35話 母親からの誘いで
夏休み開始から一週間ちょっとは宿題を進める時間として使った。家からほとんど出られなかったけれど、そのかいもあって、全宿題のうちの八割ほどを片付けることができた。
「日和、ちょっといい?」
「あ、母さん」
ある日の夕暮れ時、自室に母親がやって来る。
その時はたまたま寛いでいる時間だった。私もリリィもだらけていた。そのため、全力でだらけている姿を母親に見られてしまった。
もっとも、母親はそのくらいでは何も言わなかったのだけれど。
「今日晩ご飯食べに行かない?」
「え」
「リリィちゃんも一緒に、三人で! どう?」
母親はいきなり誘ってきた。
私は近くのリリィへ視線を向ける。そして、どうするか問うような視線を向けてみた。しかしそれだけではリリィからの返答はない。
「どうする?」
尋ねると、リリィは暫し思考。
数秒の間の後に答える。
「あたしは行ってもいいケド」
どうやらその気になってくれているようだ。リリィがその気なのならば、私も行く気がないわけではない。いや、むしろ、気分を変えるためにも行きたいと思う。
「行く!」
「分かったわ。じゃあ準備しましょう」
「うん」
「一時間後くらいに出発にしようかしら」
「分かった!」
こうして私たちは食事のため出掛けることになった。
まずはそのための準備。
外出用の鞄の中身を念のため確認しておかなくてはならない。というのも、そちらの鞄はしばらく触っていないのだ。そのため、中身に問題がないか確認しておく必要がある。
「晩ご飯食べに行くって……どういうとこに行くワケ?」
「え。どういう質問?」
「どういう質問、って。何それ、馬鹿にしてるの」
「違うってー。馬鹿にしてるとかそんなのじゃないってー」
なぜすぐにそんな風に理解するのか。
私がリリィを馬鹿にするわけないじゃない。
「で、話は戻るケド。ご飯を食べにいくところって……」
「飲食店だと思うよ」
「飲食店?」
「食べ物とか飲み物とかを出してくれるお店」
「ふーん」
その日私たちが食事のため向かったのは、家から徒歩十分ほどで到着できる場所にある洋食屋。やや古風な雰囲気が漂う民家のような建物の一階を改装して開かれている飲食店である。
「ちょっと日和」
「どうしたの?」
「……ホントにこんなところが飲食店なワケ?」
私たちの足は既に店内に入っている。
ただ、リリィの胸の内には、何やら戸惑いがあるようだ。
「そうだよ」
「……変なの」
「そんなこと言っちゃ駄目!」
「どうして? ……何を言おうがあたしの勝手でしょ」
「駄目なものは駄目!」
少し間を空けて。
「お願いだから少しは気を遣って」
「分かった」
「ありがとう!」
色々な意見があるのは当然だと思うし、それでいいとも思う。すべてがすべて皆が同じ考えでいる方が不自然というものだ。ただ、その場で言っていいことと駄目なことがあるというのは事実。思っても言わない方がいいこと、というのも、この世には存在している。




