34話 英文書き写しを終えられたなら
夏休みが始まってから一週間くらいは宿題を終わらせる作業に多くの時間を費やした。
近年の夏場はかなり暑い。特に今の時期は、昼間は非常に暑く、日差しも強い。長時間屋外にいたら頭髪が燃えてしまいそうになるくらいである。
それゆえ、毎年、夏休み開始直後しばらくは家にこもっている。
外出するにしても、何かするにしても、もう少し快適な気候になってもらわなくてはどうしようもない。
そんな時間を少しでも有意義に使う方法。それを考え、宿題を終わらせるというものを編み出したのだ。外へ行けない時間は宿題を片付けるために使う。そうしておけば、暑さが緩和されてきた頃以降には、好きなように出掛けることができる。後々困ることもない。
「また宿題?」
「うん」
「相変わらずそればっかり」
呆れたようにこちらを見てくるのはリリィ。
宿題というものに馴染みがない彼女からすれば、なぜそんなに必死にやるのか、と不思議に感じずにはいられないようだ。
一応最初の頃に「これは片付けていないと怒られるものだからしなくてはならない」と事情を説明しておいたのだけれど。それでもいまだにいまいち理解できていないようである。
「ごめんごめん! でもね、これ、もう終わりそうなんだ!」
「……ホントに?」
「本当だよっ。だからあと少し待ってー」
「分かった」
現在取り組んでいるのは、英語の教科書に書かれている英文をノートに写すという宿題。これはほぼ流れ作業である。教科書を見て、そこに載っている英文を書き写す。頭はほとんど使わない作業と言っても不自然ではないだろう。もっとも、書き写す作業という意味で頭を使うことはあるのだけれど。ただ、どちらかといえば、脳より手を使う作業だ。
それから数分、英文を書き写す作業は完了した。
「あーっ! 終わったーっ!」
半ば無意識のうちに大きな声を発していた。
右手で左手首を掴み、うーん、と両腕を伸ばす。
「終わったの」
「うん!」
「そ。じゃ、ジュース貰ってくる」
リリィはくるりと進行方向を変える、扉の方へ。
「いいのー? 優しーい!」
「いっ、いちいち騒がないでっ! うるさいから! ……で、冷たいのがいいワケ?」
「うん! おねがーい!」
「分かった」
最近のリリィは以前より優しくなった気がする。というのも、色々気を遣ってくれるのだ。態度は以前とそれほど変わらないけれど、でも、行動は確かに優しくなっている。
私はリリィの帰りを待つ。
待つことしばらく、二つのグラスを持ったリリィが戻ってきた。
「貰ってきた、りんごジュース」
「わぁ! やったぁ!」
「冷たいの。氷も入ってるから」
「キター!」
冷えたグラスを受け取ると、心なしか手のひらが湿る。
「リリィの分もあるんだね!」
「貰った」
「良かったー。心配してたんだ、もしリリィの分がなかったらって」
「飲も」
「うんうん!」




