4話 入浴やら夕食やら
風呂上がり、リリィはタオルで身を隠しつつ浴室の前でオロオロしていた。私が壁からほんの少しだけ覗いて「取り敢えずそこに置いてある服を着て」と伝えると、彼女は救世主を発見したかのような嬉しそうな表情を浮かべた。が、それは本当に一瞬だけで。すぐにつんとした表情に戻って「……そ。じゃ、借りるから」とだけ返した。
数分後、廊下へと出てくる。
リリィは白いティーシャツと紺のズボンをきちんと着てくれていた。
エメラルドグリーンの髪はまだ湿気を帯びている。
「入れた?」
「……まーね」
風呂上がりのほくほくしたリリィも悪くない……って、何を考えているの! 駄目駄目! 馬鹿!
「良かった! あ、そうだ。リリィちゃんが着てた服、洗濯に出しとくって、母が」
「洗濯?」
「洗濯屋さんに出しておく、って話。洗濯屋さんに任せると綺麗に仕上がるからさ」
きっとそっけない棘のある返しが来るのだろうと思っていたのだが、今回に限っては違った。
「知らなかった……」
リリィは純粋そうな目をしていた。
こうして自然な表情でいると、単なる美少女に見えないこともない。
「そういえば、リリィちゃんは学校通ってないの?」
「通ってない」
喋りつつ、移動する。
風呂場からリビングまでならほんの十数歩で着ける。
「そっかぁ。悪の組織所属だったんだもんね」
普通の人と違うんだろうな、くらいの想像ならできる。
「……信じて、くれてるの」
「信じてる。当然でしょ。え、もしかして、嘘なの?」
「嘘なんかじゃない」
「だよね! 良かったー!」
リビングへ続く扉を開けると、母親が待ってくれていた。
母親は居づらそうなリリィに「ご飯食べられる?」とか「濡れていたけれど体調悪くない?」とか気遣いの言葉をかける。しかしリリィは上手く答えられない。この世のありふれた交流に慣れていないからかもしれない。
それから三人で晩御飯を食べた。
白米とわかめ入り味噌汁、甘酢肉団子、辛めの味付けの野菜炒めなど。
「リリィちゃん、ここを家と思っても構わないからね。ゆっくりしてちょうだいね」
「……ありがとうございます」
「あと、日和と仲良くしてくれると嬉しいわ」
「それは……えと……」
「あ、リリィちゃんってカレーとか好きかしら? 好きなら、明日作るわよー?」
三人での晩御飯は穏やかに済んだ。
夜、私は、まだ戸惑っているリリィを自室へと連れていった。
「ここが私の部屋! って、ちょっと散らかってるけど……そこはごめん」
私の部屋は大抵散らかっている。足の踏み場もないほど散らかっているかというとそこまでではないけど。整理整頓されているかと聞かれたら、されているとは答えられないだろう。長年使っている勉強机は、特に。
だがリリィは気にしていないようだった。
「べつに」
それだけ言って、部屋を見回す。
「好きなところに座ってね」
「ふーん……こんな部屋、ねぇ……」
室内をじっくり見られるのは恥ずかしい。
でも不思議な感じだ。自分の内側を見られているみたいで恥ずかしい反面、嬉しさも感じられる。踊り出したくなる、は言い過ぎにしても。芽が春の訪れを告げているのを発見した時のような嬉しさ、という感じだろうか。さりげない、でも確かにある、そんな嬉しさ。
友達がいなかったわけではないけれど、学校の友達を自宅へ連れてくる機会はあまりなかった。
それだけに、誰かを部屋に招くということが特別なことで、つい微笑みたくなってしまう。
「リリィちゃん、私が学校へ行っている間はここかリビングにいてね」