリィは唇を近づける。
上側の穴の周囲へ唇を当て息を吸うようにすれば、液体が一気に上昇。円柱の内側を僅かに黄色く染まった液体が上がっていくのが見える。
そうしてリリィはしばらく液体を飲んでいた。
数十秒後、ストローから唇を離す。
「美味しい……!」
リリィは感動しているような目をしていた。
「気に入った?」
「好き」
「え。好き? もしかしてもしかして、それって、私のこと?」
冗談めかして言ってみるが。
「ふざけないで」
「……ごめーん」
怒られてしまった。
「良かったねレモンスカッシュ。しゅわしゅわしてた?」
「うん」
「アイスティーも美味しいよ! シロップ入れちゃったけど、飲んでみる?」
「要らない」
リリィはアイスティーにはあまり興味がないようだ。
先ほどまで多くの書類を触ってがさがさ音立てていた人は荷物をまとめて席から立ち上がる。が、歩き出そうとした瞬間にテーブルにペンを置き忘れていることに気づいたようで。慌ててそれを鞄にしまい、それから、何事もなかったかのような顔をしてレジの方へと歩いていった。
それと入れ替わるように、女性二人組が入店してくる。
二人とも三十代くらいと思われる容姿の女性だ。
そんな風に人の動きを眺めているうちに、アイスティーはすべてなくなっていた。
「ちょっともう一回アイスティー頼んでもいいかな」
「え?」
「飲んじゃったから」
「そういうこと。なら頼んだら」
リリィのレモンスカッシュはまだ半分くらい残っている。
「ついでにリリィも何か頼む?」
「頼みたいものは特にない」
「そっか! じゃあパパッと頼んじゃうね!」
それから私は再びアイスティーを注文した。
「この後どこに行く?」
「本屋とか」
何も答えてくれないだろうなと思いつつ尋ねてみたので、答えてもらえたのは意外だった。
「いいね! 何を見るの?」
「ドリル」
「えっ」
思わず固まってしまう。
「ドリル。問題集みたいなやつ」
「えええ……嘘でしょ……」
「本屋でドリルを見たら何かおかしいの?」
「ううん。でも珍しいなって」
「普通は見ない?」
「見ないよー。買うように言われて仕方なく買いに行った時以外はね」




