23話 冗談で言っただけだから
私は勉強机の正面に置かれた椅子に座り、リリィはパジャマ姿でベッドに寝転んでいる。
「ねぇリリィ」
「何」
「あのローザって人、本当は悪い人じゃないんじゃない?」
刹那、リリィは凄まじい勢いで起き上がる。
「はぁ!? 何言ってんの!?」
目を大きく開き、顔面を引きつらせながら、こちらを凝視している。
ローザは実は悪人ではないのでは? たったそれだけのことだ。そんなに驚くようなことだろうか。いや、もちろん、私よりリリィの方が彼を知っているということは事実なのだが。
けれども人は変わる。
リリィだってそうだったではないか。かつては悪の道に踏み込んでいたけれど、今はもう悪に生きてはいない。いたって普通の一般人のように生きている。
ならばローザだって変わる可能性はゼロではない。
「……ごめん大声出して」
叫んでから数秒、リリィは冷静さを取り戻したようだった。
「ううん。大丈夫。こちらこそごめん、いきなり変なこと言って」
「で? ……ローザが悪人でないのではないかって話?」
リリィはベッドの上で座った体勢のまま目を僅かに細める。
「うん。根拠とかはないんだけど、ふと思ったんだ。案外悪い人じゃないのかもしれないなーって」
言いながら、散らかっている勉強机の上を訳もなく整理する。
わりと使うペンは机の上のペン立てに入れる。滅多に使わないペンは引き出しにしまう。ノートやプリントはそれぞれ綺麗に揃えて一箇所にまとめておく。読了済みの本は勉強机のすぐ側にある本棚に戻す。
「……確かに前の職場辞めたとは言ってたケド」
「それってやっぱりそういう意味なんじゃない? 母がいたから悪の組織うんぬんとか言えなくて、それで、そういう言い方にしたんじゃない?」
思ったことを素直に話すと、リリィは呆れ顔。
「信じすぎ」
ばっさり言いきられてしまった。
「そう?」
「ちょっと聞いたらすぐ信じちゃって、馬鹿みたい」
リリィが本気で馬鹿にしているわけではないことくらい分かっている。
今までもそうだったから。
リリィは時に私を馬鹿のように呼ぶことがあるけれど、本心ではないと感じ取れるから、私はそれを悪く受け取ることはしない。
「えー! 馬鹿みたいは酷いよー!」
冗談交じりに返す。
するとリリィは面に気まずそうな表情を浮かべる。
「侮辱してるつもりじゃないケド。……ま、言い方が悪かったら……ごめん」
意外と真剣に受け取られてしまったみたいだ。
「待って! 違う! 違うって!」
「……ごめんって」
「そうじゃなくてそうじゃなくて……だから、その、ほら! 気にしてない!」
「え」
「さっきのは冗談! 冗談で言っただけだから!」
リリィの気持ちは分かってる。すべてではないだろうけど、ある程度理解しているつもりだ。だから責めるつもりはない。彼女が時に失礼なことを言うのも、彼女なりの優しさ。それを叩き壊すようなことをするつもりはない。




