18話 カラオケを堪能し、帰宅すると
夢見さんのことは『はなちゃん』と呼ぶことにした。
彼女の名が風花であることが関係しているということは言うまでもないが。それ以上の意味は特にない。何々がこうだから、という、深い理由があるわけではなくて。単なる思いつきである。
本人が嫌がるならやめておこうと思っていた。
けれども彼女はこの呼び方を許してくれた。
「次はなちゃんが歌う?」
「少し休憩したいかな」
「じゃあ私が歌って時間稼ぐね!」
「お願い」
私と夢見さんはカラオケを楽しんでいる。が、リリィはというと、ご機嫌斜めのまま。夢見さんが話しかけても冷ややかな言葉を返すだけ、私が話しかけてもどことなくそっけない。当然歌うこともしない。リリィがすることというと時折ミカンジュースをちまちまと飲むくらいだけで、他の時間はソファにじっと座っている。
「リリィちゃんは歌わないのかな?」
私が歌う曲の前奏が流れ出した頃、ふと思い立ったかのように夢見さんが尋ねてきた。
「うん、多分」
「そっか。……ごめんね、浅間さん」
「どうして」
「わたし、急に誘ったりして、迷惑だったんじゃない? リリィちゃんと二人きりの方が良かったのかなーとか思って」
変に気を遣わせてしまっていたかもしれない。
「まさか! そんなことないよ!」
「リリィちゃんは嫌みたいだし……」
「ないない! そんなことないって! ね、リリィ」
視線を向けると、リリィは面倒臭そうな顔をしたまま「嫌ってわけじゃないけど」と発した。
「ほらね! ね!」
そう言ってから、歌い出す。
数時間後。
カラオケでの時間はとても楽しかった。が、だからこそ、予想以上に早く終わりの時間が来てしまった。楽しい時間ほど早く過ぎるというのはやはり本当のようだ。
部屋を出るなり、自然と背伸び。
「浅間さん疲れた?」
「ううん! のびーてしたくなっただけ!」
「歌えて良かったね」
「うん。はなちゃんが意外と歌うのもびっくりした」
クラスでは大人しい夢見さんだから歌ったりはあまりしないのだと思っていた。声を使った自己表現を得意としているような感じではなかった。
けれどもそれは単なるイメージに過ぎなかったようだ。
本当の彼女は意外と大人しくなかった。いや、こう言うと悪口のようにも聞こえるが、そういうわけではなくて。つまり、夢見さんは予想外に歌が上手かった、ということを伝えたいのである。
「楽しかったね、リリィ」
「……ふん、べつに」
「ミカンジュース何回おかわりした? 凄い飲んでたよね!」
「う、うるさいから」
リリィは少しばかり照れたように俯く。
「じゃあね、浅間さん」
「うん! またね!」
「ばいばいー」
駅前で夢見さんと別れた。
帰り道はまたリリィと二人きり。
「今日はどうだった?」
「べつに」
夢見さんと別れてから、リリィの表情が心なしか柔らかくなった気がする。
慣れない人と一緒に過ごすことになって緊張していたのだろうか。
「もー、答えになってないー」
「だ、だから! 何でもないってば!」
リリィは赤面しつつ大きめの声を発した。
「どうだったのー? 楽しかった? 楽しくなかった?」
「……楽しかった、から」
「やったー!」
リリィといると、ついつい、ちょっとばかりからかいたくなってしまうことがある。
「さ、騒がないで! 恥ずかしいから!」
「えへへ」
そんな風にしながら歩き、自宅前に到着。
そして愕然とする。
「あ。お帰り、日和」
玄関出てすぐのところに立っていた母親の目の前に、例の男性がいたから。
「ちょうど良かった。紹介するわ。こちらの方、あそこの賃貸に引っ越してきたんですって!」
「え……ちょ……」
「贈り物もいただいちゃったわ!」
「え、え……えええ……」