29話 信じるのか、信じていいのか
信じていいのだろうか、目の前の彼を。
いや、今の私には選択肢なんてない。
危機的状況から脱する方法は決して多くない。だが、彼に悪意がないのだとしたら、助けてもらえる可能性はある。彼に賭けるのもまた一つの方法と言えるだろう。
「ここのことはよく知ってるから、連れて帰れるよ?」
「……騙すつもりはないですか」
「あー、こりゃもう、完全に信頼されてないねー」
あんな出会いだったのだ、すぐに信頼なんてできるわけがない。
だが、方法がそれしかないから、できるなら彼を信じたいところではある。
「帰りたくないの?」
「帰りたいですよ」
「じゃ、信じて任せて?」
「……分かりました」
私がそう返した瞬間、ローザは私の右手首を掴んだ。
「行くよ」
いやいや、いきなり過ぎるって。
でも今は順序なんて関係ないのかもしれない。徐々に、なんて呑気なことを言っていられる状況ではないのだとしたら。
「……はい」
今はローザに従おう。
素人の私が色々考えたところで、できることは限られている。
右手首を掴まれたまま私は来た道を引き返すこととなる。が、成人男性と女子高校生が連なって歩いていれば黙っていても目立ってしまうというもの。すぐに発見されてしまう。
「フシンナコウドウヲカクニン!」
「ホカクセヨ!」
案の定、全身黒タイツに早速囲まれてしまった。
一瞬にして全方向を遮られてしまっている。
「どうすればいいですか!?」
「どうもしなくていい、って言ったら?」
「ふざけている場合じゃないです!」
もしかして策なんてないのでは、と、少しばかり不安になる。が、その直後、ローザは正面の全身黒タイツに向けて蹴りを放った。吹っ飛ぶ黒タイツ一名。吹っ飛ばされた一名を見て全身黒タイツたちが動揺している隙に、ローザは指をぱちんと鳴らす。すると赤い薔薇の花びらが大量発生した。
「何ですかこの技……?」
「今のうちに」
「は、はい!」
全方向を囲まれていては目くらまししてもそれほど意味がない。目くらましで時間を稼いで逃げるにしても、取り敢えず通過できる地点が必要。先ほどローザが一人蹴り飛ばしたのは、どうやら、通過する場所を確保するためだったようだ。
私たちは空いたところを通って走り出す。
いや、私の場合は、もはや浮いているに近い。
私はまたしてもローザに手首を掴まれている。そして、その状態のまま走っているのだ。しかし、彼の走りが速すぎて、私の足の回転では到底追いつけない。ということで引きずられるようになり、次第に浮き上がりそうな感覚に襲われて。もはや走っているのか何だかよく分からない。
ローザがここまで速く走れるとは。
人間業とは思えない。
やはり人間ではないのか? いや、人間だけど超能力を持っている、という可能性も……。いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。とにかく転ばないよう努力しなくては。気を散らしている場合ではない。しかし気になる……。
やがて通路の先に暗闇が見えてくる。
元々それほど明るくはないが、そこは特別暗い。見た感じ漆黒に近い。
「あーとすーこっしー!」
「えぇ!?」
「もうちょっと、ってこと」
「そ、そう……」




